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『べしゃり暮らし』漫才が題材のドラマに立ちはだかる、ネタ再現の難しさ

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2019年08月10日 21:02  日刊サイゾー

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日刊サイゾー

写真テレビ朝日『べしゃり暮らし』
テレビ朝日『べしゃり暮らし』

 

 8月3日に放送された『べしゃり暮らし』(テレビ朝日系)の第2話。このドラマの見どころと問題点が次第に浮き彫りになった回だったと思う。毎回、役者が長尺の漫才に挑むようだが、そこで起こる笑いにはあまり期待しないほうがいい。

第2話あらすじ 主人公を「おもんない」と酷評する中堅芸人

 文化祭でアドリブ漫才を大成功させた上妻圭右(間宮祥太朗)と辻本潤(渡辺大知)。舞台後、辻本は「芸人を目指してみいひんか?」と圭右を誘ったが、お笑い嫌いの父・潔(寺島進)に気兼ねして、圭右は消極的だった。

 相方をやる気にさせたい辻本は、先輩芸人である人気漫才コンビ「デジタルきんぎょ」のライブ会場に圭右を連れて行く。この日に備えて、圭右は自作の漫才台本を持ってきていた。デジタルきんぎょの金本浩史(駿河太郎)に渡し、批評をお願いする圭右。読み終わった金本は「おもんない」と斬って捨てた。激昂した圭右がネタを破り捨てていると、金本の相方・藤川則夫(尾上寛之)が現れ「始めからホームラン打てる天才はいない」「努力できる才能を持ってる奴が天才と呼ばれる」と圭右を励ました。

 一方、元相方の辻本を追いかけて上京した鳥谷静代(小芝風花)。彼女は「俺らの漫才はもう限界や!」という辻本の言葉に納得していない。「ほんまに限界か、ここでもう1回私とネタやって」と辻本に言い、2人は舞台を借りて復活漫才をすることに。客席で観ていた圭右は2人の漫才の素晴らしさに驚くが、ネタの途中で辻本は漫才を中断し「俺らは終わりや」とつぶやいた。実は、辻本は静代を好きになってしまっていた。しかし、笑いに取り組むと相方とどうしてもぶつかり合う。静代のことを嫌いになりたくないし、嫌われたくもない。仲良く漫才をして芸の質を落とすより、好きなまま解散することを辻本は選んだのだ。

 2人の漫才を観た圭右は「ネタは面白いけど、自分たちが楽しめてねえ」と感想を伝える。辻本は「圭右と漫才をやったら楽しめる」と再認識し、圭右も「辻本と漫才したときは鳥肌が立った」と思い出した。圭右は芸人を目指すことを決意した。

 初回レビューにも書いたが、お笑い、特に漫才を題材にしたドラマは舞台の再現が難しい。芸人に扮して役者がネタをやっても、面白い出来になったことはほとんどない。今作の演出担当・劇団ひとりは「お笑いナタリー」のインタビュー(2019年7月27日)で「たぶん笑えないと思います(笑)」と発言。その辺については、はっきりと開き直っている。

 ただ、売れっ子芸人や誰が認める若手芸人の役ならば、雰囲気だけでも有能と感じさせてほしい。「つまらなそう」と視聴者に思わせると、ドラマの説得力が途端になくなってしまうからだ。

 まず、主演の間宮祥太朗について。クラスの人気者がプロの世界に入ると、実は芸人に向いていなかったという現象はお笑い界のあるあるの1つである。どうも、その手のお調子者に見えてしまうのだ。ただ、駿河が間宮のことを「このままやったら、学園一のおもしろ人間やで」とからかっており、もしかしたら演出通りなのかもしれない。

 続いて、辻本を演じる渡辺大知。原作の辻本は圭右よりも引き気味のタイプだ。テンションより知性とスマートさが魅力の芸人。その持ち味を渡辺から窺うことはできなかった。ハイテンションな圭右と好相性の相方であり、ある意味“教育係”ともいえる頼れる存在。非常に難しい役どころだが、我々の中にある辻本像により近付いてほしいと願うばかりだ。

 そして、金本役の駿河太郎。ご存じ、笑福亭鶴瓶の息子だ。このキャスティングは良かった。しゃべりだけでなく、立ち居振る舞いに妙な安心感を感じさせる。いかにも、中堅芸人。後輩への接し方を見ても、劇場で会いそうな兄さんの雰囲気を漂わせている。

 森田まさのりのマンガは、誰がモデルか丸わかりの登場人物がよく出てくる。金本のモデルは間違いなく千原ジュニアだろう。しかし、ドラマになったからと本当にジュニアを起用するのは芸がない。ましてや、現在のジュニアは芸能人ランクが高過ぎる。キャスティングには無理があるように思う。色々な意味で難易度の高い役どころだが、駿河はうまく演じていた。

裏では一言も交わさないお笑いコンビは時代遅れ?

 初回レビューで「原作の連載時とは受け入れられる笑いの形が変わった」と書いた。人を貶して起こる笑いも、かつては広く受け入れられていた。しかし、昨今は拒否反応を示す人がかなり多いようだ。10年前には成立していたものを、今の時代にそのままトレースすると歪みが生じることがある。

 漫才コンビ「デジタルきんぎょ」に迫った第2話。舞台では息が合っているのに、裏では会話を交わさず、顔も合わせない。駿河と尾上の間にはそんな関係性がある。

「仕事以外で藤川の顔なんか見たない。向こうかってそうやろ。携帯の番号も知らん。才能は認めるけど、ハッキリ言うてお互いめちゃくちゃ嫌い合うてる」(駿河)

 こういう距離感こそ漫才コンビのあるべき姿と、以前は持てはやされていたものだ。しかし、現在は仲の良いコンビが主流。さまぁ〜ず然り、サンドウィッチマン然り、霜降り明星然り。「仲が悪くてもそれでええねん。意地のぶつかり合いの中からおもろいもんが生まれることも知ってる」という駿河の訓示が今の若い視聴者にどう受け止められるのか、ちょっと興味がある。

 小芝を好きになってしまったがゆえ、コンビ解散を渡辺が決意したくだりも隔世の感だ。何しろ、「キングオブコント2017」で準優勝したのは恋人同士のにゃんこスターだった。好き合っていてもコンビ別れせず結果を残した男女コンビもいるのだ。この10年で笑いのあり方は本当に変わった。

 今夜放送の第3話では、“学園の爆笑王”圭右が舞台で思い切りスベる挫折のフェーズが描かれるはず。原作でも圭右の契機となる、重要エピソードである。

 やはり、『べしゃり暮らし』はお笑いドラマというより、キャラクターの成長を見守る作品と捉えたほうが適当だろう。人間ドラマなのだ。

(文=寺西ジャジューカ)

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