「義母はかわいそうだった」夫と義母のダブル介護を背負った嫁の決断【老いてゆく親と向き合う】

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2019年07月29日 21:12  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

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“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”

――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。藤本千恵子さん(仮名・58)の話を続けよう。

一番厳しい病院に入れてもらおう

 藤本さんは認知症の義母を介護していたが、3年後、今度は夫の公男さん(65)が脳出血で倒れた。手術で意識は戻ったものの、状態は重篤だった。

「倒れてから7時間も放置されていたので、症状が重く、水どころか唾液も飲み込めず、座位もとれませんでした。左半身まひで、最初に運ばれた急性期病院ではお医者さんから『施設に入るという選択もありますよ』と言われたほどでした」

 それでも、藤本さんは医師の言葉を受け入れることはできなかった。

「倒れるまで、バイクを乗り回していたほど元気だったのにと思うと、あきらめることはできませんでした。娘たちと話して、『一番リハビリが厳しいところに入れてもらおう』と決めました。ところが、お医者さんは『その病院は回復の見込みがある人が入るところ。お宅は当てはまりませんよ』とおっしゃるんです。でも、うちの夫はまだ60歳。どうしてもその病院でリハビリをしてほしいと思い、直接電話してみたんです。ケースワーカーさんに『ご主人はいくつですか』と聞かれたので、60歳だと答えたところ、『引き受けます』と言ってもらえました」

 藤本さんの熱意で、門は開かれた。しかしながら、“一番厳しい”病院に転院してからのリハビリは、公男さんにとって本当にきつかった。急性期病院を退院するときは、ようやく車いすに座っていられるという状態だったので、リハビリを始めてもすぐに疲れて「寝たい」と言う。飲み込みのリハビリも、ゼリー状のものを一口飲み込むところからのスタートだった。

心を鬼にして励ます

 藤本さんも毎日病院に通ったが、さすがに「夫がかわいそう」と思うほどだったという。

「でもここでやらないと回復は望めません。心を鬼にして『頑張れ』と励ましました」

 2カ月のリハビリで、起き上がり、立ち上がることができるようになった。次は、装具と4点杖を使って、少しなら歩けるようになっていった。頭も少しずつクリアになり、会話の練習もできるようになった。

 そして、3カ所目の病院に移った。

 この病院の理学療法士(PT)が明るい女性だったのが幸いした。公男さんとウマが合ったのだ。公男さんは彼女を「親分」と呼んで打ち解け、楽しくリハビリができるようになると、見違えるほど回復した。

「冗談も言えるようになったんです。はじめ、『二度と自分の足では歩けない』と言われていたのが夫にもわかっていたようで、病院に行くとうなだれている姿を見ることもたびたびありました。それが、明るいPTさんに助けられたんだと思います」

 そうなると、退院して自宅で生活することも視野に入ってくる。まずは日帰りで一時帰宅し、PTの助言のもと、公男さんの動きを見て室内に手すりなどをつけた。次は1泊での帰宅にチャレンジ。無事クリアできたので、晴れて自宅に戻れることになった。倒れてから、半年。身体障害者1級としての生活の始まりでもあった。

 ところで、公男さんのリハビリ中、ヨシエさんはどうしていたのだろうか。

「どうしても夫中心の生活になります。昼間は病院に行くか、ときには友人とランチもして、愚痴をこぼしたい。義母のところには朝と夜は行って、昼間はこれまでのようにデイサービスを利用して、ヘルパーさんに来てもらう回数も増やしました。ケアマネジャーさんからショートステイを提案されましたが、ショートステイをすると認知症が進行しそうだと思ったので、『まだいいです』と断りました。なぜ断ったんでしょうね? 今思えば、私もまだ若かったからできたのかもしれませんね」

 藤本さんには、「何が何でも自分が介護する」という気負いがあったわけではない。友人とのランチの時間も取るなど、自分のストレス発散もうまくできているのだ。それでも、もっとラクな方法を探そうとは思わなかったようだ。

「車で10分ほどのところに住んでいた、夫の弟も助けてくれて、週1回くらいは義母のご飯をつくりに来てくれていました。だからもっと、『こんなことをしてほしい』と私が言えばやってくれただろうと思います。でも、言えなかったですね……。なぜだかは、自分でもわかりません。でもケアマネジャーさんもいい人で、私一人が抱え込まなくて済むように考えてくれていましたし。私、なんでも要領よくできたと自分でも思うんです。でも、義母はかわいそうだったな、とも思います」

 今も、気持ちは揺れている。

(10回に続く)

坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。 

【老いゆく親と向き合う】シリーズ

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