MotoGPコラム:カタルーニャGPで3台を巻き込んだロレンソよりも大きなミスを犯したビニャーレス

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2019年06月26日 18:51  AUTOSPORT web

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予選でマーベリック・ビニャーレスの妨害に抗議するファビオ・クアルタラロ
イギリス在住のフリーライター、マット・オクスリーのMotoGPコラムをお届け。第7戦カタルーニャGPの決勝レースで3台を巻き込む転倒を喫したホルヘ・ロレンソ。しかし、ロレンソの犯したミスよりもマーベリック・ビニャーレスが犯したミスの方がより重大だという。

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 ホルヘ・ロレンソ(レプソル・ホンダ・チーム)は、カタルーニャGPの素晴らしいレースを台無しにしたかもしれないが、彼のミスはマーベリック・ビニャーレス(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)が予選で行ったことに比べればずっと軽いものだ。

 カタルーニャGPの決勝24周中、2周目で2番手だったマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)は、10コーナーに進入する際にアンドレア・ドヴィツィオーゾ(ミッション・ウィノウ・ドゥカティ)に仕掛け、エイペックスで追い抜いた。そのためドヴィツィオーゾは、彼の典型的なアンダーカットの戦略に備えるためにラインを調整した。

 そのとき、ロレンソは3番手を走行中のビニャーレスを追い抜こうとしていたが、突如として行き場がなくなってしまい、フロントブレーキを強めにかけた。そのためフロントタイヤがロックしてロレンソは転倒し、彼の倒れたバイクがドヴィツィオーゾを転倒させ、次にビニャーレス、最後にバレンティーノ・ロッシ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)を転倒させた。

 誰に責任があったかについては、まったく疑問の余地はなかった。「僕は順調なスタートを切り、順位を大分挽回した」とロレンソは説明した。

 ロレンソはカタルーニャGP前の週にHRC(ホンダ・レーシング)を訪問中に3Dプリンターで出力した、人間工学に基づく新パーツを使用していた。「バイクの感触はとても良く、(決勝日は)週末中で一番良かったし、ブレーキングも大分改善された」

「9コーナーの立ち上がりで加速したが、マーベリックはマルクに衝突するのを避けるために、スロットルを閉じなければならなかった。だから僕はスリップストリームを使うためにそのアドバンテージを利用して、オーバーテイクに備えた。なぜならもっと何かをできると思ったし、順位をさらに上げられると感じていたからだ」

「でもマーベリックをオーバーテイクしようとしたタイミングは間違えていたし、とりわけ場所が正しくなかった」

「僕はおそらく興奮していたんだ。良い感触があって、どんどん速く走れると感じていたからね。めちゃくちゃなブレーキングをしたわけではなかった。マーベリックとほとんど並走していて、普段どおりにブレーキをかけたんだ」

「問題だったのは、周りにいたライダーが多すぎたことだ。前ではドヴィがコーナー出口に備えてラインを空けていた。だから僕は彼にどんどん近づいた。そして彼に衝突するのを避けるためにさらにブレーキをかけたら、フロントタイヤがロックしたんだ」

「転倒はいろいろな要素が組み合わさっていた。一番大ごとだったのは、タイトルを賭けて戦っている3人のライダーをクラッシュさせたことだ。単独クラッシュする方がよほどよかった。僕は謝ったよ」

 必然的に、ロレンソの転倒による3人の被害者たちは状況について異なる見方をしている。出走した390回のグランプリレースにおいて、ひどい目にも多く遭ってきたロッシは最も冷静だった。

「これはレースだ。時にはこういうことも起きる」と40歳のロッシは語った。

「僕は(ダニロ・)ペトルッチの後ろにいて、悪いタイミングで彼をオーバーテイクした。なぜなら彼より早く10コーナーに進入したときに、不運にもホルヘのバイクを避けられなかったからだ。ホルヘがこの競り合いをしたタイミングが良くなかった。彼は両方にソフトタイヤを選択したから、最初からとても激しくプッシュしていた」

「でも本当のところ、なぜ僕たちがこのコーナー(10コーナー)を使ったのか分からない。僕はよくやるように長い左カーブを使おうと戦っていた。それはとても良いやり方だが、どういう訳か僕たちはこのコーナーを使った。まるでスーパーマーケットの駐車場みたいだったのに」

「レーストラックのコーナーではないみたいだった。こうしたコーナーでは、この手のことが簡単に起こる」

 ロッシは間違っていない。この週末に起きた72件のクラッシュのうち、20件が10コーナーで起きた。14コーナー中ひとつのコーナーで、全クラッシュのうちの20パーセントを超えるクラッシュが起きたことになる。これがいわゆる事故の多発地帯だ。

 ドヴィツィオーゾはロレンソのホンダRC213Vが衝突したことで、タイトル獲得の望みに大きな打撃を受けたため、ロッシに比べると当然ながら同情心は少ない。

「ホルヘはスタートの後で大きく順位を上げていて、トップに出たがっていた。そして大きなミスを犯したんだ」とランキング2番手につけるドヴィツィオーゾは語った。

「あのコーナーでは簡単にミスをしてしまう。1速にしたらやり直すことはできない。そして小さなミスが最後には大きなミスになってしまうんだ」

「ホルヘはあの瞬間正気ではなかった。彼はマーベリックをオーバーテイクしたがっていた。でもどこでブレーキングをするか見ていなかった。マーベリックはとても遅い段階でブレーキをかけ、ホルヘはその後でブレーキをかけたので、ホルヘは早く追いつきすぎて、イン側に行ったんだ」

「あのミスは重大というわけではないが、2周目であのコーナーでああした動きをするのは大きなミスだ」

「クラッシュのせいでチャンピオンシップに大きな変化が生まれてしまった。マルクは優勝し、僕たち3人はゼロポイントだからだ。本当に最悪だよ。今年僕たちがやりたかったことは、マルクを限界まで追い詰めることだった。そうすれば誰もがミスを犯し得る。今ではマルクは差を大きく広げた。彼との間の大きなポイント差を埋めるのは簡単なことではない」

 もちろん、2周目での多重クラッシュはバイクレースでは何も珍しいことではない。ライダーはブレーキング勝負に貪欲な習性を持っており、フロントタイヤをロックさせて、ライバルのひとりやふたりを転倒させるものだ。

 ロレンソのインシデントは日曜日の10コーナーにおける3件目のインシデントだったが、唯一記事のトップを飾ることになった。最速のバイクレーサーのうち4人が巻き込まれたからだ。

 このクラッシュは、同様に大きな記事となったもうひとつの事故を彷彿とさせる。それは2011年のスペインGP序盤において、ヘレスの第1コーナーでロッシがケーシー・ストーナーをクラッシュに巻き込んだ一件だ。ロッシは開幕からの数戦でドゥカティのデスモセディチGPで苦戦を強いられた後にスペインGPに臨んだ。ロレンソがレプソルRC213Vで最初の数戦に苦しんだ後に、日曜日のカタルーニャGPを迎えたようにだ。

 何年も前のヘレスでのロッシのように、ロレンソは突如として自分が上位に近いところにいることに気づき、エキサイトしすぎてしまった。

■予選でロレンソよりも大きなミスを犯したビニャーレス
 日曜日のレース後、ビニャーレスはレースディレクションに対し、ロレンソに厳しいペナルティを科すことを求めると発表した。(実際にそれはMotoGPのスチュワードの仕事なのだが)

「レースディレクションが、昨日の僕に対してそうだったように、ホルヘに対しても厳しい態度を取ることを望む」とビニャーレスは語った。

 前日の午後にいっそう悪質な罪を犯したライダーとしては、大した行動だ。ビニャーレスへのペナルティは非常に軽いもので、たったの3グリッド降格だった。

 土曜日の予選Q2を、ビニャーレスは4月のアルゼンチンGP以来となるフロントロウからスタートした。ビニャーレスはフィニッシュラインを通過した後に結果に喜び、コース中央を低速で走行し、ウイリーをしてファンに手を振った。

 だが実際にはチェッカーフラッグは振られていなかった。セッションはまだ続いており、コースでは走行が続けられていた。ライダーたちはできる限り最高のグリッドポジションを得るためにファステストラップを出そうと全力で走行していた。

 その周回でターン9を出ようとしたビニャーレスは、非常に遅いスピードで走行していた。その時ファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハSRT)はアタックラップを走行中で、ミサイルのような勢いでビニャーレスを抜いたが、彼から1メートル程度のところをすり抜けることになった。

 MotoGPのスチュワードはその後、ビニャーレスの行為に対して3グリッド降格ペナルティを科したが、ビニャーレスはそのペナルティが厳しすぎると感じた。「いつも礼儀正しいライダーにとっては、厳しすぎると思う」とビニャーレスは語っている。

 だがここで問題なのはマナーではなく安全性だ。多くの危険で致命的なクラッシュの原因は、ほとんどの場合速度差にあるのだ。ビニャーレスは時速約97km/hで走行していたのに対し、クアルタラロは時速約193.1km/hで彼を追い抜いたのだ。彼らが衝突していたら、何が起きていたか想像してみてほしい。

 このインシデントは、2011年にオーストラリアGPのMoto2のフリー走行中に起きた、マルク・マルケスとラタパー・ウィライローの恐ろしい事故を思い出させる。マルケスはチェッカーフラッグの後もフルスピードで走り続け、ウィライローに激突したのだ。ウィライローはピットに戻るために当然ながら大幅にスピードを落として走行していた。マルケスはこの行為により、グリッド最後尾に降格となった。

 これらの行為は同じでもあり、真逆でもあった。2011年と2019年のインシデントの唯一の違いは、フィリップアイランドでは衝突が起きたということだけだ。ウィライローはマルケスとの衝突により背中と膝を負傷した。だがウィライローとマルケスがふたりとも深刻な怪我をしなかったことは、本当に幸運なことだったのだ。

 したがってビニャーレスは何列かグリッド位置を下げられて当然だった。彼が二度とこうしたアマチュアのような危険行為をしないようにするためにだ。

 元Moto3チャンピオンであるビニャーレスに与えられたこのペナルティが厳しすぎると思う人は、ノーマン・ブラウン、ピーター・フバー、ラインハルト・ロスの名前をインターネットで検索すべきだ。

 この3人のライダーたちは全員が速度差の犠牲となった。マン島TTレース優勝者のブラウンは、1983年のイギリスGPで、テクニカルトラブルのためにピットに向けて走行中に亡くなった。ブラウンはスイス人ライダーのピーター・フバーに後方から追突されたのだ。フバーはフルスピードで走行していた。フバーも命を失った。

 グランプリを運営していたACU(オート・サイクル・ユニオン)の競技員は、事故現場を走り抜けたケニー・ロバーツや他のライダーたちが自主的にピットに入るまで、レースを中止しようとしなかった。

 バイクレースの責任者たちがライダーのことを使い捨てのパフォーマーだと見なしていた、暗黒の時代だった。

「ブリテンの戦いのような考え方だ」と当時グランプリにプライベーターとして参戦していたクライブ・ホートンは語った。

「パイロットはライダーのように自分の仕事をする。彼らが出撃してひとりが負けても、常に代わりのパイロットがいる」

 7年後、ホンダのファクトリーライダーのラインハルト・ロスは、1990年のユーゴスラビアGPで、250ccクラス首位を争っていた。彼は混み入ったトップ集団のなかで戦っていたため、コース前方への視界が大きく遮られてしまっていた。

 レース終盤、ロスの前方のライダーたちはオーストラリア人のプライベーターのダレン・ミラーが、レーシングラインを辿ってピットに戻ろうとしているのを発見し、彼を避けようと進路をそらした。

 ロスは回避のための行動をとることができず、高速でミラーに衝突した。ロスは重傷を負い、二度とレースはできなくなった。ロスは今も半身不随で寝たきりの状態にあり、身体の片側には麻痺が残っている。

 イギリスのスーパーバイク選手権シリーズでディレクターを務めるスチュワート・ヒッグスは、こうした事故の恐ろしいビデオ映像を使って、同シリーズに参戦するライダーたちに分別を教え込んでいる。私は、ビニャーレスや他のMotoGPライダーたちも同じビデオを見るのがよいと思う。

 フロントのコントロールを失い、クラッシュして世界選手権の戦いを台無しにすることと、人生を台無しにすることはまったく違うことなのだ。

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