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東京・下町、人口流入&地価上昇が鮮明…都心へのアクセスと生活のコスパに優れる“一挙両得”

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2019年06月21日 11:41  Business Journal

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写真荒川区の日暮里駅(「Wikipedia」より)
荒川区の日暮里駅(「Wikipedia」より)

 東京の下町とはどこか? 答えは単純そうで、実はなかなか難しい。


 江戸時代の下町の代表は神田(千代田区北東部)、日本橋(中央区北部)。現在の東京と比べると江戸は小さなまちで、下町の範囲も狭かった。「根岸の里のわび住まい」の言葉があるように、台東区でも賑やかだったのは南側だけ。しかし、将軍様のおひざ元を支えているという誇りは高かった。「元祖下町」といえようか。


 明治、大正、昭和と時代が進むにつれて、下町は墨田川沿いに広がっていく。台東区、墨田区、荒川区、江東区、北区の南東部。住宅、商店、工場などが混在するなかで、地域の強いつながりに包まれて暮らす庶民のまち。私たちが思い浮かべる下町イメージがまさに実生活として体現された、いうならば「本家下町」である。実は、下町イメージが息づくまちは多くの区に存在する。なかでも品川区は、こうした下町的エリアが大きく広がり、「分家下町」の様相が濃い。


 そして現在、私たちは東京の東部一帯を下町と呼ぶようになった。あえて代表を挙げるとするなら、葛飾区や足立区といった荒川の東側か。戦後の高度経済成長期以降の「新興下町」が今やもっとも下町らしいのは、下町的生活の実態がここにもっとも強く残されているからだろう。


●下町人口増加中


 今や広い範囲に広がる東京の下町のうち、本稿で対象とするのは「本家下町」。必要に応じて「分家筆頭」の品川区にも触れることにする。


 下町地区は、かつて東京でもっとも繁華なまちだった。1935(昭和10)年の『国勢調査』をひもとくと、東京23区(当時は35区で、これを現在の23区に再集計した値)のなかで、もっとも人口が多かったのは墨田区の46万5000人。2位が台東区の46万4000人。


 人口密度を見ると、当時の下町の繁華さがもっとよくわかる。いずれも1935年値で、1平方キロメートルあたり台東区が4万7500人、墨田区が4万0800人、荒川区が3万5800人。旧35区ベースで追記すると、滝野川区(北区南東部)が2万3600人。深川区(江東区北西部)が2万3400人(面積は1933年の東京市測量値による)。ちなみに、2015年の『国勢調査』による人口密度が23区で一番高いのは豊島区の2万2400人だ。


 しかし、その後の世の流れは下町にとって逆風となる。閑静さに欠けるゴミゴミしたまち並み。プライバシーの領域にまで土足で踏み込んでくるような濃密すぎる人間関係。人に自慢できるようなおしゃれさに欠ける下町の人気は急落していった。


 そんな下町地区が今、新たな注目を集めている。図表1からは、下町エリアの多くの区で人口増加率の23区内ランキングが上昇傾向にあることがわかるだろう。


 詳しく見ると、江東区はランキングが低下傾向を示し、人口増加の勢いが弱まるトレンドが感じられる。また、荒川区は2015年以降、人口の伸び悩みが生じている。しかし、これら両区の動きも「近年、下町地区で人口が増えている」という大きな流れを否定するものではない。


 江東区の人口増加率ランキングが下がったのは、豊洲、東雲、有明などウォーターフロント部での人口増がかつてと比べ落ち着きを示すようになってきたためだし、荒川区は同区の人口増加傾向をリードしていた南千住地区の再開発が一段落したからだ。後述するように、江東区でも荒川区でも、下町としての特徴を強く持った地区の人口はやはり増えている。


●なぜ今、「下町ライフ」が人気なのか


 なぜ、下町で人口が増えているのか。『23区大逆転』(NHK出版新書)のなかで、筆者は「都心居住の本質回帰による下町ライフの再発見」という仮説を提示した。通勤時間を短縮し、自分や家族のために生活時間を有効に使うという「都心ライフ」を実現できるのは、経済的にゆとりがある一部の人たちだけ。だが、都心に住むというステータス部分を捨てて本質だけを考えると、下町は都心へのアクセスが至便で、かつ生活のコストパフォーマンスに優れる「一挙両得」がある。ここに人々が気づき始めたのではないかというのが、この仮説のポイント。


 その傍証として、2015年の『国勢調査』に基づき、蔵前、浅草橋、御徒町など台東区の南部、門前仲町、東陽町、清澄白河、森下、住吉など江東区の北西部、五反田、大崎、京浜急行線沿線など品川区の北部といった都心から一枚外側の場所で人口が増えていることを指摘した。


 あらためて直近データに照らしてみると、上記条件を備えた地区は依然として高い人口増加率を維持し続けている(図表2参照)。


 加えて、図表2からは、その発展形とでも呼ぶべき動きが生まれていることもわかる。ひとつは台東区。なるほど南部エリアの人口は今も急増を続けているが、同時に入谷や鶯谷など区の中部エリアにまで人口増加の傾向が広がっている。蔵前から都心と入谷から都心は、考えてみれば5分ぐらいしか所要時間が変わらない。


 もうひとつは、両国はもとより、王子、赤羽、押上など、交通アクセスに優れるまちでも飛び地的に人口増が見られることだ。図表2記載のランク外となるが、荒川区でも日暮里駅周辺は年平均2%に限りなく近い人口増加率を示している。


 蔵前、門前仲町、両国、王子、日暮里。いわゆる「住みたいまちランキング」では、トンと縁遠い顔ぶればかり。「住みたいまち」と「住むことを選ぶまち」との間に、大きな溝が生まれ出しているのだ。


●地価上昇率2年連続トップは意外な区


 一番わかりやすい指標は地価の動向だろう。2018〜19年の1年間で住宅地の地価が23区で一番上昇したのはどこか。都心? 西部山の手? 答えは違う。


 港区は6位(2018年は5位、以下同)と高位置にあるものの、中央区は13位(23位)、千代田区は最低の23位(18位)。都心の地価はすでに高止まりの状態にある。西部山の手は杉並区が17位(19位)、世田谷区と目黒区がともに18位(2018年は世田谷13位、目黒15位)で、いずれも23区の下位グループに甘んじる。


 トップは荒川区。フロックではない。2年連続のトップだ。2位は台東区(7位)、3位は北区(2位)。ほかにも、下町各区の地価は確実に上昇基調にある(図表3参照)。


 バブル経済の時代に期待値だけで値上がりした地価は、その後の急落を経て、需要と供給のバランスが反映されるようになった。荒川区をはじめ、下町各区で地価が上昇しているのは、需要が高まっているからにほかならない。


●下町ルネッサンスが花開くとき


 だが、人口が増え、地価が上がったからといって、それだけで「下町の再興」とはならない。まだ、大きなヤマが残っている。冒頭でも指摘したように、下町は下町生活の実践こそに、その存在意義があるからだ。


 マンションの郵便受けにネームプレートを表示しないのは当たり前。一戸建てでも表札を出さない人が増えてきた。宅配業者泣かせか、プライバシーの確保か。議論は尽きないが、お隣に誰が住んでいるかわからないようでは地域のつながりなど生まれようもない。根掘り葉掘りは言語道断だとしても、ご近所のことをおおむねわかり合っているからこそ、助け合い、支え合う関係が生まれてくる。


 下町地区で人口が増えたといっても、人々が「家」という箱の中に存在するだけなら、どこに住もうと変わりはない。行政もこれを十分に理解しており、新住民が下町コミュニティに無理なく溶け込んでいけるよう、あの手この手を尽くしている。基本は、下町地区の最大の弱点である防災上の課題を逆手に取ること。危険度が高いからこそ、地域の助け合いが重要性を増す。


 下町ルネッサンス。それは、人が人とまちとの関係を再認識できたとき、初めて花開く。まちウォッチャーとしては、尽きぬ興味を抱きつつ、もうしばらく事態を見守っていくことにしたい。
(文=池田利道/東京23区研究所所長)


このニュースに関するつぶやき

  • 二次・三次喫煙被害頻発と水害が全く考慮されていない(笑)。介護ヘルパーが堂々と喫煙するような土地柄ですよ。昔の下町の中央区にせよ、物凄い喫煙者数です。
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  • 古い一軒家をまとめて壊して高層マンションを建てたら、下町とは言わないのよexclamation
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