大河ドラマ、初の外部ディレクター演出が功を奏すか 『いだてん』異例の大抜擢、大根仁の手腕

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2019年07月18日 06:11  リアルサウンド

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『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』(写真提供=NHK)

 第3章に入り、ますます盛り上がりを見せている大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』(NHK総合)。主人公が金栗四三(中村勘九郎)から政治記者の田畑政治(阿部サダヲ)にバトンタッチされ、時代も大正から昭和へ。牧歌的だった日本スポーツの黎明期は終わり、生臭い爛熟期へと変わっていく。


 「喋りのいだてん」と呼ばれる田畑に物語の主軸が移ると物語も様変わりする。


 第25回「時代は変る」では、嘉納治五郎(役所広司)たちが苦労していた渡航費の工面も田畑は大蔵大臣の高橋是清(萩原健一)に直談判、あっさり予算をぶんどってしまう。口の悪い田畑の振る舞いは、ともすれば今まで描いてきた金栗たちの物語を全否定となりかねないものだが、そうならないのは多種多様な人々の生き様を描いてきた『いだてん』ならでは。むしろ、田畑のせわしない視点がかぶさることで、物語に明確な柱が立ったように思う。


 そして、第26回「明日なき暴走」。1923年のアムステルダムオリンピックに出場した人見絹枝(菅原小春)に焦点を当てたこの物語は『いだてん』史上、屈指の仕上がりで放送終了後、SNSでは絶賛の嵐となった。


 増野シマ(杉咲花)に誘わる形で陸上選手となった絹枝は、いくつもの日本新記録を打ち立てるが、観客からはバケモノと罵られ、自分の生き方に悩んでいた。


 恩師・二階堂トクヨ(寺島しのぶ)から励まされた絹枝は陸上を続け、やがてオリンピックに出場する。女子100メートル走でのメダル獲得はできなかったが、女子選手代表として来た絹枝は「このままじゃ日本には帰れません」と未経験の800メートル走に出場。見事2位に入賞し、日本人女性初の銀メダルを獲得する。


【写真】シマを演じた杉咲花


 「3年後、人見絹枝は24歳の若さでこの世を去ります」とナレーションでさらっと語られる終わり方も絶妙で、実に美しい回であった。


 演出を担当したのは大根仁。チーフ演出の井上剛を筆頭に、NHKの演出家が多数参加する『いだてん』だが、大根は制作会社オフィスクレッシェンド所属の外部ディレクター。これは大河ドラマでは初の試みで、異例の大抜擢だが、今まで大根が担当してきた回のレベルの高さを見ると、『いだてん』チームが大根を起用した理由がよくわかる。


 大根は、『ケイゾク』(TBS系)等の作品で知られる映像作家・堤幸彦のもとでADとして様々な現場を経験した後、深夜ドラマを多数手掛ることで独自の作家性を築き、00年代には“深夜ドラマ番長”と呼ばれていた。


 そんな大根が、堤幸彦の影響から脱し、映像作家としての力量を広く知らしめたのが後に映画化もされた大ヒットした深夜ドラマ『モテキ』(テレビ東京系)である。


 様々なサブカルチャーの引用を用いたくすぐりが目立つ本作は、放送当時は小ネタ消費の側面から大きく注目されたが、同時にドキュメンタリー的なカメラワークによって俳優の身体を生々しく捉えることで、とても人間臭い青春ドラマを展開していた。この生々しさは、俳優をオブジェのように捉える堤が持つクールな距離感とは真逆の熱量の高いものである。


 サブカルチャー系の小ネタによるくすぐりと、身体を感じさせる人間ドラマ。この二本柱こそが大根作品の特徴で、『モテキ』以降は人間ドラマをストレートに描く豪腕が強まっていく。少年ジャンプで連載する漫画家たちの青春を描いた『バクマン。』や、ゴシップ誌専門の中年パパラッチを主人公にした福山雅治主演の『SCOOP!』はその筆頭で、本数を重ねるごとにストレートで力強い人間ドラマを撮る監督へと変わっていった。今や日本を代表する映画監督と言っても過言ではない。


 無論『いだてん』でも、その力強さは健在だ。複数の演出家が参加する『いだてん』だが、それぞれのカラーが明確に出ているのが、走る、泳ぐといったスポーツ選手の身体を見せる場面だ。中でも大根が演出した回は身体の躍動感がライブドキュメンタリー的に表現されているのだが、そこに映し出されるのは、物理的なリアルというよりは、もっと心理レベルのリアルだ。


 「明日なき暴走」には絹枝が走る姿が何度も登場する。スローモーションを駆使したイメージショット的な疾走場面は、背景が合成であるため、ともすれば人工的な印象が勝ってしまい、リアリティが削がれかねないのだが、バックの映像を変えることで孤独と不安を抱える絹江の心象風景を可視化しており、フィクションでしかできない演劇的な疾走場面となっていた。


 思い出すのが『バクマン。』で漫画家達が読者人気を競う場面を、ペンを剣に見立てた対決として描いたCG合成のイメージショット。他にも執筆中に漫画原稿がプロダクションマッピングで浮き上がっていくシーンもあり、どちらも心理レベルで起きていることをライブ映像にしたものだった。


 最先端の映像を使って肉体の脈動感と、向こう側で起きている心情を可視化する手腕は実に見事で、これこそ大根演出の真骨頂だと言えよう。


(成馬零一)


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