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ハプニングも「作品」にする木村伊兵衛の観察眼

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2019年08月19日 11:30  AERA dot.

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写真浅草(1953年)
浅草(1953年)
 1953(昭和28)年7月に木村伊兵衛は浅草界隈の撮影に出かけ、2日間で7本のフィルムを撮影している。

 その中からそば屋で食事をする2人の老女、縁台将棋など3点の写真をちくま文庫に掲載している。なかでも日よけカーテンの下からマネキンの脚が見え、そのわきを和装姿の女性が通り過ぎる作品が私は好きだ。

 この日、木村は浅草寺境内や映画街などで被写体を求め散策している。そして日よけカーテンから出ているマネキンの脚を発見、どう撮影するか思索しながらシャッターを切っている。その脚を見ているときに、和服姿の女性が通り過ぎていった。そのチャンスを逃さずとらえたのがこの作品である。

 いうなれば、なんと間がよいのだろうか。タイミングよくマネキンのわきをぬけていく和服姿の女性、まさにスナップの神様が女性を呼び込んだような作品である。

 木村の写真には、しばしばこのようなハプニングが起こる。その後、日よけカーテンの間からマネキンの手が出ている造形的な構成作品を試みているが、納得のいく作品にはならなかったようだ。

選・文=田沼武能(たぬま・たけよし)
1929年、東京・浅草生まれ。49年サンニュースフォトス入社と同時に、木村伊兵衛氏に師事。アメリカのタイム・ライフ社との契約を経て72年に独立。日本写真家協会の会長を20年間務め、現在、日本写真著作権協会会長。

※アサヒカメラ2019年8月号から抜粋

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