多部未華子、“ギャップのなさ”で異色ヒロインに 仕事の本質捉えた『これは経費で落ちません!』

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2019年08月23日 08:01  リアルサウンド

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『これは経費で落ちません!』写真提供=NHK

 多部未華子が主演を務めるドラマ『これは経費で落ちません!』(NHK総合)は、数ある“お仕事ドラマ”の中でも、これまでにない魅力を放つ作品となっている。領収書や請求書を扱う経理部にスポットを当てていることもあり、登場人物の細密な描写、真面目ゆえ少しズレたやりとりがとにかく絶妙。起きた事件を解決するのではなく、見過ごすと事件になりそうな案件を実直に阻止するのが新鮮なのだ。


参考:『これは経費で落ちません!』重岡大毅との出会いで変化が? 多部未華子が垣間見せた“弱さ”


 ちなみに、お仕事ドラマで出版社の校閲部を舞台にした『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』(日本テレビ系)では、ファッション誌編集者を目指して出版社に入社したが校閲部に配属され、地味な校閲の仕事に新風を吹かせる河野悦子を演じた石原さとみがキュートだった。服も言動も派手で校閲者らしくない振る舞いなのだが、そのギャップがそのまま作品の魅力となり、校閲仕事の面白さ、尊さを伝えるものとして機能していた。


 ヒロインがこれまでにない世界に飛び込み、内に秘めていた自分の才能に気づく、新たな発見をする、というのは定番のストーリーであり、お仕事ドラマはこのパターンが比較的多い。その点で言えば本作のヒロイン・沙名子(多部未華子)には“ギャップ”はない。いつも冷静で、合理的な「ザ・経理マン」なのだ。だが、そんな沙名子が真摯に仕事に向き合う姿がこのドラマを何よりも面白いものにしている。


 沙名子は「何事もイーブンに生きる」をモットーに、「公私混同は見過ごせない」タイプだが、決して正義を振りかざすわけではない。第3話「逃げる男の巻」で、営業成績ナンバー1のクールな営業部員、山崎(桐山漣)に沙名子は経理部の仕事について「たった1円の間違いも許されない。ごまかしたり、逃げたりできません」と言っていた。


 営業部のように会社のために大きな契約を取ってきて利益を生み出すわけではない。だが、経理の仕事はどんな会社にも絶対に欠かすことができない。不正や不備がないことはもちろん、間違っていないことが当たり前。たとえ小さなミスでも原因を突き止め、正確な数字を出すのが経理の仕事なのだ。営業部や広報部、総務部とのやりとりからリアルな人物設定まで、会社勤めをしたことがある人なら分かるだろう。経理という仕事の本質をここまで捉えたドラマは今までなかったように思う。


 沙名子はときどき座右の銘「ウサギを追うな」という言葉を呪文のように唱えるが、ただでさえ厄介な会社の人間関係に深入りするのは避けたい。でも、大きな不正事件とまではいかなくても、気になって精査すると伝票に関わった人たちの事実や悩みが見えてしまう。


 アラサー独身女子で効率よく仕事をこなし、プライベートの時間を何よりも大切にするヒロインというと、4月期のドラマ『わたし、定時で帰ります。』(TBS系)で吉高由里子が演じた東山結衣にも通じるものがあるが、結衣は絶対残業しないをモットーに、それを阻む同僚やブラック上司と格闘していた。ウェブ制作会社のディレクターとして働き方を模索する結衣に対して、沙名子には経理の仕事に関してブレない信念がある。


 周囲の評判よりも自分が正しいと思うことを貫く沙名子だが、第4話「女の明日とコーヒー戦争の巻」では総務部の女子社員によるコーヒーを巡る対立に巻き込まれる。給湯室にコーヒーサーバーを導入しようという平松由香利(平岩紙)と、コーヒーメーカーで他の部署にまでコーヒーをいれてコミュニケーションを図る横山窓花(伊藤麻実子)。どちらを支持するのか沙名子も迫られるが、出した答えは浮動票。好き嫌いで判断しない、情にも流されないし、媚も売らない。単純にこちらが良くて、こちらはダメなどと決めつけないのも公平で沙名子らしい。


 自分の仕事にプライドを持つ、その仕事に真摯に向き合う、好き嫌いで仕事を判断しない。沙名子の行動は社会人として当たり前と言ってしまえばそれまでだが、そうはいかないのが現実でもある。だからこそ、周囲からの評価を気にし、本音が言えない現代人にとって、常にまっすぐな沙名子の姿に惹かれてしまうし、勇気付けられるのだ。


 『わたし、定時で帰ります。』の結衣と同様、仕事が終わったら自分の時間を充実させることを優先させるマイペースな沙名子だが、深入りしたくなくても仕事をしている以上は踏み込んでしまう人間関係があり、恋愛もあったりする。営業部の山田太陽(重岡大毅)の素直でまっすぐな太陽の愛情表現に、堅物で奥手な彼女はどう対応していくのかも気になるところだ。


 ぎこちないにも程がある作り笑顔もインパクトがあり、繊細な心の揺らぎも丁寧に表現できる多部未華子だからこそ、応援もしたくなる。毎週金曜日の夜、沙名子に会えるのが今は楽しみでならない。(池沢奈々見)


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