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染谷将太、“天才役”で右に出る者なし! 『なつぞら』が描く才能の残酷さ

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2019年07月23日 06:11  リアルサウンド

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写真染谷将太『なつぞら』(写真提供=NHK)
染谷将太『なつぞら』(写真提供=NHK)

 まだ、「漫画映画」と呼ばれていた日本アニメーションの黎明期を描く連続テレビ小説『なつぞら』(NHK総合)。先々週放送された第87話では、ついに宮崎駿がモデルと思われる新人アニメーター・神地航也(染谷将太)が登場した。


 グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』を原作とした短編作品のイメージボードを見せながら内容を説明する中「面白い!」と声を荒げる神地。新人として配属された神地の第一声だが、腕を組んでニヤニヤとしながら喋る神地を見て、多くのアニメファンは「宮さん(宮崎駿)がここにいる」と思ったことだろう。同時に彼が登場した瞬間「ついに。はじまってしまったのだな」と思った。


 キャラクターとイメージボードを元に全員で会議をしながら脚本を作っていきたいという坂場一久(中川大志)は「漫画映画ではアニメーターが作家にもなり役者にもなる。そういうやり方がもっと試されていいはずなんです。どんなにありえない話でもホントのように見せる力はアニメーターにしか発揮できないんです」と言うのだが、この台詞は『なつぞら』という作品のネタばらしにも聞こえる。


【写真】扇風機で風を受ける神地


 『なつぞら』では、“アニメとは何か”という話が繰り返し登場する。同時にコンスタンチン・スタニスラフスキーの『俳優修業』や、ヘンリック・イプセンの『人形の家』といった演劇の話も繰り返し登場する。


 演劇のラインは現在、なつの兄・咲太郎(岡田将生)が声の吹き替え専門の俳優=声優の事務所を起こすという方向で物語に絡んでいるが、坂場が言うようにアニメーターが役者だとすれば、そこで語られるアニメ論は、そのままドラマにおける演技論として『なつぞら』に出演する俳優たちにも反映されていると言えよう。


 そのせいか筆者には『なつぞら』の俳優たちがアニメのキャラのように見える。


 広瀬すずを筆頭とする出演俳優は美男美女が多く、つるんとした美しさがある。逆によっちゃん(富田望生)や土間レミ子(藤本沙紀)といったふっくらとしたキャラクターはコメディリリーフを担当し、記号的な役柄を振り分けられている。そのため、なつにしても坂場にしても、モデルとなった人物がいるとわかっていても、どこか記号的にみえる。


 もっともこれは、ここ数年のドラマや映画の役者を見ているときにも感じていたことだ。例えば1983〜84年に放送された同じ朝ドラの『おしん』とくらべると、俳優の顔立ちがあまりにも違うので、この30年弱の間に日本人に何が起きたのだと思ってしまう。


 そんな中、染谷が演じる神地は実に生々しく、絵で描かれた漫画映画の中に突然、実写映像の男が登場したかのようなショックがあった。演技の情報量といい、生々しさといい、染谷の演技は解像度が一人だけ圧倒的に高い。


 それがアニメ界に宮崎駿が登場したことの衝撃と重なって見え、『なつぞら』というドラマのリアリティの水準を、たった一人で一気に書き換えてしまったかのように感じた。つまり染谷の演技の迫力がそのまま、神地のアニメーターとしての説得力につながっているのだ。


 元々、染谷は天才を演じさせると右に出るものがいない俳優だ。


 映画『バクマン。』で演じた天才漫画家・新妻エイジはその筆頭で、天才故に自由奔放でこどもっぽい傲慢さがにじみ出ていた。新妻に較べると神地は新人ということもあってまだ謙虚だが、それでも「僕もやっとこの企画に乗れるような気がしてきました」と言ってしまう尊大さはにじみ出ている。物語やキャラクターのアイデアは「使えるようなら使ってください」というスタンスだが、アイデアは突出しているため、次々と採用されていく。


 その結果、作品はどんどん変質していき、その変質した部分に坂場が思想的な意味付けを加えていく。やがて、みんなで作っていたはずの短編アニメは、坂場と神地の作品へと変わってしまう。


 もちろんなつのアイデアも多数入っていため、厳密には坂場となつと神地の作品なのだが、彼女が劇中で提示したいくつかのアイデアは、宮崎駿が高畑勲監督の『太陽の王子 ホルスの大冒険』で提示したものだとアニメファンにはわかってしまうので、結局、高畑×宮崎の作品に見えてしまう。


 このことを一番敏感に察しているのがマコさんこと大沢麻子(貫地谷しほり)だ。だから彼女は終始、苛立っている。脚本を作らず、みんなで考えながら進めるという坂場のやり方は一見平等な共同作業に見えるが、内実は実力主義そのもので、最終的に誰が主導権を握るのかという争いになってしまう。また、アニメーターに理論的にダメ出しをする坂場のやり方は作品の完成度は上げるのだが、現場はどんどん疲弊し脱落者を生んでいく。


 天才は美しい作品を生み出すが、それと引き換えにあらゆるものを破壊していく。神地航也という名前は人々を楽園(神の土地)に誘うという意味だろうが、同時に荒野(航也)という意味もあるのだろう。才能とは実に残酷なものである。


(成馬零一)


このニュースに関するつぶやき

  • お蔵入りになってる短編「ヘンゼルとグレーテルと魔法の森」なんですが、16mmフィルムでの貸し出しを開始したら、各大学の学園祭で上映され、そこから坂場一久と神地航也が世に
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  • 短編「ヘンゼルとグレーテル」での、グレーテルの声は須藤沙織さん。https://twitter.com/saori_mofumofu/status/1152430780498317312 若い方も起用してくれるんだ。
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