Netflix、バブル終了で転換期へ? “ストリーミング戦争時代”にいかにメガヒットを生み出すか

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2019年08月22日 10:11  リアルサウンド

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Netflix

 2019年7月、Netflixオリジナル作品『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』(以下、『OITNB』)が完結した。このエミー賞受賞作が「Netflixブランド」を築いたことは疑いようがない。のちに「アメリカのポップカルチャーに多様性意識を根づかせた」と評されることとなる本作は、旧来のハリウッドに登場しなかった多様な女性たちを丁寧に描いていった。コメディ・ジャンルで始まりながらシリアスな社会問題も扱う流動性も話題を呼んだ。そのインパクトさながら、知名度抜群のトップスターが出演していたわけではなかったし、さらには監督もプロデューサーも女性だった。つまり、これは誰も観たことがないようなドラマだったのである。


 『OITNB』が打ち立てた「Netflixオリジナル」ブランド。それはさながら「クリエイティブな実験場」だった。初期作の成功以来、同社は大金を投じて「大衆が今まで観たことのない作品」をどんどん製作配信していく。パイロット版なしに世界中の会員に向けてシーズンまるごとリリースする定額制ストリーミング・モデルがそれを可能にしていた。メガヒット作『ストレンジャー・シングス』のプロデューサー、ショーン・レヴィも、2017年に旧来のスタジオと異なる自由なクリエイティブ環境を称賛している。先駆的なビジネスモデルと独創的な作品群で「ハリウッドのルール」を破壊したNetflixは、「Peak TV」時代のトップを走り、2018年にはディズニーと時価総額を並べることでエンターテインメントの頂点に立った。


 2019年もNetflixの王座は揺らいでいない。しかしながら、オリジナル製作の方針については議論が生まれている。『OITNB』が完結した夏、Netflixは『トゥカ&バーティー』と『The OA』の継続キャンセルを発表した。前者は女子の鳥同士の友情を描いた奇妙なアニメーション、後者は「とにかく意味不明」と評判の熱狂的考察ファンダムを築くSFシリーズだった。どちらもクリエイター陣には女性の存在がある。つまり、打ち切られた両作とも、ある面で『OITNB』につらなる、独創的で実験的な「Netflixでしか観られない」作品だったのだ。製作本数が多いためキャンセル報も目立つ前提はあるにせよ、深く愛された2つのショーのキャンセルは、4〜6月期の予想以上の米国会員減少と相まって「バブル終了後のNetflix転換期」として語れることとなった。


「Netflixは合理的な競争がなかったストリーミング黄金時代から抜け出しつつあります。今は、より保守的に集中して戦う必要がある」- The Verge


 2010年代末のNetflixを取り囲むもの、それは熾烈なストリーミング競争だ。競合Amazon PrimeやHuluに加え、圧倒的なブランド力を誇る低価格帯のDisney+、スティーヴン・スピルバーグら大物スターを集めたApple TVが今秋スタート予定。加えてワーナーメディアやNBCユニバーサルも独自サービスを計画している。つまり、巨大な資産を抱えるライバルが来年までに4つも増える。


 本格的なストリーミング競争に入るNetflixはコンテンツ製作費(およびそれに伴う債務)を増やしている。2019年は最大150億ドルをかける見立てだ。広告収入のないNetflixの成長を促す存在は有料会員にほかならない。レガシースタジオの参入により『フレンズ』や『ザ・オフィス』といった人気ライセンスショーを失う予定の彼らは「新規会員を惹きつけるオリジナル作品」を今まで以上に求めている。たとえば、Netflixがショー継続の判断に用いる内部メトリクスでは、製作コストが視聴者数に見合うかが重要とされる。そのうち参照されるデータ・バランスは随時変動されるが、重視される層は「登録したばかりの視聴者」「退会する可能性が高い/久しぶりにアクセスした視聴者」。反して「定期的にアクセスする視聴者」のウエイトは減らされたという(2019年7月The Informationおよび翌月The Hollywood Reporter参考)。ここからは推測にすぎないが、批評家から「年間最高傑作」と評された『トゥカ&バーティー』の視聴者層は、熱心なドラマファン、たとえば『ボージャック・ホースマン』を完走しているようなNetflixヘビーユーザーが多かったのではないだろうか。その場合、シーズン更新はより不利になる。


 「新規会員を惹きつけにくいショー」として持ち上がるのが「つづきもの」だ。Netflixはあまり長くショーを続けない。前出2記事の情報源によると、人気作であろうとシーズン3以降は新規会員の獲得にあまり役立たないそうだ。クリエイター側の報酬増加要求やボーナスの頃合いを鑑みると、シーズン2または3後のタイミングでショーを終了させるパターンこそ節約になる。『The OA』がキャンセルとなったのはこの「シーズン3の壁」フェーズだ。また、シーズン3製作が決定したエミー賞ノミニー常連『オザークへようこそ』にしても「人気は高いもののコストが価値を超えるポイントに接近している」と警告を受けたとされる。


 「新規会員を惹きつけるショー」の代表格はシーズン3も大きな数字を生んだ『ストレンジャー・シングス』だ。当然のことながら、Netflixは本作級のモンスター・ヒットをあらたに作りだしたいだろう。CEOリード・ヘイスティングスが投資家との電話において「『ストレンジャー・シングス』なくして新規加入者獲得は困難」だと認めた情報もある。しかしながら、定額制VODが乱立するほど、視聴者の選択肢は増えてゆく。飽和する米国マーケットで大ヒットを飛ばすにはどうすればいいのだろうか? ここでトップスターの登場だ。この数年でNetflixが大型契約した『ゲーム・オブ・スローンズ』のデイヴィッド・ベニオフとD・B・ワイス、『glee』のライアン・マーフィー、そしてビヨンセやバラク・オバマ夫妻は、その名前だけで視聴者および未登録者の関心を惹きつけることができる。無論、Apple TVが揃えたスピルバーグやJ・J・エイブラムスも同様だろう。コンサルタント企業PatriarchのCEOエリック・シファーは、The Vergeにて「超一流プロデューサーの管理こそストリーミングの未来」だと定義した。名声が確立されたトップ・クリエイターの起用はコストがかかるが、そのぶん視聴者数が保証されるため、リスクが低い。シファーはこうつけ加える。「つまり、旧来のハリウッドのようなやり方です」。


 『OITNB』がスタートした2013年から、Netflixは大きく変わった。アイデンティティのひとつだったデータ秘密主義を緩和させ、視聴者数を公表しはじめている。社内ではパイロット版製作の話も出たようだ。「ハリウッドの破壊者」としての成り上がり劇は幕を閉じ、今では激しく追撃される立場の「ストリーミングの巨人」となった。バブル期を終えたことで同社のコンテンツ方針がどうなっていくかはわからない。TVファンにできることがあるとしたら、結局、大規模ヒットは見込めなそうな作品を早めにビンジすることだろう。(文=辰巳JUNK)


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