『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』が浮き彫りにした“リメイクの難しさ” 他アニメ作品と共に考察

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2019年07月19日 10:01  リアルサウンド

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『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』(c)Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku   (c)Pokémon (c)2019 ピカチュウプロジェクト

 『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』が7月12日に公開された。リメイク元である『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』は1作目にしてシリーズの最高収益のほか、邦画としては北米歴代No.1の興行収入を記録するなど、興行面、内容に関する批評面でも高い評価を受けている。今回は『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』がリメイク前からどのように変化したのか、また同時代の大ヒットアニメーション映画との関連するテーマについて考えていく。


参考:『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』今再び蘇る理由とは ミュウツーが体現する現代社会の暗部


 『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』はポケモンシリーズ初の3DCG作品として大きな注目を集めている。2019年5月には初の実写化を果たした『名探偵ピカチュウ』が公開されており、ポケモンシリーズの新たな可能性を示した一方で、日本ではおなじみのコンテンツであったアニメ映画でも新たな挑戦となっている。なぜこのタイミングで手法の変更した理由について推測した記事として、こちらを参考にしてもらいたい。


 3DCGの映像クオリティに関しては残念ながら賛否が分かれてしまうだろう。ポケモンの質感などはよく表現されており、特にミュウツーが誕生した際の濡れた爬虫類のヌメヌメしたような皮膚の質感は唸るものがあった。ポケモンの毛並みなどもしっかりと作り込まれており、日本のCGアニメ作品としてレベルの高さと意気込みを感じさせる。またバトル描写の炎や、海をはじめとした水などのエフェクトの表現はリアリティと迫力があり、快感性が強いものとなっている。


 しかし日本はハリウッドと比べ、手書きアニメによる表現に注力している印象があり、3DCGの表現はまだ硬さが残ってしまっている。前述の『名探偵ピカチュウ』や、同日公開のピクサーの最新作である『トイ・ストーリー4』のようなのCG表現と比べてしまうと見劣りするのも確かである。これに関しては技術力や予算の差などもあるために一概に語ることはできない。初の3DCG化ということでその意義やクオリティに注目をしていた場合、ハリウッドの作品が比較対象になりがちなのは致し方ない部分があるだろう。


 また中盤ではサトシ達がミュウツーのいる島に招待されたものの、嵐の海を前に立ちすくんでいるところを変装したロケット団が用意した足こぎボートに乗って歌とともに賑やかに出発するシーンもある。作品全体がシリアスな雰囲気が包まれている中、明るい描写で中和するような工夫はされているのだが、日本の手書きアニメが得意とするデフォルメされたギャグ描写などがあまり力を発揮できていないように感じられてしまう。


 またリメイク作品の難しさも浮き彫りにした。『トイ・ストーリー』シリーズの1作目にあたる『トイ・ストーリー』とオリジナルの『ミュウツーの逆襲』には“自己の存在とは何か?”という共通するテーマがある。『ミュウツーの逆襲』はクローンである自分の存在について思い悩み、オリジナルであるミュウに勝つことで自己の存在理由を証明しようとする物語がメインテーマとなる。『トイ・ストーリー』にも同じような描写があり、バズ・ライトイヤーは物語当初、自身が唯一無二のヒーローであると思い込んでいるが、量産されたおもちゃのうちの1体であることに気がつき大きな衝撃を受ける。この展開は“人に作られた存在”であるミュウツーと、おもちゃであるバズという点でも共通するものである。


 自己の存在理由の追求というのは幼児向けアニメの代表的作品でもある『アンパンマン』にも共通する。2018年公開の『それいけ!アンマンマン かがやけ! クルンといのちの星』でもメインテーマとなっている。自分がどこからやってきたのかも覚えていないクルンがバイキンマンやアンパンマンとの交流を通し、自身の存在理由について考え込むシーンが出てくるのだ。大人でも答えが出ない難しいテーマではあるものの、自我や自分と他者が違うものであるという認識を始めたばかりの子どもへ強く届くテーマと言えるのだろう。


 『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』では構成として湯山邦彦監督がクレジットされており、物語も完全にコピーというわけではなく、再構成されて新たに作り直されている。一方で、2010年に亡くなられた首藤剛志さんが今作でも脚本として単独でクレジットされており、オリジナル版からの大きな脚本の変更はされていない。テーマである自己の存在理由の追求というテーマの描き方も、構成や物語の取捨選択に若干の変更点はあるものの、概ね共通している。一方で、かつては共通するテーマを扱っていた『トイ・ストーリー』は、最新作においてそれまでのシリーズのテーマを更新するような描写がされており、より現代的な描き方がなされている。


 もちろんリメイク作品とシリーズの続編となる作品である以上、テーマの描き方に差が出るのは当然のことだ。しかしながらオリジナル版の『ミュウツーの逆襲』が公開された1998年は、遺伝子組換え食品の危険性や、羊のドリーを発端とするクローン技術に対する是非が議論となっていた時代である。現在でも議論が続いている問題だが、一般的に広く活発に議論されているような問題とは言い難い。問題意識のメインストリームが変容してしまった現代において、大きな手を加えることなくリメイクした場合、観客に問題提起として伝わりづらい部分があるのではないだろうか?


 同じく国民的な人気を誇る人気アニメシリーズである『ドラえもん』シリーズでも、リメイク作品は多い。最も近年にリメイクされた『映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生』では、歴史改ざん問題などを巧みに組み込みながら現代的な語り口に仕上げており、より現代に生きる子どもたちに届きやすい物語となっている。一方で日本では『トイ・ストーリー4』で描かれた自己の存在理由というテーマの語り方に対しても賛否が分かれているように、過去の名作のテーマをそのまま描くことが正しいのか、それとも現代的なアレンジを加えた方が観客に届くのかは未だ議論の余地が残る。


 最後に本作を語る上でもっとも重要な子どもたちの反応について語っておきたい。本作のような子どもが多く来場するアニメ映画では、物語に反応して子どもたちが応援したり、泣いたり笑ったりする声が劇場内で響くことが多い。大人が映画で鑑賞する際は静かにすることは当然のマナーであるが、本作のような作品の場合は子どもたちの反応をダイレクトで楽しめるのも映画館の醍醐味だ。筆者が劇場で鑑賞した際には終盤のピカチュウたちのバトルシーンにおいて「痛そう」という声なども聞こえてきており、その反応はオリジナルを劇場で見た当時の子どもたちと何ら変わりがないように見受けられた。


 20年前の作品となると、どうしても子どもたちは作品に手を伸ばしづらいだろうが、今作のように新たな形にリメイクされることで名作が再び子どもたちに届くことを考えれば、今作が制作された意義は大きかったのではないだろうか。今後の『ポケモン』シリーズが3DCGの作品となるか、また元の路線に戻るのかはわからないが、その手法も含めて動向に注目していきたい。


■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。


このニュースに関するつぶやき

  • いい映画は何度リメイクされてもいい映画になると私は思ってる。
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