180時間残業代なしで働かせる恐怖の“固定残業代の繰越制度”とは! ブラック企業の「定額働かせ放題」への飽くなき欲望

2

2019年08月02日 15:30  リテラ

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

リテラ

写真

 今回は「固定残業代の繰越制度」という、ちょっと耳慣れないものについての話をしたい。



 固定残業代とは、次のようなものである。

 仮に月40時間分の時間外労働に相当する残業代が固定残業代とされているとすれば、

(A) ある月の時間外労働が45時間であった場合には、固定残業代40時間分+5時間分の残業代が支払われる。

(B) ある月の時間外労働が10時間しかなかったとしても、40時間分の固定残業代を支払う。(30時間分の残業代を引いたりはしない)。



 このように、本来の固定残業代とは、長時間働けば差額精算がされるし(A)、いっぽうで短時間しか働かなかったとしてもそれで残業代が減ることはない(B)。

 もっとも、実際には少なからぬ企業において、上記(A)の差額精算が行われない、つまり文字通り残業代が「固定」されてしまい、いくら働いても支払われる残業代は定額という扱いがされてきた。

「定額使いホーダイ」とも揶揄されるゆえんであるが、もちろんこれは当然違法であり、労働者には差額精算を求める法的権利がある。このことも最近はだいぶ常識になってきたように思われる。



 しかし。 

 そうすると、ブラック企業は、またよからぬことを考える。

 ──(A)の差額精算が仕方ないのは(しぶしぶ)理解したが、これでは、(B)の30時間分について、一方的な残業代の払い損ではないか。

    金は払っているんだから、その分だけでも働かせたい──。

  

  本当は、これを解決するのは簡単で、単に固定残業代制度をやめればいいだけである。

しかしブラック企業は、それはしたくない。固定残業代をやめてしまうと、求人票に記載する月収額が低くなり、良い人材が集まらなくなってしまうからである。

 かくして、固定残業代による見せかけの高収入を維持しつつ、労働者を長時間働かせるべく、ブラック企業はまた悪知恵を働かせるのである。

 

 前置きが長くなったが、ここからが実際の事件の話である。



 数年前の年末、クリスマス当日に、事務所の電話が鳴った。電話をかけてきたのは、とある企業の産業医であった。

“自分が産業医を務めている会社がとんでもないブラック企業だ。いま診ている労働者が、このままでは壊れてしまう。 明日から冬休みに入るのだが、年明けに出社させたくないので、なんとかこの年末年始に相談を入れてほしい……”

 産業医が自らのクライアント企業を「ブラック企業」と言い切っていることに、尋常ではない事態を感じ、なんとか都合をつけて、年明け早々に相談を入れることにした。

 

 産業医とともに相談に訪れたのは、20代のシステムエンジニアの青年だった。

 この青年は、超長時間労働のため、うつ病になってしまったという。

 そして、この青年に適用されていた給与制度が、「固定残業代の繰越制度」であった。

  就業規則によると、この制度は、固定残業代として支払った残業代のうち、当月の未消化分について、翌月以降に「繰越す」ということであった。

 冒頭の例でいうと(B)の未消化分30時間は翌月に繰り越されることになる。

したがって、翌月70時間時間外労働をしたとしても、その月の固定残業代40時間分プラス繰越分30時間分で残業代は支払い済みということになり、差額精算は一切行われない。

 

 この制度、一応、計算上は、働いた時間に対応する残業代は支払われることにはなるので、パッと見には、何が問題なのかわかりにくいかもしれない。

 しかし、この制度は、超長時間労働を誘発する極めて恐ろしい制度なのである。



●「固定残業代の繰越制度」で180時間残業代なしで働かされうつ病に

 

 そもそも時間外労働に対して割増賃金が支払われるのは、企業側に残業抑制のインセンティブを与えることによって、労働者の健康を守るためである。つまり、残業代とは、企業にできるだけ残業させたくないと思わせるためのものなのである。

 しかし、「固定残業代の繰越制度」は、これと真逆のインセンティブを企業に与える。

 たとえば、閑散期が続き、上記(B)の月が半年くらいあった状況を想定してみてほしい。

 固定残業代の「繰越分」は、既に30時間×6か月で180時間分も溜まることになる。

 企業からすると、この180時間は、働いてもらわなければ残業代の払い損であり、むしろぜひとも長時間働かせたい。

 こうして、いざ繁忙期が来たとき、企業は、進んで労働者に超長時間労働をさせることになるのである。



 この制度は、繁忙期・閑散期がある企業にとっては、とりわけ“合理的”な制度である。

 この点、青年のシステムエンジニアという職業も、大きな案件の納期間際は極めて忙しく、他方、受注が途切れたときは手すきになるという、繁閑の著しい仕事であった。

 実際、この青年については、閑散期に繰り越された固定残業代の蓄積が、もっとも多い時期では150時間以上分にも達していた。

 他方で、繁忙期にはこの蓄積された繰り越し分が湯水のように消化され、酷い時期には1カ月あたりの時間外労働時間が180時間を超えるまでに至ったが、残業代の差額精算分は、発生しないか、あるとしてもごくわずかな額にとどまっていた。そしてこの180時間越えの時間外労働の翌月に、青年はうつ病を発症したのである。



 文献にもほとんど記載がない制度であったが、それでも、こんなものは明らかにおかしい、という直感にしたがい、弁護団は総力をあげてこの事件に取り組むことにした。



●あの手この手で労働者を「定額使いホーダイ」しようとするブラック企業



 訴状には、「固定残業代の繰越制度」が違法無効であるとする、思いつく限りの理由付けを分厚く並べた。

 また、提訴に合わせて労災も申請し、無事に支給決定を勝ち取った。



 これらの甲斐あってか、裁判所も当方の主張に理解を示してくれた。

そしてついには、被告企業が、裁判の最中に、自らこの「固定残業代の繰越制度」を廃止するまでに至ったのである。

 

 最終的にこの訴訟は和解で決着したところ、和解条項では、固定残業代の繰越制度を復活させないことを企業に約束させ、また従業員に長時間労働をさせないような体制の構築も約束させた。



 なお余談だが、被告企業では、この「固定残業代の繰越制度」の導入前には、「専門業務型裁量労働制」という制度が用いられていた。詳細は省くが、これも要するに一定額以上の残業代を支払わなくてよいというものである。

 しかし、新卒一年目のシステムエンジニアに職務上の裁量権があるはずもないため、労基署から同制度の適用について「ダメでしょ」という指導が入り、同制度はやめざるをえなくなっていた。「固定残業代の繰越制度」は、これに代替するものとして、苦心の末に編み出されたものであったと思われる。 



 ことほどさように、ブラック企業の「定額使いホーダイ」への欲望は、強く、根深い。 

 昨年成立してしまった、いわゆる「高度プロフェッショナル制度」は、この欲望がついに合法化されてしまったものではあるが、これ以外にも、ブラック企業は、今後も、違法な手段も含めてあの手この手で「定額使いホーダイ」を実現しようとしてくると思われる。

「あれ、これは実質『定額使いホーダイ』なのでは?」と思われるケースがあったら、迷わずにブラ弁に相談してほしい。



【関連条文】

割増賃金の支払義務 労働基準法37条1項



(弁護士 島田度/きたあかり法律事務所 https://kitaakari-law.com)



**********

ブラック企業被害対策弁護団

http://black-taisaku-bengodan.jp



長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。

この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。


このニュースに関するつぶやき

前日のランキングへ

ニュース設定