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「皮膚病が銭湯にくるな!」 “乾癬差別“に苦しんだ女性の告白

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2019年07月10日 11:30  AERA dot.

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AERA dot.

写真※写真はイメージです (Getty Images)
※写真はイメージです (Getty Images)
「ガサガサ、ガサガサ」

 剥がれた皮膚が落ちないように縛っていた袖口のゴムを外すと、服の中から大量の白いかさぶたが落ちた。かき集めると、すぐに両手がいっぱいになる。服を脱ぎ、かさぶたで覆われた全身を鏡ごしに見つめる。家に帰っておこなう日課のひとつだ。

【大量に剥がれ落ちた皮膚の写真はこちら】

 外を歩けば、異様なものを見るかのような周囲の視線にさらされることもある。

「私は妖怪なんだ」

 佐藤唯華さん(31)は心を閉ざすようになった。

 「乾癬」(かんせん)は罹患すると、皮膚にでる円形の赤みの上にかさぶたができ、やがてフケのようにはがれ落ちる。皮膚の免疫機能の異常による病気で、ストレスや脂っこい食事、肥満といった要因が加わって引き起こされると考えられている。国内では千人に1人が患者とされている。細菌やウイルスによるものではないため人にうつることはないが、症状が外見に出ることから、社会での差別に苦しむ人は多い。モデルの道端アンジェリカさんや、音楽クリエーターのヒャダインさんも患者であることを告白して話題となった。

 佐藤さんが発症したのは小学4年生のときだ。佐藤さんは男子たちのグループに混ざって外で遊ぶ活発な女の子だった。ある日、母親に「フケが出てるよ」と言われた。「洗髪が足りなかったかな」と思ったが、痒みと白いかさぶたは次第に額や腕にまで広がっていった。

 異変に気付き、皮膚科を受診した。

「治療を続けましたが、症状はひどくなるばかりでした。かゆみが強くなり、集中力が続かない。学校の授業中、額から剥がれ落ちた皮膚をノートからなんども払い落しました」

 最初は周囲の友人や教師たちも「大丈夫?」と気遣ってくれた。好きだった夏の水泳の授業にも、以前と変わりなく参加できた。周囲の態度が一変したのは、中学のときだ。

「見た目を気にする年頃だからか、別の小学校から進級してきた男子からいじめを受けるようになりました。『きもい』と教科書に落書きされ、机には『怪物』『ぶつぶつ』と彫られました。友達の輪に入れず、『グループを作って』という先生の言葉に毎日怯えていました。修学旅行でも班から置いて行かれ、一人で奈良を周ったときはつらかったです」

 3年の夏、転校を決めた。

 高校ではデザイン科のある学校に進んだ。おとなしい人が多かったためか、イジメはなくなったという。それでも、中学で染みついた佐藤さんの外見へのコンプレックスは拭えなかった。「人に見られない仕事に就こう」と、週末に声優養成所へ通ったが、講習を受けるスタジオの床が黒く、剥がれ落ちた白いフケが目立った。周りの視線に耐えられず、4年で養成所を辞めた。

「今思えば何の根拠もなかったのですが、ある日、『お湯の中で汗をかいたら症状がよくなるかも』と友人が銭湯に誘ってくれたんです。乾癬になってからはずっと避けてきましたが、勇気を出して平日の人が少ないときに行くことにしました。入浴していると、私たちの浴槽だけが空いていたんです。しばらくして中年の女性に『皮膚病が来るんじゃないよ』と怒鳴られました。友人は『感染しないから来てんだよ』と怒ってくれたのですが、そんなことを友人に言わせてしまった自分を責めました」

 仕事でも佐藤さんの苦悩は続いた。人間関係ができることを避け、同じ仕事を長く続けられなかった。工場での作業や、ティッシュ配りなどの日雇いのアルバイトを転々とした。症状がひどいときには関節が痛み、立ち上がることすら難しかった。半年ほど家にこもることもあり、「このまま消えてなくなりたい」と思いつめるようになった。

 転機となったのは3年前。症状が悪化し、皮膚に膿がたまる「膿疱性乾癬」になった。国指定の難病になったことで、治療に補助金が出るようになったのだ。それまで、効果は高いものの「1回の点滴で50万円ほどかかる」といわれ、手が付けられなかった「生物学的製剤」と呼ばれる治療が受けられるようになり、症状は一気に改善した。実際は高額療養費制度により、自己負担額は抑えられるが、それでも当時の佐藤さんに二の足を踏ませるには十分な金額だった。

 運よく生物学的製剤を使用できたことで、今では一見して乾癬患者だとはわからないほどに症状は治まっている。佐藤さんは「妖怪だった私が、やっと人間になれた」と笑顔で話す。病気を乗り越えられたのは、夫の尚さん(37)の存在も大きい。

「私の病気を受け入れてくれて、気持ちが楽になれました。剥がれた皮膚のせいで頻繁に詰まってしまう風呂の排水口を、何も言わずに掃除してくれました。私の隣で寝ていて、朝起きた時に、夫が体中フケだらけになってしまった時には『オレ、竜田揚げじゃん!』って笑い飛ばしてくれるんです」

 反対されるのを恐れ、交際を報告できずにいた夫の両親にも、症状が治まったことで会うことができた。病気でためらっていた結婚も、8年の交際を経てようやく踏み切れた。

 治療法が確立されはじめ、罹患した著名人が病気を告白したことで、乾癬への認知度は高まりつつある。しかし、患者はいまだに多くの負担を強いられている。「佐藤さんが快方にむかっているのは、幸運なケースです」と話すのは、患者同士の交流の場をつくるなど、病気についての知識を広める活動をしているNPO法人東京乾癬の会P−PATの大蔵由美理事長だ。

「治療費の補助が国から出るのは、主に指定難病に罹患した場合か、生活保護受給者です。乾癬が重症化して寝たきりになり、生活保護の対象になったことで治療を受けて再就職するも、高額な医療費を払えず再び重症化するという負のスパイラルにはまってしまう人もいます。乾癬で国の指定難病となっているのは『膿疱性乾癬』だけ。全身の関節に腫れや痛みを伴いやがて変形する『乾癬性関節炎』を指定難病に加えるよう厚生労働省に要望し、指定の拡大を目指していますが、実現には至っていません」

 精神的な負担に加え、経済的負担も重くのしかかる。患者の回復には、医療の発展だけでなく、社会全体の理解が欠かせない。(AERA dot.編集部/井上啓太)

このニュースに関するつぶやき

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  • ババアに怒ってくれたご友人、心優しい旦那さんのお陰でこちらまで救われた気になる。。大変でしょうが末永くお幸せに。
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