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日章旗、戦没75年で遺族の手に 故郷の人が寄せ書きか

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2019年08月14日 07:35  朝日新聞デジタル

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朝日新聞デジタル

写真「深見正雄君」と書かれた日章旗を手にする(左から)弟の正光さんと利市さん、永田純夫・清須市長=愛知県清須市役所
「深見正雄君」と書かれた日章旗を手にする(左から)弟の正光さんと利市さん、永田純夫・清須市長=愛知県清須市役所

 太平洋戦争の激戦地・パプアニューギニアで1944(昭和19)年2月に亡くなった愛知県清須市(旧新川町)出身の深見正雄さん(当時21)のものとみられる日章旗が13日、遺族の手に戻った。弟の利市さん(79)=同県あま市=は「お盆に帰ってきてくれた。仏壇の両親に報告します」と語った。


 愛知県遺族連合会(名古屋市)によると、米アリゾナ州の人物がインターネットで入手。正雄さんの名前が大書され、故郷の人と思われる多くの名前も寄せ書きのように書かれており、出征時に贈られたらしい。日本遺族会などを通じて同連合会などが遺族を探した結果、利市さんらに行き当たったという。


 清須市役所で永田純夫市長の立ち会いのもと、利市さんや弟の正光さん(74)らに手渡された。2人や同連合会によると、正雄さんは旧国鉄に勤務していたが42年に陸軍兵として出征し、高射砲部隊に所属。パプアニューギニアのラバウルで亡くなったが、当時の詳しい状況は不明という。


 利市さんは「母は寂しがり、ラバウルから帰還した元兵士たちに兄が亡くなった状況を聞いて回っていた。顔を撃たれたらしいが、あまり分からなかったようだ」と振り返る。遺骨や遺品はなく、死亡の連絡のほかは、現地のものらしい一握りの砂が届いただけだったという。


 戦争で、長男の正雄さんだけでなく、次男も亡くなったという。利市さんは「戦争で息子2人を亡くし、両親は、私たちを食べさせるために高齢になっても働いていた。難儀だったと思う。何と言っても戦争はダメだ。若い人がみんな死んでしまうんだ」と話した。(高原敦)


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