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「リベンジポルノ」にもAI 新技術との正しい距離感は? 各国のAI政策と規制のいま

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2019年07月18日 07:12  ITmedia NEWS

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 ビジネスに役立つAIの基礎知識について分かりやすく解説する本連載。前回の記事では、AIがもたらすリスクに対して、どのような対策が行われているかを整理した。



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 AIを活用する側の自主規制や、AIの振る舞いを可視化する取り組みなどさまざまな対策がある中で、大きな影響力を持つのが各国の政策だ。



 イノベーションは民間主体で進むことも多いが、政府があるテクノロジーに対してどのような態度で臨むかは、その国の社会や経済を少なからず左右することになるだろう。



 ここで、「赤旗法」(Red Flag Act)という有名な事例を紹介したい。これは自動車が普及を始めた19世紀に英国で施行された法律で、自動車を公道で走らせる際には、文字通り「赤い旗」を持った人間がその前方を歩かなければならないというものだ。



 旗を持った人間が自動車の接近を周囲に知らせることで、交通事故を防いでいた。しかし上限速度が時速3〜6キロに制限されるので、自動車は速く走れない。その結果、英国では自動車産業の立ち上がりが遅れ、ドイツやフランスに先を越されることになったといわれている。



 産業政策の観点からは、この赤旗法は「繰り返してはならない教訓」と位置付けられることが多い。しかし、この法律があることで回避された交通事故もあっただろう。また自動車産業がこれほど栄えるとは、当時の人々は想像していなかったかもしれない。



 いずれにしても、政策はテクノロジーと社会の関係に重大な影響を及ぼす一方で、そこからどのような結果が生まれるのか予測することは難しい。そのため各国の政府が、独自の分析や信念に基づいてそれぞれの政策を進めている。そこで今回は、各国の「AI政策」をまとめてみた。



 本記事では政策の内容を「特定領域での活用支援」「基礎・応用研究の支援」「環境整備」「ガイドライン整備」「具体的な規制」の5つに分類した。前の3つが推進系、残りの2つが規制系の政策だ。



●研究から活用の時代へ



 「AIは研究から活用の時代に入った」といわれている。基礎研究は大事だが、さまざまな理論や要素技術を具体的な価値へ結び付けることが強く求められるようになった。実用的なアプリケーションをいち早く開発できれば、そこで確立された手法や規格が業界を支配するかもしれない。



 この考え方はシンプルで分かりやすい。過去の産業育成の手法を流用することも期待できるだろう。そこでいま各国の政府が、特定の業界や領域でのAI活用を進めている。



 例えば中国では、日本の内閣府にあたる中国国務院が2017年7月に「次世代AI発展計画」を発表。この中で「2030年までに中国のAI技術を世界最先端のレベルに引き上げる」ことと「AI中核産業を1兆元(約16兆円)、関連産業を10兆元(約160兆円)以上の市場規模に拡大させる」ことを打ち出した。AI活用のトップを走るといわれる中国ならではの大胆な施策だ。



 欧州諸国も、米中の“2大AI大国”に追いつこうと活気づいている。ドイツ政府は、2018年11月に「AI国家戦略 -AI Made in Germany-」を発表した。この中で、中堅企業によるAI活用と、大学発のスピンオフ(大学で研究開発された技術のビジネス化)を支援するプログラム「EXIST」への予算増加が打ち出された。



 少し前に、ドイツが打ち出した「インダストリー4.0」というコンセプトをご存じの方も多いだろう。これは実用化が進むIoTを活用して、製造・流通プロセスをデジタル化し、自動化や最適化を進めようというもの。ドイツ政府は自国の強みである製造業を後押しするために、IoT技術の具体的な活用を図ったのだ。



 ドイツでは、中小企業が製造業を下支えしているといわれる。そこでAI国家戦略でも、中小企業におけるAI活用と、スピンオフによるAIスタートアップの創出を盛り込んだのだ。



 ちなみに隣のフランスでは、2018年3月にマクロン大統領が発表したAI戦略で、「医療」と「輸送」へ戦略的に投資するとしている。



 日本では2019年6月に、内閣府の統合イノベーション戦略推進会議が「AI戦略2019」を定めた。AIの社会実装において優先すべき分野として「健康・医療・介護」「農業」「国土強靭化」「交通インフラ・物流」「地方創生」が掲げられている。こうした特定領域をターゲットとした支援策は、今後もさまざまな形で進められるだろう。



 一方で、前述の「インダストリー4.0」については、製造業にターゲットを絞ってしまったためにドイツ国内で他領域でのIoT活用が進まなかった、という批判があることも覚えておきたい。ある分野への肩入れが、結果的に別の分野への足かせになってしまう事態は避けたい。



●AI研究はどうなる?



 次にAI研究への投資について。研究予算の増額や研究所の新設などは分かりやすい施策のため、多くの国がAI政策の一部にとりこんでいる。



 前述のドイツでは、「AI研究開発への投資額を2025年までにGDP比で3.5%に引き上げる」という目標を掲げている。AI国家戦略においても、既存のAI研究開発センターの強化と、12の研究開発センターの新設を発表した。



 フランスは2018年3月のAI戦略の中で、「フランス国立情報学自動制御研究所(INRIA)を中心とした複数の研究機関によるAI研究プログラムを立ち上げる」という方針を打ち出した。



 面白いのは「公的研究機関の研究者が、民間企業で就労できる時間を労働時間の20〜50%に拡大する」とした点だ。単に研究予算や研究拠点を増やすだけでなく、研究の実用化にも前向きだ。



 一方で、基礎・応用研究への支援は、支援の額や規模しか分かりやすい指標がないために「無駄遣いではないか」という批判が生まれがちだ。コストカットの対象にもなりやすい。



 日本の場合はどうか。「AI戦略2019」(リンク先はPDF)で研究開発の中核として位置付けられる理化学研究所革新知能統合研究センター(AIPセンター)の杉山将センター長は、産経新聞のインタビューで、日本のAI研究の課題を次のように指摘している。



 「がんの診断ができるようになったというような、AIを使って何をしたかの成果ばかりが目立っていると感じます。社会の役に立つことは重要ですが、その背景にあるアルゴリズムそのものにしっかり取り組まないといけません。アルゴリズムは難しい数学の論文ばかりが出てくる専門家の世界なので、なかなか世の中に認知されないのが悩ましいところです」



 こうした認知を進めるという点でも、政府にできることがあるだろう。



●AIを生かす環境作り



 これまでの連載で解説したように、現在のAIは人間のように自ら「考える」ことはできず、こちらで用意したデータを「学習」させなければいけない。



 したがってAIを賢くさせるためのデータをどう用意するかや、どのようにデータを共有、流通させるかの政策も、AIの普及に大きな影響を及ぼすことになる。



 米トランプ大統領は、2019年2月に「米国AIイニシアチブ」(American AI Initiative)という大統領令に署名した。



 この中では、AI開発におけるデータの重要性が指摘され、米政府が持つ関連リソース(データセットやモデルなど)を解放するという文言が盛り込まれている。



 米国AIイニシアチブについては、新たなAI支援予算が盛り込まれていない、具体的な内容が示されていない、などの批判が出ている。しかし、政府の関連機関が持つ膨大なデータにアクセスしやすくなれば、より革新的なAIアプリケーションが開発されるのではないかという期待もかかる。



 日本も同様だ。前述のAI戦略2019では「データ関連基盤整備」の項目で「AI技術の発展を根本から支えるものは、大量のデータである」とされている。重点5分野におけるデータ連携基盤の本格稼働と、国際相互認証が可能なトラストデータ連携基盤の構築という方針を打ち出しているのだ。



 こうしたデータに関する施策は、AI推進に向けた環境整備を加速させるだろう。環境整備に関する施策はさまざまだが、ここでは人材育成と規制緩和の2つを挙げておきたい。



 人材育成は、研究者の育成と企業で働く実務者の育成という2つの側面がある。前者は前述の基礎・応用研究の支援という枠組みの中で進められるケースが多い。さまざまな分野でAIを普及させたいなら、研究者の数をはるかに上回る規模の実務者が必要だ。



 日本のAI戦略2019では、人材育成の提言もある。例えば「教育改革」と題されたセクションで「多くの社会人(約100万人/年)が、基本的情報知識と、データサイエンス・AI等の実践的活用スキルを習得できる機会をあらゆる手段を用いて提供」「地域課題等の解決ができるAI人材を育成(社会人目標約100万人/年)」という目標を立てている。実現可能性はさておき、いずれも年間100万人単位での育成を掲げている。



 次にAIの規制とその緩和について。これにはさまざまな可能性が考えられる。プライバシーや個人情報保護に関する施策ではデータの収集や利用を制限するだろうし、医療行為など命に関わる分野についてはAIアプリの利用を制限する場面もあるだろう。



 新しいテクノロジーが登場したとき、その存在を想定していない古い法規制が実質的なハードルになることはこれまでも繰り返されてきた。AIにおいても規制緩和は必要になってくるはずだ。



 例えば米トランプ政権は、2018年5月にGoogleやFacebookなど40社以上のテクノロジー企業を集めて、AI研究に関する規制緩和を進めると約束した。英政府は、2017年11月に自動運転車に関する規制緩和の方針を示している。このように一種の産業政策として、特定分野における規制の撤廃が進められている現状がある。



●「ガイドラインの整備」にも注目



 AI活用に向けた政策の裏で、各国政府はガイドラインの整備にも力を入れている。



 世間では、「AIが人間の雇用を奪うのではないか」「想定外の事故を引き起こすのではないか」「監視目的にAIが悪用されるのではないか」などの声が根強い。こうした不安にこたえる形で、研究者や企業が自主規制するケースが出てきているのだ。



 ガイドラインの多くは拘束力のある法規制ではなく、単に政府の姿勢を表したものに過ぎないことが多い。それでも「AIに求められること」「AIがすべきでないこと」を明確に示すのは重要だ。



 例えばオーストラリアの産業イノベーション科学省は、2019年4月に「豪州AI倫理フレームワーク」(Australia's Ethics Framework)案を発表し、5月末まで意見募集を行った。名前の通り、これは政府や企業がAIを活用する際の倫理原則を定めたものだ。



 具体的には、(1)純利益を生み出すこと、(2)人々に危害を与えないこと、(3)規制および法令を順守すること、(4)プライバシーを保護すること、(5)公平であること(差別をしない)(6)透明性と説明可能性を実現すること、(7)(AIが自分に重大な影響を及ぼす行動をした際に)異議の申し立てができること、(8)(AIの開発と実装をする人たちが)説明責任を果たすこと――という原則を掲げる。



 またAIの影響評価やレビュープロセス、問題発生時の申し立てのプロセスなど、原則を実行に移す際に求められる手続きのあり方も提案している。



 日本でも、2019年3月に統合イノベーション戦略推進会議が「人間中心のAI社会原則」(PDF)を定めた。



 この中では、社会(特に国などの立法・行政機関)が留意すべき基本原則として、(1)人間中心の原則、(2)教育・リテラシーの原則、(3)プライバシー確保の原則、(4)セキュリティ確保の原則、(5)公正競争確保の原則、(6)公平性、説明責任、及び透明性の原則、(7)イノベーションの原則――が挙がっている。



 こうしたガイドラインがあれば、企業も具体的な対策をとれるなどのメリットがある。



●AI規制の現状は? 「リベンジポルノ」にもAI



 前回の記事で触れたように、AIを使った顔認識技術について、米サンフランシスコ市の監理委員会(市議会に相当する組織)は19年5月、市の機関がこの技術を導入する場合に、事前の承認を得ることを義務付ける条例を可決した。顔認識はさまざまな応用ができる技術として期待されているが、プライバシー侵害を引き起こす恐れが非常に高く、その利用に一定の制限をかけようとしている。



 AIに対する規制は、プライバシー保護のような間接的な規制を除けば、まだ前述のようなガイドラインが中心だ。しかしサンフランシスコ市のように、具体的な規制をかける動きも出てきた。



 例えば19年7月、米バージニア州はいわゆる「リベンジポルノ」(元交際相手に嫌がらせをするために、相手の猥褻な画像をネット等に流出させる行為)を取り締まる法律を拡張して、「ディープフェイク」をその対象に加えた。



 ディープフェイクは、機械学習を使って加工された動画や画像だ。アダルト映像の登場人物の顔を別の人物のものとすり替えた動画も登場している。これまでの法律では、自分がその被害者(顔の画像を勝手に使われる)になっても制作者を訴えることはできなかった。バージニア州の法改正は、こうした問題を解決しようとするものだ。



 同じようにディープフェイクを取り締まろうという法案が、米連邦議会にも提出されている。これは米民主党のイベット・クラーク下院議員による法案で、加工を行ったコンテンツを、本物であるかのように公開、シェアすることを禁止する内容だ。



 より大きな枠組みとして、AIの軍事利用の禁止や、botを使ってフェイクニュースを拡散する行為の禁止なども議論されている。こうした具体的な害を個別に防止する法律が、包括的な「AI原則」のような規制に先立って整備されていくだろう。



 一方で規制については、より複雑な構図が生まれつつあることも留意しておくべきだ。例えば中国はAIを使った監視を国内で行っているが、その高度な監視技術を中国企業が他国に輸出しているのではないかと疑う声がある。仮に日本企業が同様のAI技術を完成させ、独裁政権が支配する他国に輸出しようとしたとき、私たちはそれを規制する法律を制定すべきだろうか。



●新しい技術が花開くには・・・・・・



 現状ではおそらく、従来の輸出規制の枠組みで検討される問題になってしまうだろう。前述のバージニア州の事例のように、さまざまな分野における既存の規制について、AI時代に合わせた見直しが求められていくようになるかもしれない。



 最後に少し、歴史を振り返ろう。ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷技術の実用化に成功したのは、15世紀中頃のドイツであった。ところがそれを使った出版ビジネスはドイツでは花開かず、その中心はベネチアに移る。ベネチアでは15世紀末にかけて135万部の本が刷られた(当時の欧州全体での発行部数の約15%にあたる)と推定されているそうだ。目次や索引、注記を付けるなど、現代の「本」に近いものを完成させたのもベネチアだった。



 なぜベネチアで出版文化が花開いたのか。その要因として指摘されているのは、本を読む知識層、すなわち消費者の存在と商業活動への理解だ。商業の中心地であったベネチアには、多くの商人や貴族が集まり、思想やビジネス上の自由もある程度保証されていた。彼らをターゲットにした新しいメディアとして、本と出版ビジネスが成長していったのである。一方でベネチアの自由な出版ビジネスは、それまで中心だった宗教関係の書物だけでなく、世俗的・官能的な内容の書物も生み出すこととなった。



 AIの普及と社会への影響も、基礎研究の優劣を超えた要因が複雑に絡み合って、その道筋が形成されていくだろう。技術そのものを推進したり、規制したりといった分かりやすい政策だけでなく、幅広い視野で動向を捉えることを心がけたい。


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