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障害者を「ギャグ」にした漫画家 ヤンキーとのラブコメ、思わぬ反響 白杖折られた体験、さらけ出した本音

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2019年07月19日 07:00  ウィズニュース

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写真弱視JK×ヤンキー青年という、異色の組み合わせが人気のラブコメ漫画。手がけた理由を、作者に聞きました=KADOKAWA提供
弱視JK×ヤンキー青年という、異色の組み合わせが人気のラブコメ漫画。手がけた理由を、作者に聞きました=KADOKAWA提供

好きな相手を、いつも近くに感じたい。たとえ障害があろうとも−−。そんな願いが詰まったラブコメ漫画が、ネット上で人気を呼んでいます。白杖(はくじょう)を使う弱視の女子高生が、ヤンキーの青年と恋に落ちる筋書きです。互いの表情を確かめようと、たびたび顔を近づけ合う二人。見えにくさゆえの行動に、身悶える読者が続出しています。「『障害者らしい』キャラクターはつくりたくなかった」。あえてギャグ路線を選んだ理由を、作者に聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)

【漫画】ヤンキーの顔に伸びる、弱視JKの白い手……。距離の近さにドキドキ!人気の異色ラブコメはこちら

白杖で一刺し、崩れ落ちるヤンキー青年
漫画のタイトルは『ヤンキー君と白杖ガール』。ファンの間では、「ヤンガル」の略称で親しまれています。

主人公の黒川森生(もりお)は、地元で無敗のヤンキー青年です。小学生の頃、高校生と闘い打ち負かしたことから、『黒ヒョウのモリ』の通り名で恐れられています。

ある日、子分二人と、点字ブロックの上を歩いていた森生。すると後ろから突然、棒状のもので攻撃されてしまいます。

盲学校に通う16歳の女子高生・赤座ユキコの白杖が、「ジャマだよ」と、お尻を一刺ししたのでした。

泡を吹きつつも、森生はユキコに詰め寄ります。「俺の顔には、刀傷があるぜ」。すごむつもりで、弱視で目が見えづらいユキコに説明すると、何と顔を近づけ心配してきたのです。

「大変じゃん! 赤チンいるか!?」。まっすぐな眼差しに、顔を赤らめ、たじろぐ森生。この体験から、彼はユキコを慕うように。一緒に行動するとき、背景色と見分けがつくよう、明るい色の服を着た方が良いなど、森生はユキコの事情を学んでいきます。

二人の絶妙な距離感や、障害を巡る気付きにあふれたストーリーに、多くの人達が惹(ひ)き付けられています。「とにかく優しい漫画」「ちょっとした愛情があれば、社会の不自由さは超えられるのかも」。SNS上では、そんな感想が飛び交っています。

全話が無料公開されている「ニコニコ静画」「pixiv」「マンガハック」の3サイト上のPV数も、19日時点で累計1000万を超えました。

きっかけは父の境遇だった
作者のうおやまさんは、広島県在住の漫画家です。現在はツイッター(@uoyamangamanga)などを通じ、ストーリーやキャラクターに関する情報を発信しています。創作の背景には、どんな動機があったのでしょうか?

最大のきっかけは、自身の父でした。30歳の頃、病気のため視力が低下。手術したものの右目を失明し、左目も視野が4分の1ほどに縮小してしまったといいます。

これまでうおやまさんは、書類の代筆などを通し、父を支えてきました。その過程で、社会が「見える」人向けにつくられていると気付き、疑問を抱くようになったそうです。

「代筆した書面の文字が小さかったり、薄かったり。最近は、スーパーやコンビニにセルフレジが登場し、サービスも自動化されつつありますよね」

「『ちょっと待って、”見えない”人もいるんだよ!』。そんな焦りが、日に日に強まっていったんです」

「児玉潤」名義で、別の商業漫画も手がけたこともある、うおやまさん。父をモデルにユキコを生み出し、モヤモヤした思いを、ヤンガルに結実させました。そして早く世に出したいと、掲載まで時間がかかる出版社経由ではなく、ネットでの自主公開を決めたのです。

昨年6月から、「ニコニコ静画」で不定期連載すると、ほどなく話題に。その後、KADOKAWAから単行本も発売され、2巻まで刊行されています。

同社の担当編集者は「作品に出会った方の世界を、今よりほんの少しだけ良く変えるかもしれない。そんなふうに思える『力』があります」と語ってくれました。

当事者の感情、想像に頼って描くことも
「ヤンガル」の特徴は、ギャグ要素がふんだんに盛り込まれていること。ユキコと森生が、並んで歩くと周囲の視線を感じることに関し、なぜか「白杖の人間が珍しいから」「ヤンキーを怖がっているから」と張り合うなど、笑いを誘う描写があふれています。

「これまでの作品も、コメディ路線だったんです。障害を真正面から描くより、『重たい』という印象を薄められることもあり、軽めのタッチにしました」。うおやまさんは、そう理由を語ります。

一方、弱視ゆえの行動を表したシーンも。たとえば雨の日のエピソード中、隣を歩く森生の方に、ユキコがどんどん近づく場面があります。

声色から相手の表情を感じ取りたいのに、雨音が邪魔で聞こえないーー。そんな彼女の思いを反映しているのです。

うおやまさんは、こうした当事者の感情を描くとき、想像に頼ることが少なくありません。雨で景色が煙れば、視覚以外に頼らざるを得ない。その感覚まで鈍くなったら、どうするか……。

こんな具合に考えていくと、自然とキャラクターの動きが決まってくるそうです。

下敷きになっているのは、「見えづらさを抱えていても、自分と同じ普通の人である」との考え方といいます。

「ある視覚特別支援学校の生徒さんに、漫画を読んでもらい、『よく私のことが分かりますね!』と喜ばれたこともあります。相手を一人の人間として捉えると、色々なものが見えてくる。そう実感した経験ですね」

「障害者」「健常者」、そんなくくりに意味はない
作中では、「見える」人たちの心模様も、大切な要素になっています。中でも、森生とつるむ女の子・ハチ子とユキコのやり取りは印象的です。

ある理由から、周囲に溶け込めなくなったハチ子。彼女は、ユキコが「見えない」ことで、仲間の同情を誘っている、と捉えています。「自分のことが『健常者』と思えない」「『障害者』はずるい」。ユキコと二人きりになったとき、そんな本音をさらけ出すのです。

「このくだりは、視覚障害がある読者の体験談が基になっています。いただいた漫画への感想に、誰かに白杖を折られたといった過去についても、つづられていたんです。当事者が『悪意』にさらされている現状に、初めて気づかされました」

「障害がない人は、生きづらさを感じていても、他人に気づいてもらいにくい。自分なりに考えた結果、そのことが関係しているのでは、と思い至りました」

こうした経験から、うおやまさんは「人間、誰しもに欠けたところがある」と感じるようになったといいます。

「それなら『健常者』『障害者』というくくり自体に、意味はないんじゃないかと。だからキャラクターに、『健常者らしさ』や『障害者らしさ』は求めていません」

「色々な人たちの生きづらさを描くのは、自分にも関係ある話だと、読み手に思ってもらいたいからなんです」

「いちゃラブ」通じ、「違い」を当たり前のものに
とはいえ、「ヤンガル」の本質はラブコメです。うおやまさんは「放っておくと、つい真面目な方向に行きがち。『恋する女の子を描きたい』という初心を、いつも忘れないようにしている」と笑います。

この作品が、どのように読まれて欲しいですか−−。最後に問いかけてみると、次のように答えてくれました。

「いずれ学校の図書館に、単行本を置いてもらえたら、と思っています。自分とは『違う』子が周りにいると、いじめの対象になることがありますよね。漫画を読んだお子さんたちが、『そういう関わり方は正しくないね』と考えてくれれば、すごくうれしいです」

「『いちゃラブ』な物語を通して、ユキコのように障害がある人も、当たり前の存在として読者の中になじんでいく。そんな未来を期待しています」

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