「次の100年」を考える宮城高野連、高校球児が考えた「野球が楽しくなるルール」

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2019年05月23日 17:21  ベースボールキング

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日本高野連が「高校野球200年構想」を発表して1年が経ちました。内野席の値上げや、外野席有料化(選手権大会)による収入を普及事業にあてる動きが始まり【普及・振興・けが予防・育成・基盤づくり】の5大目標をベースに、24の事業が動き出しました。



宮城発の「200年構想」
そんな流れの中、宮城高野連である会議が行われました。5月13日、仙台工業高校の会議室に県内野球部の監督、部長、副部長が一堂に会し「第1回普及振興部会」と題した話し合いが行われたのです。県内強豪校の指導者たちも多く参加し、現場に根付いた意見をもとに「野球の未来」について真剣に考える時間となりました。



松本嘉次理事長は冒頭のあいさつでこう言いました。
「日本高野連はいま、『200年構想』として普及振興のアイディアを求めています。宮城では2年前から教員8人で準備委員会を立ち上げ、昨年は基礎となる4つの事業を行いました。その一つが2月に高野連と楽天球団が一体となって行った『プロアマ合同の野球教室』でした。そのほか、医療と連携して小学生の野球検診も行い、ケガが見つかった5年生の保護者からお礼のお電話をいただきました。野球人口が減少している宮城は、あと5年、10年持つのかと言われている状況です。普及振興に終わりはありません。地方からアイディアを起こし、全国へ発信していくことが大切です。そのためにも、先生方の知恵をお借りしたいのです」
地方からアイディアをーー
高校野球が抱える課題、問題は、日本各地でさまざまです。宮城の場合は野球人口減が進み、単独チームで公式戦を戦えないチームが毎年ある状況です。この春は9校が連合チームで公式戦を戦いました。中学生の数は過去10年で約2000人減少。仙台市以外の部員不足は特に深刻で、甲子園出場経験のある東陵・千葉亮輔監督は「(学校のある)気仙沼の町は道に子どもが歩いていないんです。遊び=野球だった僕らの幼少期とは、全く状況が変わっています」と話します。東日本大震災で被災した沿岸部の高校は、野球どころではないという家庭も多く、子どもの野球離れと戦っている現状です。

では、どうしたら野球をやる子どもが増えるか?
その一つが「遊び」の中に野球を取り入れてもらい、ボールやバットに気軽に触れてもらおうという試みがあります。宮城高野連では、このたび普及事業の予算を使って、子ども向けの「ティーボールセット」と「幼児向けキャッチボ―ル球」を40セット購入しました。ティーボールとは、コーンの上に置いたスポンジのボールをバットで打つ「ピッチャーのいない野球遊び」です。バットやボールがやわらかく、ケガの心配がないので幼稚園児でも楽しく遊ぶことができます。



普及振興部の冨樫誠悦福委員長(宮城県工監督)は各校の指導者にこう呼びかけました。
「子どもたちへの野球教室については、日本高野連に申請をすれば、1つの高校が、1つの中学(小学校)を指導することができるようになりました。ぜひ春休みや夏休みなど長期休みを利用して、このティーボールセットで高校生たちに近隣の幼稚園や、小学校で野球を教えていき、地域から野球を広めてもらいたいのです」。最初に動いたのは、古川黎明(れいめい)という県立高校。昨年、選手による幼稚園で野球教室を行いました。このほかにも、県内約10校がこの取り組みに賛同し、少年野球教室を行ったそうです。子どもへの指導、交流は、高校生にとっても新たな気づきや学びを得るいい機会になることでしょう。


高校球児が考えた「野球が楽しくなるルール」


どうやったら子どもたちが楽しく野球遊びができるのか。この取り組みには、大人が考える発想ではなく、子どもの目線に立ったアイディアが必要です。そこで、県内最多の春夏甲子園41度出場を誇る東北高校の選手に「ティーボールを楽しむためのアイディア」を聞いてみたところ、いろいろな意見が出てきました。

橋本大輝選手(学生コーチ・2年)のアイディア
「子どもはもともと、広い場所を走ったり、ボールを思いきり打つことが大好き。でもボールを投げることが最初は難しいんです。スローイングのかわりに、ボールを持ったままタッチしてもいいなど、アウトの取り方を緩くしてあげたらいいと思います」

和氣隆成選手(内野手・2年)のアイディア
「自分が初めて野球をやったときは、バットにボールが当たらなくて悔しかったんです。当たらないと、急につまらなくなるので、何回でも空振りしていいというルールにして、子どもたちには、ボールを打つ楽しさを当たるまで味合わせてあければいいと思います」

内海創太選手(外野手・2年)のアイディア
「楽しいと思うことも大事ですが、野球を始めたころって『できなくて悔しい』で始まって、『できるようになりたい』と思うほうへ気持ちが向くことも多いと思います。特に男子の場合は。負けず嫌いな気持ちも残してあげることも大切だと思います」

3選手とも「初めて野球をやったときの気持ち」を思い出し、子どもの気持ちを想像しながら真剣に考えてくれました。大人が決めたルールに合わせさせるのではなく、まずは子どものやりたいようにプレーさせることが、一方通行にならない普及振興の大事な要素です。

普及振興の道はゴールがなく、簡単ではありません。松本理事長は「こういった取り組みを、県4地区の先生が考え、行動しているところが宮城の力だと思います」と自信をもって話します。そして「現場のアイディアが普及振興の1番のヒントになる。地方から案や情熱を発信していけば、未来の高校野球はよくなっていくと思う」と力説しました。石巻工監督として、2012年に21世紀枠でセンバツ出場したくさんの勇気をもらった松本理事長。「野球への恩返し」という言葉を胸に刻み、宮城県全体で「未来の野球少年たち」を応援し続けます。(取材・写真:樫本ゆき)

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