『天気の子』大ヒットスタート 万人向けだった『君の名は。』とは違う、その魅力とは?

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2019年07月24日 16:41  リアルサウンド

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『天気の子』(c)2019「天気の子」製作委員会

 7月19日(金)に公開された新海誠監督の新作『天気の子』が期待に応える大ヒットスタートをきった。土日2日間の動員は83万人、興収は11億8500万円。初日から3日間の累計の動員は約116万人、興収は約16億4400万円。これは、3年前の8月末に公開されて歴史的大ヒットを記録した同監督の前作『君の名は。』との興収比で約128%という、出足としては文句なしの成績。もっとも、最終的に約1年にわたってロングラン上映が続き、累計動員1928万人、累計興収250億3000万円を記録した『君の名は。』は、世代を超えての社会現象化をともなったあまりにも特殊な作品だった。この時点での、軽率な興行成績の比較は避けたほうがいいだろう。国内最大手の東宝配給で、年間を通じて最もヒットが期待されている時期の一つである7月後半の公開作品として、その責務を十分以上に果たしたということ。そして、『君の名は。』に続いての連続大ヒットによって、新海誠監督が名実ともに国内トップのアニメーション映画作家の一人となったということ。現状ではっきりと言えるのは、その二つのことだ。


参考:新海誠監督作『天気の子』は“雨”の表現に注目! 新旧アニメーションから“水”表現の変遷を紐解く


 通例なら、他のニュースサイトの記事より先んじて「興収100億円突破確実」などと記すことも多い当コラム(もちろん、独自の裏付けがあってのことだが)だが、今回の『天気の子』に関してどうしても慎重になってしまう。というのも、『天気の子』という作品にとって、『君の名は。』との過度の比較はあまり相応しくないと思えるからだ(ここで詳しくは語らないが、今作に「新海ユニバース」と呼ぶべき仕掛けがあったことも踏まえた上で)。


 新海誠監督がどこまで意図したかどうかは別として、『君の名は。』は菊田一夫原作のラジオドラマや映画である年代以上の日本人だったら誰もが耳覚えのあるタイトルや、山中恒の児童文学『おれがあいつであいつがおれで』やその映画化作品の大林宣彦監督『転校生』に共通するモチーフも功を奏して、少年少女を主人公とする作品でありながらも結果的には世代や性別を問わない万人向けの作品となった。海外(特にアジア圏)でも大ヒットしたことや、ハリウッドでの実写映画化が早々に決定したことも、それを証明しているだろう。


 一方で、同じく少年少女を主人公とする今回の『天気の子』は、世界的な気候変動や、一世代前と比べて確実に「貧しくなった」日本の現状など、社会的なトピックを物語に取り込みながらも、より新海誠監督の作家性が深く強く刻印された作品となっている。本作のプロモーション時のインタビューでも新海誠監督が「(『君の名は。』は)本来なら見るはずがなかった人たちが映画を見て(批判もされた作品だった)」「彼らが怒らない映画を作るべきか否かを考えたとき、僕は、あの人たちをもっと怒らせる映画を作りたいなと」(https://www.sanspo.com/geino/news/20190721/int19072105040001-n1.html)と語っている通り、決して万人向けの作品ではない。


 先週末に公開されたばかりの『天気の子』の初動の好成績は、『君の名は。』を最も熱く支持してきた観客の中心層である10代20代の観客が劇場に押し寄せた結果だろう。自分が公開5日目の今週火曜日に都内近郊のシネコンで作品を観た際も、夏休みのお昼どきということもあって、館内は10代の若者たちで溢れかえっていた(特に男子中学生、男子高校生が多かった)。夏休みの終わりに公開された『君の名は。』はその後すぐに新学期を迎え、そこから口コミでまずは若者層、そして全世代に広がっていって、公開から2か月が過ぎた後にも前週比を更新するといった驚異的なロングランとなっていったわけだが、今回の『天気の子』に同じような広がりを期待することは、この後にまだ何本も夏休み向けの強力作品の公開が控えている時期的にも、作品の内容的にも、お門違いと言える。


 興収250億円を超える歴史的なヒット作を世に送り出してしまった後、クリエイターの選択肢は限られている。一つは、周囲の期待に応えて前作を踏襲した作品を作ること。もう一つは、そのプレッシャーや反動からまったく違う作品を作ること。しかし、新海誠監督は『天気の子』で、キャラクターのデザインや音楽などでイメージ的には前作を踏襲しながらも、作品が内包する思想やメッセージという意味では前作を大きく更新する作品を作ってみせた。観客によってはそれを「進化」ではなく「自らの作家性に引きこもった」と受け止めるかもしれないが、自分は今回の『天気の子』を、勇気ある「社会現象化した作品の次作」として高く評価したい。(宇野維正)


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