ゲームデザイナー・小島秀夫の映画からの影響を考察 最新作『DEATH STRANDING』に寄せて

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2019年07月20日 16:21  リアルサウンド

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『僕の体の70%は映画でできている 小島秀夫を創った映画群』ソニー・マガジンズ刊

 「物語は、人類の歴史とともに始まる」とフランスの哲学者ロラン・バルトは自著『物語の構造分析』の序説に記している。曰く、どんな時代でも、どんな民族も、どんな社会階級の人間も物語を持ち、しかも異なる文化の人々にも需要されてきたのだ、と。


参考:『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』今再び蘇る理由とは ミュウツーが体現する現代社会の暗部


 そして、物語は様々な形式で語られてきた。「神話、伝説、寓話、おとぎ話、短編小説、叙事詩、歴史、悲劇、正劇、喜劇、パントマイム、絵画、焼絵ガラス、映画、続き漫画、三面記事、会話(同著、P1)」など、あらゆる素材で人類は物語を語ってきたのだ。


 ロラン・バルトがそのように書き記したのは1966年だが、2019年に再度語り直すならば、このリストにゲームを加えるべきだろう。現代の物語の発展を考える上で最先端の媒体であるゲームを抜きに語るべきではない。ゲームが、上に挙げられた既存の素材群と決定的に異なるのは、需要者が能動的に物語を動かす(ように感じられる)点だ。用意された直線的なシナリオに沿って進められるゲームも、都度プレイヤーは与えられた選択肢から自ら行動を選ぶことによって進められるゲームは、物語の体感濃度に大きな変化をもたらした。


 ゲームによって、いかに物語を語るべきなのか。多くのゲームクリエイターが様々な試みをしてきたのだが、そのフロントランナーの1人が『メタルギアシリーズ』で知られる小島秀夫だ。彼の肩書は「ゲームデザイナー」であるが、その本質は純然たるストーリーテラーであると筆者は思う。本人は、映画の夢やぶれてゲームに行き着いたかのように語るが、ゲームという未開の荒野の開拓者になる運命(=物語)であったのではないかと思わせる。彼の視線は、ゲームだけに注がれていない。物語という文化遺産をいかに語り継ぐか、人と物
語の関わりそのものを捉えて活動している。


 KONAMIを離れ、独立プロダクションを起こし、今秋には待望の新作『DEATH STRANDING』を発表する予定の小島氏が、どんな物語を紡いでくれるのか世界中が期待している。映画から多大な影響を受けたことで有名な小島氏だが、ストーリーテラーとして彼はどのような人物であると位置づけられるのか紐解くことで、最新作へ期待できることを探ってみよう。


映画から受け継いだ物語の遺伝子


 小島秀夫の映画好きはよく知られている。「体の70%は映画でできている」と公言しているほどで、彼の作品には多くの映画からの影響が見て取れる。代表作『メタルギアシリーズ』もいくつもの映画からの影響があることは本人の口からも語られている。


 『メタルギアシリーズ』のなるべく銃を撃たずにクリアしていくというコンセプトは、スティーブ・マックィーン主演の『大脱走』から着想を得たと語っているし、敵の動かし方などはジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』に影響を受けたという。主人公スネークの名前は、ジョン・カーペンター監督の『ニューヨーク1997』の主人公スネーク・プリスケンかとられたことも有名だ。他にも『007シリーズ』やアルフレッド・ヒッチコック監督の『北北西に進路を取れ』、『猿の惑星』などの影響があると小島氏自身は書き記している(参照:『僕の体の70%は映画でできている 小島秀夫を創った映画群』ソニー・マガジンズ刊)。


 「70%が映画でできている」というぐらいであるから、小島氏にとって、映画は単なる趣味というより、人生とはなんであるか、社会や世界とはどういうものかを学ぶツールだったのだろう。小学校5年の頃から一人で映画館に通っていたそうだが、親に「映画を観なさい」と言われ、観た証明としてパンフレットを買うのが習慣だったらしい。映画は2時間の間でいろんなことを教えてくれるし、世界のいろんなところに連れて行ってくれる。小島氏のとって映画館は、学校以上に教育の場だったのだろうと思う。


 小島氏の作るゲームの特徴は、プレイヤーがコントロールを手放して映像を視聴させる「ムービーパート」の作り込みが挙げられる。ムービーパートの演出に北村龍平などの映画監督を起用したこともあり、時には30分近くムービーパートを展開してしまうこともある。小島氏のゲームが映画っぽいと評されるのは、そういう演出を好むからでもある。


 しかし、小島氏のストーリーテラーとしての本質は、ムービーパートが長いとか力が入っているとかそういうことではないのではないかと筆者は考えている。小島氏は、週刊東洋経済のインタビューで娯楽に必要なのは、以下の5つの要素だと語っている。


「日常の嫌なことを忘れさせてくれること、自分が知らない知識が得られ疑似体験できること、背中を押すこと、社会性があること、感動して自分も作りたいと思えること」(参照:週刊東洋経済2019年3月23日号、P107)


 この5つのうち、とりわけ「社会性」という点は小島作品を語る上で重要だ。『メタルギアソリッド』が反戦反核をテーマに作られていることは有名だが、冷戦終結後の核の拡散の脅威を、プレイヤーに身を持って体験させる作品だった。続く、『メタルギアソリッド2 サンズ・オブ・リバティ』は、9.11を先取りしたような内容も含まれ、修正も余儀なくされる経緯もあったが、フェイクニュースやAIによる情報統制、管理社会など今日的な問題を先取りしていた傑作として名高い。そして、それら社会の少し先を見据えた物語を、ゲームという媒体でプレイヤーに体感させ、我々の知らない知識と世界を疑似体験させ、非日常空間へと誘ってくれるのが小島氏の作るゲームなのだ。


小島秀夫とMEME
 小島氏は、製作した数々の作品で様々なテーマを語ってきた。反戦反核に、遺伝子情報、情報操作など『メタルギアシリーズ』だけでもたくさんのテーマを扱ってきたが、個人的に筆者が最も重要なテーマだったと考えているのが「MEME(ミーム)」だ。


 MEMEとは、生物学的な遺伝子情報(GENE)に対して、文化を形成する情報の単位として提唱された。肉体の進化は遺伝子情報に組み込まれているが、文化のつながりや発展を刻むのが文化的遺伝子(MEME)という概念だ。小島氏がMEMEをテーマとしたのは『メタルギアソリッド2』が最初であるが、『メタルギアシリーズ』が、相互に繋がり、スネークという人間が形成された歴史を語る内容であり、シリーズ全体がMEMEのようにつながっているかのような構成になっている。当然、『メタルギア』以前の作品、『スナッチャー』や『ポリスノーツ』のエッセンスを後の作品に見て取ることもできるので、MEMEという概念は小島氏の仕事の全てに関わるものであると言える。小島秀夫からの絶大な影響を公言し、小島氏も自身の最大の理解者だと語る伊藤計劃氏が「MGSシリーズへと受け継がれるポリスノーツ(『伊藤計劃記録』所収)」というコラムを書いていることからも明らかなように。


 小島氏は、自身が影響を受けた本の書評連載にも『僕が愛したMEMEたち(メディアファクトリー刊)』と名付けているが、それは先人が残した作品から受け取ったものを、また誰かへとつなぐバトンのような行為であると言えるかもしれない。もちろん、書評連載にとどまらず、今なお第一線で小島氏が新しいゲームを作り続けるのは、自らが受け継いできた文化的遺伝子を後世に残すためであるまいか。ゲームの受け手だけでなく、若い製作者たちにも自らのエッセンスを継承してほしいという想いの強さゆえに小島氏はまだ走り続けている。いささか大げさに言えば、それは人類の歴史を次のステージに進めるための戦いだ。


 ロラン・バルト風に言えば、人類の歴史は物語とともに始まっているのだ。その歴史を前に進めることがクリエイターの使命であると考えているのではないか。小島氏の作る作品には常にそういう「大局観」を感じさせる。


「人間は消滅しない。ぼくらは、それを語る者のなかに流れ続ける川のようなものだ。人という存在はすべて、物理的肉体であると同時に語り継がれる物語でもある」(『僕が愛したMEMEたち』メディアファクトリー刊 、P139)


 最新作『DEATH STRANDING』の全貌はまだベールに包まれているが、その内容について小島氏は「つながりが重要」な要素になると語っている。


「プレイヤーはゲーム内で世界と再びつながらなければならない。1人ぼっちで孤独でも、つながりを持とうとする。ストーリーとゲームプレイのキーワードは“つながり”だ。もちろん遮る物はたくさんあるけど、キーとなるのはつながりだ」(参照:https://jp.ign.com/death-stranding/35160/news/death-stranding)


 世界と再びつながるというどういうことだろうか。人類のMEMEのつないできた歴史の流れに連なれ、ということだろうか。常に時代の少し先を意識する小島氏のことだ、最新作も現代社会を生きる我々に大きなインパクトを与える何かがあるに違いない。そんな少し先の未来を、自らの選択で動かし、体験し、物語の遺伝子は築かれていく。かつて、数多くの映画が小島秀夫に世界を見せてくれたように、小島氏はゲームで我々に世界のこれからを体験させてくれるのだ。  (文=杉本穂高)


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