父は被害者なのに――老人ホーム、認知症の入居者とのトラブル【老いてゆく親と向き合う】

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2019年06月02日 22:02  サイゾーウーマン

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“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”

――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。前回に続き、もう少し福田涼子さん(仮名・48)の話を続けたい。

施設長が替わって空気が一変したホーム

 福田さんの両親は有料老人ホームに入居している。実家から近いこと、なにより見学に行ったときに施設長の対応が良かったことが入居の決め手になった。職員や施設長の感じが良くて、そのホームを選んだという人は多い。ただし、大手企業が運営しているホームの場合、施設長は定期的に異動する。施設長が替わると、ホーム全体の雰囲気がガラリと変わることもある。職員の入れ替わりの激しさは介護業界の特徴ではあるが、施設長の異動は入居者に大きな影響を及ぼす。

 福田さんの両親が入居するホームでも同じことが起きた。

「ホームに入居するとき、父は施設長が大変気に入っていました。母がすべての介護を拒否していて苦労していた私たちですが、母にも施設長の人柄が伝わったのでしょう。入浴も、薬も、職員に素直に従っていてびっくりしたくらい。それはそのまま、私たちのホームへの信頼になりました」

 それが、施設長が替わったことで、ホームの空気が一変したのだ。

「新しい施設長は、それまでの施設長とまったく違うタイプで、入居者に対して冷たい気がしてなりません。特に父とはソリが合わず、施設長の言葉にいちいち腹を立てています」

 職員の介護の質や接遇も、目に見えて低下したと福田さんは感じている。リネン交換や着替えの介助などのときに、職員がものを投げて渡すようになった。入居者が職員を呼んでもなかなか来てくれないことも増えていったという。

 父親が特に悩まされたのが、認知症の入居者とのトラブルだった。

「各居室は介護職員が入るために施錠しないことになっているのですが、認知症で徘徊する男性が自室と間違えているのか、頻繁に父の部屋に入ってくるそうなんです。そして父の部屋のものをポケットに入れて持って帰ったり、壊したりするんです。何度も職員に訴えているのに何の対処もしてくれませんでした。ある日、夜中に父の部屋の椅子に座っていたそうです。たまりかねた父が『出ていけ!』と怒鳴ると、父の眼鏡をかけて出て行ったと。ところが、それを父から聞いた施設長は、その男性ではなく父に『なぜ怒鳴ったんですか。彼は何もわからないんだから、あなたが親切に手を取って、あなたの部屋はこちらですよと教えてあげなきゃダメでしょう』と怒ったというんです。父は入居者ですよ。しかも迷惑をかけられた方なのに、謝るどころか逆になぜ怒られなければならないんでしょうか。父も『もうこんなホームにはいたくない。出ていく!』と大騒ぎになりました。出ていっても困るのはこちらなので、結局泣き寝入りだったんですが」

 父親の部屋に勝ってに入ってきていた男性は、その後、廊下で便をしたり、ほかの入居者に暴力をふるったりするようになり、迷惑行為がエスカレートしていった。

「父が言うには、わざとほかの入居者に足をひっかけて転ばせたこともあったそうです。『優しく言い聞かせなさい』と父を怒った施設長も、さすがにこれ以上この男性をホームにおいておくのは危ないと思ったのでしょう。入院するためにホームを退去することになり、ようやく父は安心できるようになりました」

 一方で、ほかの入居者にも変化があった。福田さんの父親が入居してしばらくは、父親と気の合う入居者が何人かいて一緒に囲碁や将棋をしていたが、そうした入居者もほかの施設に移ったり、体調や介護状態が悪化して部屋から出られなくなったりして、今、父親の話し相手はほとんどいなくなったという。

 ホームの活気もなくなっていった。ホーム主催の外出イベントは年に数回開かれているが、参加する人はごくわずか。サークル活動も以前は行われていたが、今はなくなってしまったと福田さんは嘆く。

「いずれはうちの親もそういう道をたどるのはよくわかってはいます。自宅で過ごせなくなった両親をここで介護してくれているのは、本当にありがたいとは思っています。それでも、父のように足腰は弱ってきてはいるものの、頭ははっきりしていて、人とのコミュニケーションなどの社会的なつながりを求めている人に、ホームが何もしてくれないというのは、私が見てもつらいものがあります。楽しみも生きがいも見出せない、そんな居心地の悪い場所が両親の終の棲家となるということに、胸が痛んで仕方ありません」

 父親の意欲がなくなってしまう前に、施設長が替わればまだ間に合うかもしれない。運営側がホームの評判が悪くなったと知れば、施設長を替えて、立て直しを試みることは少なくないからだ。評判の良い施設長が、別のホームからやってきて立て直しに取り組めば、再び生き生きとした暮らしやすいホームになる、という例は多い。そのかわりに、今度はそれまでの施設長が異動したホームが変容していく可能性もあるのだが――。

坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。 

【老いゆく親と向き合う】シリーズ
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