『凪のお暇』高橋一生は究極の泣き俳優!? 夏ドラマに急増する「めそめそ男子」の中で一番の存在感

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2019年08月09日 12:02  リアルサウンド

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『凪のお暇』(c)TBS

 今夏、「めそめそ男子」が増殖している。


 まず『あなたの番です』(日本テレビ系/日よる10時30分)で田中圭演じる主人公が毎回亡くなった妻を思って役名で歌う主題歌を背景に咽び泣いている(8月4日放送回では主題歌は横浜流星場面に移った)。それから月9の『監察医 朝顔』(フジテレビ系/月よる9時)の風間俊介が演じている主人公の恋人役。彼女が抱えている喪失感に向き合って涙する。朝ドラ『なつぞら』(NHK総合)の主人公の相手役を演じる中川大志も主人公を失う悲しみに眉を八の字にして大きな黒い瞳を濡らしていた。


 男は人前で涙を見せるものではないなんてことは前時代の話で、男だって泣くのだということを示したのは妻夫木聡だった。映画『涙そうそう』(06年)の泣き姿を超える男泣きはなかなかなかったが、ここへ来て新たな波が来ている予感に胸がざわついてたまらない。


 前述の俳優たちの泣き姿に震えつつ、究極の泣き俳優は『凪のお暇』(TBS系/金よる10時)の高橋一生ではないだろうか。


 高橋一生が『凪のお暇』のラストで1〜3話まで3回連続、めそめそと泣き崩れ、その姿に胸をつかまれまくりだ。今後も毎回慎二は泣くのか、物語の主軸(主人公・凪の人生リセット計画)とは別途、楽しみになっている。


 『凪のお暇』は公私にわたり空気を読みながら生きていくことに疲れた主人公・凪(黒木華)が「しばしお暇いただきます」と会社を辞めて自由な生き方を模索していく物語。高橋一生は凪の元彼・慎二を演じている。慎二は、会社では仕事ができて感じよく女子社員にモテる。「空気って自分で作るものでしょう。読む側にまわったら負けですよ」(1話)などと言うように生き方がスマート。だが、見えないところでは、凪のことをカラダ目当てみたいなことを言う。その言葉もさもありなんというような夜のシーンもあって、そのドSっぷりもたまらない。ふだん、優しくて人気の男の、知らない一面を私だけが知っていて受け止めているという満足感(「秘密のカード」という存在)が凪にも、視聴者にもツボなのだ。そのドSっぷりが行き過ぎて、凪は別れを決意するが、慎二は執拗に追いかけてくる……。凪の前では嫌われそうなことばかりする慎二だが、ひとりになると凪を思ってめそめそ泣き崩れるのであった。


 本心に気づいていない凪にとって慎二は毒彼だ。人間の欲求を満たすものとしてしか凪を見ずに土足で彼女の心を踏み荒らしていくような存在。『凪のお暇』が面白いのは、毒彼からの支配から逃げ、アパートの隣に住む優男・ゴン(中村倫也)に心癒されていく話かと思わせて、慎二が自分の素直じゃない言動に激しく落ち込み、毎回涙している姿を視聴者に見せてしまうこと。彼女のカラダ目当てというのも、彼女を彼女じゃないと友人に言ってしまうのも、本心からではなく、周囲に対して気を使うあまりのこと。それを知らぬは凪ばかり。一方、ゴンは穏やかで優しく見えて、実は「メンヘラ製造機」と言われる危うい人物だった。


 高橋一生は毒男とめそめそ男子を鮮やかに行ったり来たりし、ドラマを盛り上げる。凪には申し訳ないが、慎二が自分の面倒くささにどう折り合いをつけられるかのほうに次第に興味が出てきた。いわゆる、慎二のヒロイン化である。


 こういう慎二を高橋一生はじつに軽やかに演じる。このうえない清潔感にあふれた笑顔がふっと消えたときの怖さ。この変わり身が小動物のように俊敏過ぎて本心のありかをわからなくさせる。高橋にはその特性を有効利用した役が多い。近作『東京独身男子』(テレビ朝日系/19年)は当初番宣で、独身を謳歌する華麗な高スペック男子の話かと思ったら、別れた女性を忘れられないグズグズした人物だった。映画『嘘を愛する女』(18 年/東宝)でも素性のわからない謎の存在だった。彼の特性が世間的に明確になったのは、『カルテット』(TBS系/17年)だ。理屈っぽいが、好きな子には本心を言えない、ちょっと面倒くさい役が多くの視聴者をシビレさせた。ふぐを食べるときのような舌にぴりぴりくる危うさを巧く生かして、今世紀最大の名場面を生んだのが大河ドラマ『おんな城主 直虎』(NHK総合/17年)。史実でもはっきりしない役の本心を、主人公を護るための一世一代の大芝居として、悪役になったという物語は高橋一生の演技によるところが大きい。当時、私はそんな彼に「悲劇役者」の称号を捧げたいと思ったことを書いたこともある。


 めそめそ男子が増えているなかで、高橋一生のめそめそに心が震えるのは、高橋の心の震えが激しく伝わってくるからだ。ライバル役のゴンを演じる中村倫也は俗に言うカメレオン俳優らしく、あのゆったりとした喋り方のようにじわじわとゆっくり色を変え、気づいたらその場を支配するようなタイプだ。一方、高橋は、小動物が天敵から子供がいる巣を護るように全力で逃げ回って撹乱するように、笑顔や元気を振りまいているような気配がある。その必死さが限界を超えると涙があふれる。それが見る者を震わせてやまない。


 第2話で「噛み合わない歯車ってセクシーよね」「男女の悲劇の引き金はね、いつだって言葉足らず」と、凪のアパートの二階に住んでいる老女(三田佳子)が言うが、これがもう高橋一生の資質を表した言葉のようで、高橋一生には素直になれない悲劇のセクシャリティーがある。第1話で顔を覆って泣くときの十本の指の優美さは、その象徴のようだった。(文=木俣冬)


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