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Netflixはなぜ「全裸監督」を作れたのか

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2019年08月23日 09:42  ITmedia NEWS

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 Netflixが制作したオリジナルドラマシリーズ「全裸監督」が話題だ。8月8日の配信開始からわずか6日後にシーズン2の制作が決定した(まあ、実際に作品を見ていただければお分かりのように、非常に強くシーズン2を意識した「引き」で終わっており、その辺は「とてもアメリカドラマ的だなあ。そういうことなんだろうなあ」とは思っていたが)。



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・Netflix「全裸監督」、次はシーズン2



 「全裸監督」は、実際、素晴らしい出来のドラマだと思う。見ていれば、時間も予算もしっかりかけたのはよく分かる。18歳未満はかなりお断りな作品だが、それ以上であれば、文句なくお勧めできる作品だ。



 一方、「全裸監督」公開以降、次のような言葉を耳にすることも増えている。



 「さすがNetflix。Netflixじゃなければできなかった」



 「外資の力はすごい。黒船パワー」



 うーん。



 間違いじゃない。



 「Netflixでなければ全裸監督は作れなかった」



 これは、「今の日本のドラマ制作スタイルでは」という意味ではイエス、と言っていい。だが、「外資だからきわどい表現も許容された」「外資だから予算が多かった」と考えるのは間違っている。もっと厳しい言葉を言えば「思考停止」であり、言葉を選ばずに言えば害悪すらある、と思う。



 では、なぜNetflixは「全裸監督」を制作できたのか? その辺をちゃんと分析してみたい。



 なお、本記事に書いた内容は、2015年秋、講談社現代新書より発行した「ネットフリックスの時代」でも考察した内容が多く含まれている。特に、配信ビジネス以降の同社のビジネスについては、発刊後4年が経過した今も、もっとも情報がまとまった書籍の1つだと自負している。興味があれば併読していただけると幸いだ。



●「全裸監督は大規模予算」は本当か



 まずは「予算」から。



 Netflixは、1作品にかける予算を基本的に公開していない。トータルでのコンテンツ制作と調達にかけるコストは、2018年春に「公開した」数字として80億ドル(約9000億円)というものがあるが、2019年度はこれが150億ドル規模(約1.6兆円)に拡大している、と言われている。



 Netflixがオリジナルコンテンツ調達に巨額な費用を投じているのは事実だ。だが、「全てが巨額か」「他に例がないか」というとそういうわけでもない。



 Netflixの投資もピンキリだ。「Netflixオリジナル」とついていても、その調達方法はいろいろある。Netflixが一から企画を立てて制作出資したものもあれば、他のルートで企画・制作していたものを「配信独占」の形で調達したものもある。また、自社出資でも、作品の性質によってかかっているコストはまちまちだ。



 今回の「全裸監督」の場合はどうか? やはり、予算面は明らかにされていないので、推測に頼る部分はある。だが、誰の目で見ても、一般的なテレビドラマよりお金がかかっているのは事実だ。セットも大きく豪華だし、撮影・編集も凝っている。スタッフロールをみれば分かるが、VFX・CG周りだけでいくつものチームが担当、ポストプロダクションはハリウッドの一流の映画監督御用達であるFotoKemが担当している。



 日本のドラマでこの態勢はあり得ない。また、関係者のコメントを総合しても、「一般的なテレビドラマよりもずっとコストがかかっている」のは間違いない。



 一般的な日本のドラマの場合、1話の制作費は数千万円。安価な作品は1000万円台以下ということもある。最も制作費をかけるNHKの大河ドラマで、5000万円から7000万円と言われている。「全裸監督」がどれだけの予算をかけたかは分からないが、少なくともこうした規模感の中では最上もしくはそれを超える額だったのではないか、という予想は容易に想像がつく。



 では、ここで見方を変えてみたい。



 海外、特に大ヒットするハリウッド制作のドラマはどうなのか?



 こちらもピンキリではあるが、額はさらに大きい。



 ヒットドラマの場合、1話の制作費は「数百万ドル」に達する。例えば、「ゲーム・オブ・スローンズ」の場合、1話当たりの制作費は1000万ドル台(約11億円)と言われている。これは極端な例だが、1話に3億円かける、という話は少なからずある。「全裸監督」もお金はかけているが、そこまでかかっているとは思えない。「お金はかけたがそこそこ」というのが実情ではないだろうか。それが、日本の規模よりはずっと大きかった、ということだ。



●「大規模ドラマ」の伝統をNetflixが拡大した



 こうしたドラマへの大規模投資は最近始まったことではない。アメリカのドラマシーンにおいて、特に2000年代以降、急速に定着したやり方でもある。



 もともとアメリカでは、有料のケーブルテレビ網への加入率が高い。そこで、「オリジナルの質のいいドラマ」で客の心をつかみ、契約を継続させる。この方法でもっとも大きく伸びたのが、アメリカのプレミアムケーブルTV局の「HBO」。「ソプラノズ」「セックス・アンド・ザ・シティ」「バンド・オブ・ブラザーズ」といった2000年代前半を代表する同社のドラマ群はそこから生まれたものであり、今も継続している。「バンド・オブ・ブラザーズ」(2001年制作)に至っては、BBCとの共同制作ではあるが、1億2000万ドル(約130億円)もかけている。



 良質なドラマは海外にも売れる。コストを投下しても、広い市場に大きく、長く売るのであれば回収は可能だ。アメリカでのドラマ制作の大型化は、そこから生まれた発想だ。



 もうお分かりだろう。Netflixのやり方も、こうした手法に倣ったものだ。



 ただ、Netflixの場合、その速度が変わる。世界190カ国に一気に同時配信できるので「世界に広く売る」という手法を、より効率良く展開できる。しかも、各国のディストリビューターという中間事業者を介さずに、だ。



 だからこそ、「世界への売り方を知っている」ハリウッド以外で制作する際にも、予算をかけていいものを作って広く売る、というやり方を徹底できる。外資だから予算があるのではなく、「世界中に売ることを前提としたビジネスモデルなので予算をかけられる」のだ。「全裸監督」はハリウッド大作ほどはお金が掛かっていない。だがそれでも「日本市場で流す」ことだけを軸に考えて作るテレビドラマよりははるかに予算をかけられる。そこが本質だ。



 逆に言えば、配信事業者であっても、「世界に広く日本のコンテンツを売る」考え方をもっていなければ、「全裸監督」のようなドラマは生まれない。同じ外資系でも、Amazonは「ローカルでうけるコンテンツはローカルで調達する方が成功する」という発想が強く、一部のメジャー作品を除き、ハリウッドスタイルの大予算制作はしない。他の国内事業者は、基本的に国内向けなので、予算規模も日本のテレビドラマに近いものになる。



 もちろん、予算をかけたからといって、日本のドラマが世界でヒットするとは限らない。Netflixのやっていることはある種のバクチだ。だが、そういう賭け方をしないと大きなヒットが見込めないのが、コンテンツビジネスの本質でもある。



 なお、余談だが、「Netflixはアニメに、一般的な制作費の数倍をかけている」と言われることがある。



 だが、これは正確ではない。一般的に、Netflix「でも配信する」という形で調達される作品の場合、Netflixが何倍ものお金を払っているわけではなく、多くの場合、制作費も一般的なテレビアニメとたいした違いはない。「Netflix企画・制作」の場合であっても、多少予算の融通は効くが、いきなり全てのNetflix配信アニメに、何倍もの予算が落ちてきているわけではない。



 アニメの場合、Netflixがまとめてお金を払ってくれるという効果が大きく、「Netflixの配信向け調達によって、アニメ制作会社の収益が安定する」というのが正確なところで、日本のアニメをNetflixが救う、というような言い方は単純すぎる。「海外への販路が増えてビジネスの安定度が増した」一方で、海外販路の拡大を見越した制作本数の拡大が、逆に、アニメ制作現場に負担を強いている。



 ドラマも同じで、「全裸監督」のようにコストと時間をかけた作品もあれば、調達作業に近く、コストがかかっていないものもある。Netflixのオリジナルドラマも予算がいろいろあるように、アニメも予算がいろいろある。要はそういうことなのだ。



●「Netflixは自由」の根幹とはなにか



 次に「題材」。「全裸監督」は、アダルトビデオ業界という、表に出しづらいテーマを題材としている。このことが「Netflixだから」「外資だから」と言われる。これも、ちょっと認識が正確ではない。



 実のところ、海外におけるコンプライアンスは、日本におけるそれと同等以上に厳しい。AppleやGoogleなどのアプリストア、Kindleなどの電子書籍ストアでの規制は、エロなどの領域で、日本より厳しい部分も多い。一般店頭でも、彼らが一般的に持つ宗教的・倫理的価値観に合わないものは、そのまま販売するのが難しい。「厳しくなった」と言われるが、それでも日本は「なあなあ」な部分がある。



 一方、特にアメリカでは、「ちゃんとゾーニングし、意思確認を伴うならば、その先は個人の判断に任せる」という考え方がある。この考え方を、ケーブルTV局は活用した。誰もが流れてくるものを見るテレビではなく、自分から加入したケーブルTVであるなら、過激な表現も許されるのでは……と判断したわけだ。前出の「ゲーム・オブ・スローンズ」などもかなり過激な表現が多いが、それはプレミアムケーブルTV局で、「意思確認の上ゾーニングして見せている」という建前があるから流しているのだ。一時このロジックで、ケーブルTV局はどんどん過激化していた。



 Netflixは、この発想をさらに推し進めた。



 契約したということは意思があったということだし、視聴するには「タップ」「クリック」が必要。自分から見る意思があったわけだから、その上での表現は一定の自由度がある、と判断したのだ。



 だからといって、なんでもできるわけではない。同社が「コンセンサスを得られない表現」を相当慎重に選んでいるのも事実だ。



 「全裸監督」でいえば、女性の意思と搾取の問題がそれにあたる。アダルトビデオ業界を性差別や搾取と切り離すのは難しい。「全裸監督」では、主人公である村西とおる監督の周囲での描き方を慎重に選ぶことで、その種の問題から生まれる嫌悪感や不快感をうまく取り除いている。



 単純に漂白し、「なかったこと」にしているのではない。別の形にし、主人公をより主人公らしく描き、ストーリーとして気持ちよく見れるよう、はっきりと脚色しているのである。ドキュメンタリーでなくエンターテインメントである以上、よくあるやり方だ。



 ちょっとした言葉のあるなしや、乳首が出た・出ないレベルで判断するのでなく、「エンタメとしてこの題材をヒットさせるにはどうすべきか」をちゃんと検討していることこそが、他のドラマと「全裸監督」の大きな違いであり、それを許容する態勢こそ、Netflixのような事業の特徴である。



 それも結局は「ケーブルTVで起こっていたことを分析し、自分達のビジネスを拡大するために生かすにはどうすべきか」というロジックの賜物である。



 「外資だから」で思考停止してはいけない、と筆者が言う理由は、まさにそこにある。



●「テレビのドラマ」のルールを疑え



 ここで、日本のドラマともう一度比較してみよう。



 Netflixがやっていて、日本のドラマがやらないことが1つある。それは「ドラマの内容を決める前にキャスト決めることをしない」ということだ。



 日本の場合には、確実にヒットが見込めるキャストを最初に選んでおき、それありきでドラマが作られることが多い。いわゆる「数字を持っている」人でドラマを構成するわけだ。そうした人々はスケジュールも取り合いなので、先に、いつどういう枠で放送するかを決めておかないと企画が進まない。そうすると自然と、ドラマの内容も質も、予算規模も決まってしまう。「この枠の中で動け」という要素が増えていくのだ。



 これは、日本という国だけを見て、安定的にヒットを出すには有効な手法だろう。だが、中身を練ることはしにくくなり、つまらないドラマを量産する結果にもつながる。



 Netflixはそれをしない。というか、日本だけで配信するわけではないので、「日本で有名な誰々」という点を最優先にする必要がないのだ。もちろん知名度は重要だが、それだけで役が決まるわけではない。



 逆にいえばNetflixも、ハリウッドの知名度を生かした作品やバラエティなどでは、セレブリティの知名度優先の作り方をする。適材適所なのである。



 「全裸監督」が高く評価されるのは、日本のドラマが持つ閉塞感、別な言い方をすれば「手慣れた感じ」とは違う感覚を、見ている人が感じられるからに他ならない。他国でどこまでヒットするかはわからないが、日本人によっては、「日本のドラマ作りのルール外である」ことが心地いい。



 一方で、日本のドラマの中でも、深夜系のドラマでは面白いものが増えてきた。どれも予算規模は小さいが、ゴールデンタイムの予定調和感のない部分では、「全裸監督」と似たものを感じる作品もある。そうした作品は、Netflixなどの配信でも視聴量が多く、好調だという。テレビ東京やテレビ朝日がそうしたドラマ作りに長けている印象があるが、それは、「ゴールデンタイム・ドラマのルールに従ってもしょうがない」として、別のことを優先にしているからだろう。



 「全裸監督」主演の山田孝之氏は、そうした深夜ドラマにも積極的に出演し、「規模にこだわらない」と公言している。そう考えると、何かヒットの理由が見えてきた気がするのだが。



(西田宗千佳)



※メールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』より転載


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