画像提供:マイナビニュース ●旭化成がEVコンセプトカーを製作した意図
総合化学メーカーの旭化成が、電気自動車(EV)のコンセプトカー「AKXY(アクシー)」を発表した。自動車業界にとっては従来、クルマの部材を納めるサプライヤーの1社に過ぎなかった旭化成が、どうやってクルマを作ったのか。その立役者は京都のGLMという企業だ。同社が推進する新たなビジネスモデルは、クルマづくりの概念を変えるかもしれない。
○旭化成のコンセプトカー作りを支えたのは
自動車メーカーが、実際に走行可能なコンセプトカーをモーターショーなどに出展するのは珍しくない。しかし、それ以外の企業が、AKXYのような走れるコンセプトカーを製作する例は多くない。そこに、旭化成の自動車事業への強い思いが表れている。
AKXY発表会に登壇した旭化成・常務執行役員兼高機能ポリマー事業本部長の吉田浩氏は、自動車事業で「2025年に3000億円の事業規模を目指す」と述べた。旭化成は2016年4月に発表した中期経営計画「Cs for Tomorrow 2018」において、2025年度に売上高3兆円を目指すという目標を掲げている。自動車事業の3000億円というのは、全社売上高の10分の1に相当する野心的な数字だ。自動車事業は中期経営計画の基本戦略である「収益性の追求」「新事業の創出」「グローバル展開の加速」のうち、新事業の創出に関わる。
その重要な戦略を象徴するコンセプトカーの製作に協力したのが、GLMだ。
○新しいビジネスモデル構想を持つGLMに注目
GLMについては以前、4000万円のEVスーパーカーを発表したことをこの媒体でもお伝えしている。この記事では、EV用プラットフォームを他社に提供する新たなビジネスモデルの可能性について触れているが、その続報ともいえるのが、今回の動きである。
今回のAKXYは、GLMによるプラットフォーム事業で公になった第1号案件だ。GLM取締役の田中智久氏は、「これまでにも、EVプラットフォームを利用して頂いた例がないことはありませんが、弊社の名前を表に出していただきながら、共同開発ということで公に発表していただくのは、今回のAKXYが初めてになります。この話は、旭化成様からアプローチしていただきました」と、いきさつを語る。GLMの技術力が、大手企業の旭化成の目に留まったのだ。
●EVこそが次世代車の本命
○なぜEVだったのか
発表会場でAKXYの説明を行った旭化成・オートモーティブ事業推進室長の宇高道尊氏は、「コンセプトカーを製作するうえで、未来志向で我々も学んでいきたいと考え、一緒に取り組むことのできるパートナーを探していました。GLMはエネルギッシュで、かつエモーショナルな会社であり、新しいビジネスモデルを生み出すなど、柔軟性のある会社として声を掛けさせていただきました」と述べた。
ベンチャー企業として精力的かつ情熱的であるのは当然だが、EV事業において新たなビジネスモデルを考えている、すなわち、EVプラットフォームを提供するという構想を持っていることが、共同開発を申し入れた大きなきっかけであることを、宇高氏は発言に含ませた。
もう1つ、AKXYというコンセプトカーが、なぜEVであるのか。ここも重要な視点といえる。次世代車の枠組みでは、もはや標準車的な位置づけにあるとはいえハイブリッド車(HV)があり、昨今はプラグインハイブリッド車(PHV)も注目を集めている。さらには、未来を見据えた燃料電池車(FCV)も、日本においてはトヨタ自動車と本田技研工業が販売にこぎつけている。
EVを選んだ点について旭化成の吉田常務は、「時代はエコロジーと燃費であり、そのなかで市場性を考えた場合、いつという時間の捉え方はいろいろあるかもしれないが、台数が増えていく流れにあるのはEVで、未来志向で考えた回答がEVとなった」と答えている。
国内のマスメディアの報道では、あいかわらずEVに対し、航続距離が短いなどの課題を抱えているといった、従来型の概念を枕詞に使う例があとを絶たない。しかし、未来志向で新規事業を展開する、旭化成のような大手企業の現実的な回答は、EVであることが明らかになったのだ。
○EVシフトを加速させるのはどんなクルマ?
EVで先行した三菱自動車工業や日産自動車に後れを取ったものの、トヨタとホンダも、米国カリフォルニア州のZero Emission Vehicle(ZEV)規制の強化や、中国のNew Energy Vehicle(NEV)規制を視野に、今は全力でEVの開発を急いでいる。
とはいえ、現時点で消費者の目に触れるEVの存在は限られている。ただし、三菱「i-MiEV」や日産「リーフ」の中古車が出てくるようになり、次第に公道でEVを見かける機会が増えているのも事実である。また、EVの走行距離は着実に延びてもいる。
こうした中、先頃の決算記者会見の場において日産の西川廣人社長は、「EVのパイオニアとして、リードしていく姿勢に変わりはない」と発言した。年内に発売となる新型リーフに触れただけでなく、中国での小型EVについても、今後は追い上げていくと語った。もちろん、リーフを含めた、より大型のEVについても「これから需要が高まると予測しており、負けない自負はある」と答えている。
国内ではガソリンスタンドの減少が急速に進み、地方における移動手段の確保をどうするかが喫緊の課題となっている。そこに手ごろな価格のEVが投入されれば、自宅や仕事先でクルマを充電することで、これまで通りに日常生活を続けていくことが可能になるかもしれない。だが、そういう要望に応えられるEVは、まだ存在しないのが実態だ。
そこに、GLMのプラットフォーム事業がフィットする可能性がある。
●海外も注目するGLMのEVプラットフォーム戦略
○走る・曲がる・止まるを担保するGLMのノウハウ
かつて、EVが急速に脚光を浴びた1990年代後半には、モーターとバッテリーで動くEVであれば、家電メーカーなどの新規参入も容易なのではないかとの声が上がったことがある。だが、クルマづくりはそう簡単ではない。動くかどうかではなく、ちゃんと走り、曲がり、止まることができるという自動車の基本性能が確かでなければ、安全に公道を走ることはできないのである。
GLMは「トミーカイラZZ」の電動化によって、スポーツカーの走行にも耐えうる基本性能を実現してきた。その上でGLMの田中取締役は、「GLMの強みは、何社ものサプライヤーとのつながりを持ち、各社で何ができて、何ができないかをよく分かっているところです。また、公道を走るための認証取得などの知見もあり、それが7年やってきた我々の成果です」と語っている。
また、プラットフォームの提供についても、「トミーカイラZZのプラットフォームをそのまま、小型車やSUVなど他の車種に使いまわすのではなく、それぞれの車種の要望に合わせて、最適な仕様で提供するという意味です」と述べた。
公開されている写真などから見るトミーカイラZZのEVプラットフォームは、まさにスポーツカー向けであり、あたかもレーシングカーのモノコックやサスペンションを見るようだ。なにしろ、トミーカイラZZを設計した解良喜久雄氏は、レーシングカーデザイナーである。それを、このまま他の車種に使うわけではないと、田中取締役は話すのである。
その上で、プラットフォーム全体で提供するだけでなく、個々の要望に応じた部品単位での対応もできるという。相談や依頼に応じて、GLMは幅広い回答を用意できるというわけだ。
○環境対応を急ぐ中国メーカーも注目?
こうしたGLMの新しい取り組みに対し、国内ばかりでなく、中国や東南アジアからも問い合わせが届いているという。なかでも大気汚染が深刻で、NEV規制を推進しており、また原子力発電への投資が著しい中国においては、EV導入を精力的に進めようとする現地自動車メーカーや新規事業者の間で、GLMの存在感が大きくなっていると想像することができる。
一方、国内では、やはり原価を抑えた手ごろなEVがどこまで実現できるかが課題だ。原価について田中取締役は、「それぞれの案件に応じて、材料を変更するなど原価低減の相談にも応じられるようにしたい」と語っている。
大手自動車メーカーは、グローバルな視点でのEV構想を持つ傾向にあるが、国内において私は、“100km100万円の軽EV”という構想を、あらゆる機会をとらえ提唱している。そのような日常の実用に足る身近なEVの登場を待つ声は、実際に多く届いてもいる。それを実現できる可能性を、GLMのEVプラットフォーム提供事業は支えてくれるかもしれない。
ただ、それを実行する意欲と資金力を持ち、GLMと共同歩調を取れる新規事業者が登場するかどうかは未知数だ。そこは期待しつつ、注意深く見守っていきたい。(御堀直嗣)