「白雪姫」の“セックス恐喝”――欲望に殺された男たち【福岡スナックママ連続殺人・後編】

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2019年05月04日 22:02  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

Photo by Yoshikazu TAKADA from Flickr

 福岡県糟屋郡志免町。志免鉱業所を要するこの町がかつて石炭の街として大いに栄えていた頃、その愛くるしさから近所の人に「白雪姫」ともてはやされた少女がいた。やがてその少女は大人となり、故郷を捨て、その美貌を武器に、数多くの男を陥れてゆく。

(前編はこちら)

「こう見えて床上手なのよ」ミニスカートで客に囁く

 2人目の夫・雄司さんの死亡保険金と、3階建の豪邸を売却した高橋裕子の手元には、会社の負債を返済してもなお約1億6000万円が残った。再び裕子の散財が始まる。福岡市中央区の高級マンションを購入し、クレジットカードで高級アクセサリーや服を買い漁る日々。中洲を飲み歩いているとき、スナックの開店を思いついた。

 手元の金を元手にして、1995年初頭、博多・中洲にスナック「フリージア」を開店。苦しめられた借金から解放され、自分の店を持ち、自由を手にした裕子の女性としての魅力はさらに増していた。客あたりがよいだけでなく、熟した美貌はさらに男性を惹きつける。39歳ながらスタイルも抜群で、ミニスカートのスーツですらりとした脚を出し、カラオケで森高千里の「私がオバさんになっても」を熱唱する姿に客たちは見惚れた。客が歌うカラオケには「キーを下げた方がいい」と音大卒ならではのアドバイスも忘れなかった。

 そんな裕子の切り盛りするカウンターだけの店は、次第に常連客が増え人気店となる。その秘密は裕子の美貌や話術だけではない。複数の客と肉体関係を持っていたからだ。「初恋の人にそっくり」。そんなセリフに相手が乗ってくれば「私、こう見えて床上手なのよ」と誘いをかけ、「フリージア」のカウンターは“裕子待ち”の年上男たちで満席となった。

 この時期、一人の男が上司に伴われ「フリージア」に来店した。赤尾浩文(仮名、当時48)は店で裕子と話をしながら、あることに気づいた。かつて赤尾が早稲田大学の学生だった頃、キャンパスで見かけた女性だったのだ。ほのかな憧れを抱いていたが、のちに慶應大生と結婚したと聞いていた。かつて恋した女性が目の前にいる。赤尾は瞬く間に裕子に再び熱を上げ、店に通い詰め、とうとう肉体関係を持った。恋心はさらに燃え上がり、逢瀬を重ねて行く。

 しかし半同棲状態となってもなお、裕子にはほかの男の陰がいくつもあった。自分だけのものにすることはできないもどかしさを抱えながら、赤尾は東京へ転勤となるが、裕子は「二人の関係を奥さんにバラす」と脅してきた。携帯電話の着信を無視すれば、会社にも電話がくる。結局250万円を支払ったが、赤尾はそれまでにも「経営が思わしくない」と相談を受けるたび裕子に金を貸しており、その総額は約2800万円にもなっていた。

 実際に「フリージア」の経営は思わしくなかった。枕営業で客をつなぎとめても、裕子の散財は、雄司さんとの結婚時代のように止まることはなかったからだ。ベンツを乗り回し、クレジットカードで服を月に何十万円も購入し、中洲で飲み歩く裕子には金がいくらあっても足りなかった。そのためこの時期、赤尾を誘い、過去に肉体関係を持った客らを、かつて赤尾にしたように脅し、金を巻き上げていたのである。「過去の不倫関係を奥さんにバラす」と訴え、客が工面して100万円を振り込むと「あと100万円出しなさいよ」と続けて金を引っ張ろうとする手口だ。また別の客には妊娠と中絶をほのめかした。もちろん嘘だ。

「妊娠した子どもはあなたの子どもだったんです。術後の体調もよくない。体がボロボロになってしまった。こんな体にして、どうしてくれるの……」

 客が慌てて金を振り込んでも、やはりこう言うのだ。

「なによ、あの額は。一桁違うじゃないの。私をオモチャにして……」

 裕子はこうして、男たちから引っ張れるだけ金を引っ張った。被害者は9人で1000万円強にのぼった。

3人目の夫に1億3800万円の保険金をかけ殺害

 その一方で、裕子にはこのとき、結婚を約束している9歳年上の常連客がいた。のちに3人目の夫となり、2人目の殺人被害者となる高橋隆之さんは、デベロッパーの社員として青森県の高級旅館の総支配人をしていたが、出張で福岡を訪れた際に「フリージア」へ来店。たちまち恋に落ちた。単身赴任中の彼も雄司さんと同じく、東京に妻と、成人している子どもたちがいた。隆之さんは、やはり妻子を捨て99年6月、裕子と入籍する。その後、広島県福山市のホテルの支配人となったが、まもなく親会社が倒産し、職を失い、「フリージア」でボーイとして裕子を手伝っていた。

 だが、その翌年、自宅の浴槽で死体となって発見される。その日、隆之さんはウイスキーと睡眠薬を飲み、浴槽で朦朧としていたが、裕子がその胸を押さえつけ、全体重をかけて浴槽に沈めたのだった。しばらく浮き上がろうと手足をばたつかせて抵抗を見せていた隆之さんの口からは、30秒ほどすると「ゴボッ」と泡が出て、動かなくなった――。隆之さんには、総額1億3800万円もの保険金がかけられていた。

 隆之さんの死亡は、中洲の街に瞬く間に広まった。「あの店には幽霊が出る」とうわさが立ち、客足がさらに遠のいたが、閑古鳥の原因はもう一つのうわさにもあった。「あそこのママには気をつけたほうがいいよ、一度寝たら50万、100万と脅される」と、他店のホステスたちが囁いていたからだ。実際、肉体関係を持った客たちを脅しては大金を得ていた裕子だったが、経営状態は上向きなるどころかさらに傾き、2001年、「フリージア」は閉店した。隆之さん殺害前に、雄司さん殺害で得ていた保険金はすでに底を尽きていた。

 その後も、かつて肉体関係のあった男性らに連絡をとって脅し、金を要求し続けていた裕子。「あなたの子を中絶したから200万円払ってください」「100万円出さないと、奥さんに全てを話す」と脅しては金をゆすり取っていた。一連の“セックス恐喝”により得た金で裕子は、逮捕直前までホストクラブやパチンコで湯水のように金を使う日々を送っていた。

「彼女は常連客で、ここ1年はほぼ毎日40〜50代の男性と2人で来ていた。男は3〜4人いたはずです。いつもヴィトンのバッグを手にしていたので、店では影で“ヴィトンさん”と呼ばれていた」(福岡市内のパチンコ店の証言)

 肉体関係を持った男たちを強請って金を得る生活には必ず終わりが来る。だが、裕子はかつてのように享楽的な生活を続けていた。また、この時すでに48歳となっていた裕子だが、年齢を重ねてもなお、男の目を引く存在だった。当時の男性週刊誌は逮捕直前、ノースリーブのワンピースに自転車でパチンコ店に向かう裕子の姿をキャッチし、「48歳でこの色香」と描写している。

「美貌に恵まれた女」
「男を次々と……」
「何人の男を狂わせたのか」

 ……逮捕後、男性週刊誌に掲載された裕子の写真には、いつもこんな文章が添えられていた。裕子も自分の魅力は十分自覚していたことだろう。それゆえに自己愛と欲望は肥大し、そして破滅へと向かっていった。

 04年12月13日、福岡地裁で開かれた裕子と大和の初公判。冒頭で裕子は挙手し発言を求め「私は全て認めています。本当に申し訳なく、死刑になっても構わないと思っています」と、涙ながらに述べた。だが、以降の公判では、2人目の夫・雄司さん殺害を大和になすりつける。

「共犯者(大和)から『任せてください』と言われました。私から『殺してくれ』と依頼していません」

 裕子の逮捕時、雄司さん殺害に関係していたとして、大和も逮捕された。大和は「共謀した事実は全くない。実行行為に加わったというのは完全に事実に反します」と、無実を主張し、これを“なすり合い”と報じるムキもあったが、結果的に大和の言い分は控訴審で認められ、無罪となった。そして、自身も強請られ、また客を強請って分け前を得ていた赤尾も逮捕されており、裕子の初公判が始まる2週間前、懲役2年執行猶予3年の有罪判決が下されている。

 かたや裕子は、3人目の夫・隆之さんに対しても「私が湯の中に沈めたというのは事実に反する」と否認したが、2件の殺人ともに彼女が手を下したと認定され、一審で無期懲役が言い渡された。一審公判は31回にもおよび、拘置所生活も2年半が過ぎていた裕子の頭には白髪が目立つようになり、かつて中洲で奔放に過ごしていた頃の面影は微塵もなかった。

 裕子は控訴、上告したがいずれも棄却され、11年4月、無期懲役が確定している。フリージアの花言葉は「期待」。裕子が男たちに抱いていたカネへの期待は、いつしか強烈な要求へと変貌し、それは到底、彼女の欲には追いつかなかった。
(高橋ユキ)

参考資料
・「週刊文春」2015年8月6日号、7月30日号(小野一光「殺人犯の対話」)
・「女性セブン」2004年10月21日(「われらの時代に」)
・「週刊文春」04年8月30日号
・「フライデー」04年10月8日号
・「アサヒ芸能」05年5月5日号 04年10月21日号
・「週刊ポスト」07年8月31日号
・「アサヒ芸能」04年10月28日号
・「週刊ポスト」04年10月8日号

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