「おばあちゃんに捕まえられるの?」意地悪なクライアントに見せた、ベテラン万引きGメン熟練の技

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2019年05月11日 20:02  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

写真

 こんにちは、保安員の澄江です。

 来年開催される東京五輪に向けて、繁華街に高性能な防犯カメラを設置するなど、国の防犯対策も激しくなってきました。商業施設においても同様で、改装などに合わせて顔認証機器や動作認証機器を導入する店舗が増えてきています。数年前までは、防犯カメラから不審者の写真を取り出し、事務所に貼り出すなどして警戒するのが一般的でした。それがいまや顔認証登録されている者が入店すると同時に発報し、不審者の顔写真や位置情報が表示される時代なのです。認証技術が進んだ現在、無人店舗の開発も急速に進んでいるので、これも自然の流れといえるでしょう。

 その効果なのかはわかりませんが、万引き被害は減少傾向にあり、以前に比べると私の関わる捕捉件数も少なくなってきました。それでも、現場によっては被害が頻発しており、いつも気の抜けない状況にいることに違いはありません。今回は、最新の防犯機器を導入している店舗で捕捉した常習犯について、お話したいと思います。

 当日の現場は、東京近郊のベッドタウンにあるショッピングセンターX。真新しいモニターに囲まれた防災センターで、新装開店に合わせて昇進異動してきたという30代前半に見える若いマネージャーに勤務開始の挨拶を済ませると、「最新の顔認証システムを導入したから」と専用の受信端末を持たされました。不審者の顔登録は、各クライアントの判断によるもので、私たちが携わることはありません。

「運用を始めたばかりで、まだ数人しか登録できていませんが、発報したら必ずチェックしてください。毎日同じ時間に来て、たくさん持っていく人もいるので、お願いします」

 昇進したばかりだからなのか、やる気に満ちあふれ、自分の査定に直結する商品ロスを少しでも減らしたい気持ちで一杯らしいマネージャーは、値踏みするような表情で1枚のプリントを差し出しました。

(こんなおばあちゃんに、万引き犯が捕まえられるのか?)

 きっとそう思っているだろうマネージャーの眼差しを無視してプリントを受け取り、その内容を確認すると、50代くらいに見える女性が正面口から入店してくる様子や、食品売場でカゴから自分のバッグに商品を移し替えている瞬間など複数枚の写真が掲載されていました。入退店時刻を確認すれば、そのほとんどが午前11時台に集中しています。本日の業務は、午前11時から。マネージャーによれば、毎日来店して、その都度犯行に及んでいるようで、なんとなく縁があるような気がしてきます。

(このマネージャーを、見返してやりたい)

 写真に写る女の顔と、犯行に用いたバッグの形状を覚えた私は、使い慣れない端末を持って現場に入りました。

 まずは、ランチ目当ての買物客であふれる地下の食品売場を中心に、ゆるりと巡回を始めます。気持ちに左右されて頑張りすぎてしまうと、思い込みなどから誤認事故発生のリスクが高まるので、気楽に巡回するくらいがちょうどいいのです。するとまもなく、持たされている顔認証端末が発報。情報の確認をするべく、パスワードを入力してみましたが、どうにもうまく開けません。エスカレーターに近い売場の陰で、それを何度か繰り返していると、11時の女が一階から降りてくるのが見えました。いつものバッグも手にしており、今日もやる気を感じさせます。

 追尾すると、果実や総菜、菓子、 消臭剤などをバッグに隠した彼女は、売場の死角に空になったカゴを放置すると、なにも買うことなくエスカレーターに乗り込みました。在店時間は、ほんの3分ほどで、なにも買っていないので、ただ盗みに来たといえる状況です。後ろ向きに乗車して後方を警戒しているところを見れば、悪いことをしている自覚はあるようですが、捕まりたくないという気持ちも強いのでしょう。素知らぬふりをしてエスカレーターに乗り込んだ私は、そそくさと外に出ていく彼女に声をかけます。

「あの、お客さ………」

 捕捉時の口上を言い終える前に走り出した彼女は、出口脇に停められた自転車のカゴに隠した商品を詰めたバッグを放り込むと、自転車に跨って逃走を図りました。

「待ちなさい!」

 走り出そうとする自転車を制止するべく、叫びながら咄嗟にリアキャリアを掴みます。すると、バランスを崩した彼女は転倒して、自転車の下敷きになりました。

「危ないから逃げないで! 大丈夫ですか?」
「すみません、びっくりしちゃって……」

 彼女は正気を取り戻したのか、逃走を断念したらしく、自転車を起こしてあげると、腰をさすりながら防災センターへの同行に応じました。身分確認をさせてもらうと彼女は56歳で、ここから自転車で10分くらいのところにあるアパートに、旦那さんと二人で暮らしていると言いました。この日の被害は、計8点、合計2,800円ほど。女の所持金は、2,000円に満たないので、被害品の全てを買い取るには少し足りない状況です。

「盗っちゃった理由、なにかありますか?」
「主人が糖尿病で足を失ってしまって……働けなくなったので、お金がないんです」
「ご自身は、お仕事されてないの?」
「はい。この歳ですし、主人の看病もあるので、なかなか見つからなくて……」

 館内放送で防災センターに呼び出されたマネージャーは、応接室で涙を流す彼女の顔を見るなり、話をしようともせずにスマホを取り出して警察に通報しました。臨場した警察官に、今までの経緯を説明したマネージャーは、被害届を出すと息巻いています。

 実況見分を終えて、警察署に向かうことをマネージャーに報告すると、意地悪気な顔をしたマネージャーがいいました。

「このシステムがあれば、捕まえるの、簡単でしょう?」
「実は、パスワードを入れても見れなかったので、ちょっとわからないです」
「はあ? じゃあ、なんでわかったの?」
「タイミングさえあえば、写真だけでも十分でございますよ」

 そんなシステムなどなくても、十分に仕事はできるのです。

 その後、微罪処分とされた女は、両足がないはずの旦那さんが歩いて現れ、その日のうちに帰宅を許されました。どんよりとした気持ちで家路についたのは、言うまでもありません。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

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