古舘佑太郎が映画『いちごの唄』で話題になる前に伝えたい 2『生と詩』での驚きのジャンプアップ

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2019年05月15日 12:01  リアルサウンド

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 2のニューアルバム『生と詩』がすばらしい。今作が3rdアルバムであり、前の2作もよくなかったわけじゃないが、「え、ちょっと、いったいどうしちゃったの?」と言いたくなるくらいの飛躍というか、飛距離というか、跳躍でもいいが、とにかくそんなようなジャンプアップ感がすごい。僕が初めてライブを観たのは、確か一昨年の『YATSUI FESTIVAL!』だったので2017年の6月ってことか。少なくともその時は、こんな曲をやるバンドではなかったと思う。


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 〈友達の彼女に手を出したい/親のこと裏切ってしまいたい/殺すぐらい誰かを愛してみたい/修羅場こそ私の現世の場所〉というラインで終わる「ルシファー」。〈白い紙に/どちらも僕はかきまくり続けてる〉〈さっきまであんな/愛おしかったのに右手で/汚して丸めて捨てるんだ〉と吐き捨てる「性と詩」。〈リズムはズレている〉〈リズムがもたついてく〉と歌う曲のタイトルが「ニヒリズム」。かと思えば、死ぬ時の自分に宛てた手紙「WHEN I WILL DIE」という曲もある。「SとF」や「ハナレイバナレイ」を聴くと「最近彼女と別れたのかな」というふうにも思える。挙句、ラストの「フォーピース」は、フラワーカンパニーズの「深夜高速」「ハイエース」のような、機材車の中での自分たちの行動や思考を描いた、どうにもぐっとくる名曲だ。


 総じて、身もフタもない。ちょっとどうかと思うくらい、どうしようもなく、自分をさらけ出している。でありながら、グロいものを見せてやるという露悪感はない。そのことによって聴き手の中にある同じ感情をひっぱり出す歌として成立している。つまり、ポップミュージックになっているということだ。


 そんなリリックが、性急で抑揚の大きな歌メロと合っているのか、いや、逆にその歌メロがあったからこんなリリックが生まれたのかもしれないが、とにかく、その1と1が足し算でなく掛け算になっている。そういえば、The SALOVERSの頃はほとんどの曲が作詞も作曲も古舘佑太郎だったが、このアルバムはほぼ作詞は古舘佑太郎、作曲はギターの加藤綾太だ。ふたりで共作するからこそできることのレベルが、このアルバムでジャンプアップしたのかもしれない。


 よく知られているように、加藤綾太は現在、銀杏BOYZのサポートメンバーでもあるわけだが、彼が参加するようになって銀杏で聴けるようになった「あの感じ」のギター、このアルバムでも随所で聴ける。そうか、峯田和伸にとっても彼の存在はとても大きいんだろうなあ、と改めて思った。


 で、なんでことほどさように2を絶賛したくなったのかというと、「すごいぞこのバンド」ということを、もうちょっと世の中にお伝えした方がいいのではないか、という気持ちになってきたからなのだった。


 なんで? 映画『いちごの唄』を観たからです。


 NHKの連続テレビ小説『ひよっこ』(2017年上半期)や『奇跡の人』で峯田和伸をフックアップした大物(ですよねどう見ても)脚本家・岡田惠和が、銀杏BOYZの楽曲をモチーフにして書いた……というか、各章のタイトルが銀杏の曲名になっていて、それに沿ってストーリーが進んでいくのだが、とにかく、そんなふうにして書かれた小説『いちごの唄』が映画化されて7月5日に公開される。主演は古舘佑太郎と石橋静河。峯田和伸も出ているし当然銀杏の曲ばんばん使われてますよ、というので試写を観たのだが。ヤバい! 売れちゃう! という仕上がりだったのだ、この映画での古舘佑太郎が。って、朝ドラ(『ひよっこ』)に出た時点で「もう売れてるよ」って話でもあるな、とも思うが。


 原作を読んだ方はご存知だと思うが、この『いちごの唄』という小説、ちょっと特殊なのだ。文章はすべて主人公・コウタの一人称のモノローグになっているのだが、このコウタくん、人格が素朴すぎて、ちょっとダサい。現実にはいないよなあってくらい純真なのだ。うというのもあって、物語全体に「これ、童話?」みたいなテイストが漂う、いわゆる普通の小説とは違う、不思議な読み心地の話になっている。


 それを映画にするって、どうやって? 作品に通底する感覚はファンタジーなのにディテールは思いっきり日常、みたいな、どっちつかずの映画になりそうだなあ。などと、懸念していたのだが、古舘佑太郎の力で、その懸念が全部クリアされていたのだ。コウタの「ちょっとアレな感じ」を、そのまんま「ちょっとアレな感じ」で演じきれていながら、「いねえよこんな奴」じゃなくて「いるよなこんな奴」というものになっている。


 びっくりした、その役者としての力量に。そして確信した、「今後もどんどん仕事来ちゃうなあ」と。今年もう一本主演映画あるし(『とってもゴースト』2019年夏公開予定)。これまでもっともメジャーな仕事は、『ひよっこ』1)のヤスハル役だと思うが、あれと並ぶオファーや、あれを越えるオファーが、どんどん来てもまったく不思議じゃない。


 いや、役者として売れてくれるな、とは全然思わないが、たとえば峯田和伸のように、ミュージシャンとして不動のポジションを確立した上でなら全力で応援したい。だが、このままいくと数年後には「え、ミュージシャンなの?」みたいなことにもなりかねないなあと。で、2というバンドのポテンシャルを考えると、そうなるのは口惜しいなあ、と切に思うのだった。


 2は5月の連休明けから7月まで、計13本の『生と詩』のリリースツアーを行う。ファイナルは7月11日、渋谷クラブクアトロ。あっという間にこのキャパでは観れなくなります、ということになるかどうかはまだわからないが、そうなって然るべき才能だと思う、本当に。


■兵庫慎司
1968年生まれ。音楽などのライター。「リアルサウンド」「DI:GA ONLINE」「ROCKIN’ON JAPAN」「週刊SPA!」「KAMINOGE」などに寄稿中。


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