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25歳女性が苦しんできた容姿コンプレックス… 鴻上尚史が分析した、「自分は見る側」という男達の思い込み

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2019年06月04日 16:00  AERA dot.

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写真作家・演出家の鴻上尚史氏が、あなたのお悩みにおこたえします! 夫婦、家族、職場、学校、恋愛、友人、親戚、社会人サークル、孤独……。皆さまのお悩みをぜひ、ご投稿ください(https://publications.asahi.com/kokami/)。採用された方には、本連載にて鴻上尚史氏が心底真剣に、そしてポジティブにおこたえします(撮影/写真部・小山幸佑)
作家・演出家の鴻上尚史氏が、あなたのお悩みにおこたえします! 夫婦、家族、職場、学校、恋愛、友人、親戚、社会人サークル、孤独……。皆さまのお悩みをぜひ、ご投稿ください(https://publications.asahi.com/kokami/)。採用された方には、本連載にて鴻上尚史氏が心底真剣に、そしてポジティブにおこたえします(撮影/写真部・小山幸佑)
 鴻上尚史の人生相談。容姿によって態度を変える男性たちの言動に傷つけられてきたという25歳の女性。けれど恋愛をしたい、男性への苦手意識をなくしたいという相談者に、鴻上尚史がまず分析した男達の思い込みとは……。

【相談30】

 男性への苦手意識がなくなりません(25歳 女性 はちな)

 異性(男性)が苦手です。

 大抵の男性は女性の容姿によって態度を変えますし、酷い人は容姿に関することを直接口にだして言ってきます。お世辞にも良いとは言えない容姿の私は、男性のそのような態度・行動にひどく傷つけられてきました。

 そうした嫌な経験から男性と喋るときに「気持ち悪い」と思われているのではないかという被害妄想が膨らんでしまい、ひどく気疲れします。また女性の容姿に関する話を男性にされると(酷いときにはですが)思考がまとまらない、体が硬直する、勝手に涙が出てきて嗚咽してしまうなど、身体的にも反応が出ることもあります。

 思春期はとうに過ぎているので、自分の容姿に対する諦めはついてきているのですが、男性に対しての苦手意識だけは強く残ってしまいました。男性への上記のような過剰な反応によって仕事にも悪影響がでて困っています。また、残念なことに私の恋愛対象は男性なのです。

 自分に似た子供が産まれたら可哀想なので結婚や出産は諦めているのですが、楽しそうに恋愛をしている友人達を見ているとせめて恋愛はしてみたい、と思うのです。これまでには告白されたこともあるのですが、男性に対する不信感が拭えず断ってしまいました。

 容姿について男性に何か言われても過剰に反応したくない……一度恋愛をしてみたい……こうした願いを叶えるには男性に対する苦手意識をなくさなくてはいけないのでは、と考えています。しかし、どうしたらこの根強い苦手意識をなくせるのか見当もつきません。何かアドバイスをいただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。

【鴻上さんの答え】 
  
 はちなさん。苦労していますね。確かに、無遠慮に女性の容姿のことを口にする男性は多いです。多くの男達は、自分のことを「見る性」だと思って、女性を「見られる性」だと決めつけています。信じられないかもしれませんが、多くの男達は、「自分は見る側で、見られる側ではない」と思い込んでいるのです。

「見る性」は、通常、見るだけでは止まりません。見たら判断し、ジャッジし、評論し、からかい、揶揄し、断定します。

 それが、見ることとワンパックになっている男性が多いのです。「見る性」でも、「黙って見る」とか「判断を心の中にしまっておく」とか「態度に表さない」とかできる男性は少ないんですね。若ければ若いほど、この傾向は強くなります。

 もちろん、最近は、オシャレで外見を気にする男性も増えました。そういう人達は、「見られる性」としても自分を意識しています。いつでもどこでも一日中、スマホの自撮りモードで髪形をチェックし続ける若い男性も増えてきましたからね。

 でも、多くの男性は「見る性」として、意識的にも無意識的にも育ちますから、見ることが一番の関心事になります。つまりは、女性の外見が一番の関心事になるのです。

 そうすると、どんなことが起こるかというと――。

 僕は以前、映画や演劇のために子役のオーディションを何度かしたことがありました。未就学児から小学生、そして中学生、高校生までです。

 会話をはずませて、場の雰囲気を和らげるために、「どんな男の子(女の子)が好き?」と毎回、聞きました。

 女の子達は、幼い時は、「楽しい人」と答える人が多く、それがやがて「面白い人」「賢い人」「頼りがいのある人」と、さまざまに変化しました。

 男の子は、幼い時はほぼ全員が、「可愛い子」と答え、小学生になるとほぼ全員が「可愛い子」と答え、中学生になるとほぼ全員が「可愛い子」と答え、高校生になるとほぼ全員が「可愛い子」と、なんのことはない、ほぼ全員がずっと「可愛い子」のままでした。

 僕は男性ですが、さすがに、「成長せんのかい!」と心の中で突っ込みました。

「ただしイケメンに限る」という言い方があります。

 もてない男達がヤケ気味に語る言葉です。どうせ、俺はぶさいくで、イケメンに勝てるわけないだろ。もてないのはしょうがないんだよと、自分を慰める意味にもなります。

 でも、はちなさんを含め、多くの女性は、「イケメンは素敵だけど、限ることはない」と思っているんじゃないですか? 「イケメンには、そんなに興味ないよ」と言う女性も普通にいます。愛でたり、推したりするのはイケメンでも、恋愛対象は、「イケメンに限ることはない」と多くの女性は思っているはずです。

 ではなぜ男達の中で「イケメンに限る」という言い方が広がっているかというと、男達は、自分が外見で女性を判断しているから、女性も同じように外見で判断しているに決まっていると思い込んでいるのです。

 どうですか、はちなさん。

 えっ? ここまで読んできて、男達があまりにバカだから、男性不信は治るとは思えない?

 まあ、はちなさん。もう少し、つきあって下さい。

 こういう、「自分は疑いもなく見る性である」「自分は見られる性になるはずがない」と思い込んでいる男達は、簡単に女性を品評します。だって、「見られることの痛み」が想像できませんからね。

 若ければ若いほど、この傾向は強まります。そして、残酷になります。高校生より中学生、中学生より小学生の方が、「見る性」として、“無邪気に”残酷な言葉を語ります。

 はちなさんは、25歳ですから、男達が一番、残忍だった時期の経験が生々しく残っているのだと思います。悪意のないままの残酷な言葉を投げ続けられれば、魂まで傷つきます。はちなさん、本当に苦労しましたね。

 じつは、この傾向が強い男性は、「髪が薄くなった」だの「服がダサイ」だの「お腹が出てきた」だのと面と向かって言われて「見られる性」にいきなり放り込まれると、激怒したり、混乱したり、激しく落ち込んだりします。

「見られること」つまり、「見られて評価されること」に慣れてないので、どうしたらいいか分からなくなるのです(仕事や偏差値で評価されることは大変ですが慣れているのです。それは自分の努力だったり、能力ですから。でも、外見という素材そのものだけをジャッジされるのは本当に慣れてないのです)。

 それでね、はちなさん。「見られる性」に強引に立たされるという経験によって、成長する男性がいるのです。いきなり、自分の外見やファッションをさんざん批評されることで、「うむ。容姿を一方的にいろいろと言われることはつらいなあ。ひょっとしたら、俺も同じことをしていたのか」と気付く、ほんの一握りの男性もいるのです。

 僕なんかは、「ぶさいく村」に生まれましたから、昔から、外見をジャッジされることにさらされてきました。合コンでは、外見ですでに、女性達から「戦力外」を通告されました。絶対にホームランを打ってやると多摩川の河川敷球場のバッターボックスに立ったら、試合は東京ドームで行われていて、目の前には誰もいなかった、みたいなものです。

 さんざん、外見でジャッジされてきましたから、同じことはしたくないと思います。

 もちろん、きれいなもの、美しいものは、ぶさいく村出身でも好きです。でも、「見る側」に立って、相手の美醜を簡単に口にする、容姿によって態度を変えるということと、「美しいものが好き」ということは別です。

「ぶさいく村・心優しき地区」に住む男達は、自分がされたら嫌だから、美醜を口にし、態度を変えるということをしないのです(残念ながら、「ぶさいく村・復讐地区」に住む男達もいます。この男達は「自分は容姿で判断された。同じことを女達にしてやろう。ざまあみろ」という気持ちです)。

 それから、はちなさん。

「可愛い人」しか恋愛対象じゃなかったのに、いろんなきっかけで、容姿以外の魅力に気付く男性もいます。これが一番、多いかもしれません。

 年齢を重ねる中で、人はいろんな魅力を発見するのです。

 ハンバーグとスパゲッティーとカレーしか美味しい物はないと思っていたのに、気が付くとウニや牡蠣の美味しさに感動しているように、違う良さに気付くことも珍しいことではないのです。

 カップ麺が一番美味しいと思っていたのに、いろんな種類のラーメンの複雑な味を楽しめるようになることもあるのです。

 僕は、はちなさんの「男性不信」をどうにかすることはできません。ただ、男性全体を不信に思うとか思わないではなくて、「男性の中にも、まともな人はいるんだ」ということを分かってもらえたらと思います。

 そういう人は、「可愛い人」という好みだけではなく、違う魅力を楽しみ、受け入れられる人です。

 ハンバーグとカレーは今でも好きだけど、炙りしめサバとか塩辛も好きな人です。

 もちろん、味覚が子供のままという人もいるでしょう。そういう人には近づかないこと。そして、ひどいことを言われたとしても、「ああ、この人は『見る性』に安住しているんだな。でも、やがて歳をとって、髪が抜け始めたり、お腹がどーんと出てきたり、皺だらけになったりして、外見をいろいろと言われるようになったら、大混乱したり絶望したり激怒するんだろうなあ。かわいそうになあ。今から『見られる性』に立つことに慣れていた方がいいのに」と、同情と哀れみの目で見て距離を取るか、できなければ無視して耳をふさぎましょう。

 そして、周りにいる「見られる性であることの痛み」と「見る性であることの残酷さ」を分かっている男性を探しましょう。

 大丈夫。間違いなくいます。

 彼らは、はちなさんを傷つけません。結果的に傷つけることがあったとしても、彼らは自分がしたことを分かっています。「見る性」だけに立った男性のような、無邪気な残酷さはありません。

 そのためにはね、はちなさん。

「自分に似た子供が産まれたら可哀想なので結婚や出産は諦めているのです」という言い方が僕はとても気になります。

 この言葉と共にネガティブなエネルギーや諦めの感情が生まれることを心配するのです。

 どんなに美人でもイケメンでも、卑屈な人、マイナスなエネルギーに満ちている人、ネガティブな人の恋愛は長続きしません。

 僕達は、みんな苦しい人生を生きています。どんな人もです。なんとか生きるエネルギーを絞り出しているのです。そんな時、「否定だけを語る人」「グチだけを言う人」「マイナス思考の人」は、前向きのエネルギーを吸い取ります。誰が、そんな人の周りにいたいと思うでしょうか。

 そういう人は、生きるつらさは教えてくれても、生きる楽しみはくれません。

 どうですか、はちなさん。

 マイナスのエネルギーに負けてはいませんか?

 はちなさんは、「お世辞にも良いとは言えない容姿」と書きながら、「今までには告白されたこともある」んですよね。

 ということは、はちなさんの魅力を分かってくれる人がいたということです。

 微笑みましょう。無理せず、頑張れる範囲でポジティブになりましょう。無理と頑張りは違います。無理に微笑んでいる時は、前向きの気持ちより苦痛の方が大きいです。頑張って微笑んでいる時は、苦痛も感じますが、それより前向きの気持ちの方が大きいです。

「自分に似た子供が産まれたら可哀想なので……うんとイケメンと結婚しようと思います!」なんて軽口が言えるぐらいの前向きになるのはどうですか?

 作家サマセット・モームの言葉を知りませんか?

「なぜ美人はいつもつまらぬ男と結婚するんだろう?」
「賢い男は美人と結婚しないからさ」

 美人の愚かさとか中身のなさとかへの皮肉ですね。

 そもそも、ネガティブな感情に支配されていると、美人さんはだんだん美人さんではなくなってきます。素材としては美人でも、そう見えなくなるのです。

 人間は生きているので、素材と共に精神状態や人柄が顔に出てくるのです。

 これは中途半端ななぐさめではありません。「美人」が素材だけではないからこそ、「雰囲気美人」なんて言葉があるのです。顔の作りでは美人ではないけれど、雰囲気が美人な人は確実にいます。それは、メイクや髪形、洋服だけではなく生きざまや性格を含めた勝利です。

 はちなさんの周りにはいませんか?

 ですから、素材として「可愛い人」だけじゃなくて、「雰囲気可愛い人」もいるのです。

 雰囲気で可愛くなる理由はさまざまです。とても聡明だから可愛く感じるとか、優しいからとか、元気だからとか、優しいからとか、とにかく、ポジティブななにかの理由によって、雰囲気で可愛くなるのです。そして、それが女性にとって一番大切だと思っている男性はその人と恋に落ちるのです。

 はちなさん。

 愚かな男達に、これからも、容姿に関しての言葉を浴びせられるかもしれません。でも、それは男達のすべてではないのです。それが男性全体だと思って、男性全員を不信に思ったり、嫌ったりしてはもったいないのです。

 はちなさんの周りにも、ひとつ成長した男達が確実にいるはずです。いないようなら、交遊関係を広げて探して下さい。

 そして、はちなさんの魅力に惹かれる男も間違いなくいると断言します。

 えっ? 私にはそんな魅力がそもそもないと思っていますか?

 最後に僕の大好きな谷川俊太郎さんの詩を紹介します。『彼女を代弁すると』という詩です。

 彼女を代弁すると

 「花屋の前を通ると吐き気がする
 どの花も色とりどりにエゴイスト
 青空なんて分厚い雲にかくれてほしい
 星なんてみんな落ちてくればいい
 みんななんで平気で生きてるんですか
 ちゃらちゃら光るもので自分をかざって
 ひっきりなしにメールチェックして
 私 人間やめたい
 石ころになって誰かにぶん投げてもらいたい
 でなきゃ泥水になって海に溶けたい」

 無表情に梅割りをすすっている彼女の
 Tシャツの下の二つのふくらみは
 コトバをもっていないからココロを裏切って
 堂々といのちを主張している

 ……どうですか? はちなさんは、まだ25歳です。それがどんなに素敵なことなのか。その生命力がどんなに魅力的なことなのか。僕は60歳なのでようく分かります。

 微笑みましょう。無理せず、頑張って微笑みましょう。

 素敵な恋人が見つかりますように。心から応援します。 

【おすすめ記事】「彼女の整形を知って、引いてしまいました」 鴻上尚史が男性の悩みを分析してわかったこと


このニュースに関するつぶやき

  • おっさんは何でも野球に例えて説明する‥‥‥鴻上尚史も例外ではなかった。>
    • イイネ!0
    • コメント 0件
  • ああ。見られる側に置かれて逆上する男、いっぱい見たわ。男性でここまで分かってて説明できる人がいるだけでも救いだな。
    • イイネ!556
    • コメント 13件

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