吉高由里子のユルい雰囲気がもたらす効用 『わたし、定時で帰ります。』福永の心は開放できるか

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2019年06月25日 08:01  リアルサウンド

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『わたし、定時で帰ります。』(c)TBS

 新潟県を中心とした大地震で最終話が中断した『わたし、定時で帰ります。』(TBS系)が今夜、改めて放送される。


【写真】上海飯店での結衣(吉高由里子)


 Web制作会社・ネットヒーローズを舞台にした本作は、「働き方改革」が叫ばれ、労働環境の改善が求められる時代に相応しい会社モノのドラマだ。物語は吉高由里子が演じる32歳のディレクター・東山結衣を中心とした群像劇。毎話、社員の一人に焦点を当てることで、今の日本の職場で起こっている様々な諸問題を取り上げている。


 始まる前はライトなタイトルと、トリスハイボール(サントリー)のCMでおどけた姿を見せる吉高が主演ということもあってか、定時で帰る結衣が仕事の後でダラダラと飲み歩くようなユルい話、さながら60年代に植木等が主演を務めた『無責任』シリーズの女版とでも言うような、スチャラカ女子社員のコメディドラマになるかと想像していたが、実際は真逆で「定時に帰る」と気軽に言うことすらはばかられる、日本社会の厳しい現実をこれでもかと見せる辛辣な作品だった。


 シリアスな内容ゆえにSNSでの感想も毎話終わるごとに阿鼻叫喚の嵐。自分の職場と比較して考える人が多かったようだが、恐いもの見たさも含めて、一番押してほしいツボを的確に捉えたのだろう。視聴者が一番不安なのは、恋愛でも家庭でもなく仕事なのだと本作を見て改めて感じた。


 本作は会社を舞台に、社会で起きている諸問題を描いている。


 第2話では産休・育休開けのワーキングマザーの苦悩が描かれ、第5話では派遣デザイナーが取引先のスポーツ関連会社の男性社員たちから派遣という弱い立場を狙ったセクハラに遭遇する場面が描かれた。働き方改革を推進する理想と、利益を出さないと生き残れないという本音の衝突から生まれた軋みが、弱い立場である女性たちへと向かう様を容赦なく描き出していた。


 そんな、年齢も立場も性別もバラバラの人たちが入り交じる職場の中で“ゆるさ”を武器に、社員一人一人に寄り添い支えたのが、吉高が演じる東山結衣である。


 結衣は効率よく仕事を終えて「定時に帰る」ことをモットーとしている。第1話冒頭では人間ドックに行くために有給をとる姿を見せ、行きつけの中華料理屋で嬉しそうにビールを呑みながら小籠包を食べている。客のおじさんたちと楽しそうに話す結衣の姿はCMで見せる吉高のイメージそのものだ。


 いつもヘラヘラしているので、イラッとすることもあるが、次々と起こるトラブルにいちいち真面目に対応していたらすぐに心が壊れてしまう。彼女のユルいたたずまいが中和剤となっているからこそ、危機を乗り越えられるのだ。


 正直言うと、本作を見るまで吉高のことが苦手だった。演技のうまさは認めつつも、常にほろ酔い気分で生きているような姿を見る度にイライラしていた。今考えると、それは自分も彼女のように生きたいという「羨ましさ」の裏返しの気持ちだったのかもしれない。


 結衣は自分を追い詰めるような無理な仕事はしない。だからこそ心に余裕がある。その余裕があるからこそ、苦しんでいる社員たちに寄り添うことができる。


 第1話。結衣と同年齢で似たキャリアを過ごしながら真逆の仕事観を持っていた三谷佳菜子(シシド・カフカ)を心配し、彼女が会社を休んだ際にはお見舞いにも伺っている。休んだら自分の居場所がなくなるのではないかと不安に思うあまり必死に働く三谷に対して、東山は新卒で入った以前の職場で、超過労働の果てに事故を起こして意識不明の重体となったことを告白。その時、「誰にどう思われようが無理はしない。ラクに行こう。それが私の働き方だ」と考えるようになり、定時で帰れる職場を探して100社面接を受けた末に今の会社に入ったと語る。つまり、結衣もかつては三谷のような社員だったのだ。


 本作に登場する社員たちは自分で自分を追い詰めている。そんな彼、彼女らに対して「無理しなくていいんだよ」と結衣は優しく語りかける。


 第9話。超過労働に疲弊して引きこもりとなった種田晃太郎(向井理)の弟・柊(桜田通)は、家に遊びに来た(当時、晃太郎の恋人だった)結衣が、二日酔いで会社をズル休みした時の姿を思い出したことで「力が抜けてバカバカしくなって」自殺を留まれたと語る。このシーンは吉高のユルい雰囲気がもたらす効用を、的確に解説している。


 先週、途中で中断した最終話では、諸悪の根源と言える部長の福永清次(ユースケ・サンタマリア)が結衣に心情を吐露する場面が描かれた。


 48歳の福永は、バブル崩壊後の社会に出た就職氷河期世代(団塊ジュニア)の走りだ。「取引先が福永を外せ」と言ってきたことを結衣が伝えると、福永の口から呪詛にも似た恨み言が溢れ出す。ユースケの怪演もあってか不気味な迫力が漲っていたが、同時に母親に甘える子どものようにも思えた。


 社員たちの悩みを受け止めてきた結衣だが、福永の心は開放できたのだろうか? 結衣のユルさが、福永にとっても救いとなればいいのだが。


(成馬零一)


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