令和最初の“ホームドラマ”ーー『きのう何食べた?』が描くものを、原作との違いから考える

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2019年05月17日 10:01  リアルサウンド

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 西島秀俊、内野聖陽主演のドラマ24『きのう何食べた?』(テレビ東京系)が絶賛を集めている。原作はよしながふみの人気コミック。40代半ばの同性カップルと彼らを取り巻く人々の機微を、日々の食事を中心に描いている。


【写真】笑顔のシロさん(西島秀俊)


 好調の大きな要因は、原作ファンの心を鷲掴みにした丁寧なキャスティングと、それに応える演者たちの好演ぶりだろう。まさかテレビ東京の深夜ドラマに西島秀俊が主演するとは思わなかったし、なにより内野聖陽の登場人物への憑依ぶりがすさまじい。西島が演じるシロさんと内野が演じるケンジの微笑ましいやりとりは、原作ファン以外の視聴者もとりこにしている。


 ところで先日、とある原作ファンからこんな声を聞いた。「ドラマのシロさんはデレすぎる。原作のシロさんはあんなに笑わない」――というものだ。


 たしかにそうかもしれない。原作1巻のシロさんは、もっとピリピリしている。ドラマのオープニングには、しょうが焼きをつくりながら笑顔を見せるシロさんが登場するが、原作の1巻や2巻でシロさんがあんな柔和な笑顔を見せるシーンはほとんどない。一方、ドラマで西島が演じるシロさんは、ケンジに対して頻繁に笑顔を見せる。


 これには理由がある。原作が始まったのは今から12年前の2007年。連載を重ねるごとに登場人物は年を重ね、連載開始当時40代前半だったシロさんとケンジはすでに50歳を超えた。その間、大きく変化したのはシロさんのほうである。周囲から同性愛者に見られないかどうかを異様に気にしてピリピリしていたシロさんは、徐々にケンジと2人で街を歩いても平気になり、表情も柔らかくなっていく。よしながふみは「経年変化を描くのが本当に好きなんですよ」と語っている(好書好日/4月5日)。


 ドラマも季節をまたいで2人の生活が描かれるが、「変化」を描くことが主眼ではないようだ。ドラマでは、むしろ「変化しないもの」を描いているのではないだろうか。


 ドラマ『きのう何食べた?』をジャンル分けするなら、『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)のような“恋愛ドラマ”や『孤独のグルメ』(テレビ東京系)のような“グルメドラマ”ではなく、“ホームドラマ”にカテゴライズされると思う。テレビ開局の頃から存在し、昭和の時代に隆盛を極めたホームドラマは、大きな事件などはほとんど起こらず、家族や家庭内の出来事といったテーマを和気あいあいとした雰囲気の中で描く。食事シーンが重要視されたため、“めし食いドラマ”とも呼ばれていた。


 ホームドラマは平成の時代にほとんどなくなってしまったが、『きのう何食べた?』は平成最後、令和最初に登場した王道のホームドラマと言っていい。かつては『寺内貫太郎一家』(TBS系)のような大家族を主人公にしていたことが多いが、同性愛者のカップルが主人公というところが今の時代を象徴している。


 もっと踏み込んで言うなら、このドラマの本当の主人公はシロさんでもケンジでもなく、ふたりがともにつくる家庭であり、ふたりが囲む食卓そのものなんじゃないだろうか。そこには安らぎがあって、それはケンジがシロさんのマンションに転がり込んできた日から変化していない。


 シロさんの母親(梶芽衣子)は長年連れ添ってきた夫(志賀廣太郎)のことを想い、「毎日一緒に暮らしている人って特別なのね」と語る。それは夫婦も同性カップルも同じこと。シロさんとケンジはお互いが「特別な人」だ。外で心がチクチクするようなことがあっても、「ただいま」「おかえり」と言い合って(この二つの言葉は主題歌「帰り道」にも織り込まれている)、いつもの食卓で美味しい手料理を特別な人と一緒に食べれば、思わず笑顔もこぼれるというもの。食卓での安らぎに焦点をあてているから、シロさんは必要以上にピリピリしていない(自意識過剰気味ではあるけれど)。


 『きのう何食べた?』は、好きな人と一緒に食事をするというシンプルな幸せを、視聴者におすそわけしてくれる。作品からもたらされる、窓からこぼれるともしびのようなあたたかな気持ちが、週末の深夜の気分によく合っている。


(大山くまお)


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