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殴られることも石を投げられることもなかった。「私が見た韓国社会のいま」<安田浩一氏>

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2019年08月24日 09:10  HARBOR BUSINESS Online

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HARBOR BUSINESS Online

写真8月15日の光復節に行われたデモ。「反日本」ではなく、「反安倍」と書かれたプラカードを持った人々。Photo by: Lee Young-ho/Sipa USA/時事通信フォト
8月15日の光復節に行われたデモ。「反日本」ではなく、「反安倍」と書かれたプラカードを持った人々。Photo by: Lee Young-ho/Sipa USA/時事通信フォト
◆悪化する日韓関係、煽る日本のメディアやネット世論

 日韓関係が「戦後最悪」と呼ばれるほど悪化し、ついには「GSOMIA(軍事情報包括保護協定)」の破棄を青瓦台が発表。日米に大きな動揺が走るまでに至っている。

 この数週間、日韓の対立は泥沼の報復合戦に陥り、関係改善の兆しも見えていない。そして、日本のメディアはいたずらに嫌韓感情を煽るような報道を続け、それに伴い日本国民も嫌韓感情を高まらせており、SNSなどでは「韓国に行くと日本人は殴られる」「石を投げられた」などの流言蜚語を政治家ですらツイートしている有様となっている。

 だが、一度立ち止まって冷静に考える必要がある。

 保守系論壇誌『月刊日本』9月号では、この状況を憂い、「日韓の対立を憂う」として第2特集を組んでいる。今回はその特集から、つい先日韓国に行った、ノンフィクション作家の安田浩一氏が現地で見た韓国の様子、そして日々侵食している「レイシズム」をどう超克していくべきかを語っているインタビューを紹介したい。

◆韓国社会のいま

―― 安田さんは先日取材のために韓国を訪れたそうですが、現地はどのような様子でしたか。

安田浩一氏(以下、安田): 私はこの時期を狙って韓国に行ったわけではありませんが、日本でも報道されている通り、ソウルの日本大使館前では「反安倍」のプラカードを掲げた集会が開かれており、日本製品のボイコットを訴える貼り紙も見かけました。また、テレビでは朝から晩まで日本関連のニュースが報道されていました。

 ただ、私はあえてそうした場所に近づいたからそうしたものを目にする機会が多かっただけで、おそらく一般の観光客には何の影響もないと思います。日本でネトウヨが騒いでいるように、日本人が歩いているだけで石を投げられたり殴られたりすることはまずありません。

 実際、先鋭的に日本製品のボイコットを訴えている人たちも、すべての日本人が日本政府と同じ考えを持っているわけではないことはわかっています。日本ではあまりニュースになっていませんが、韓国のテレビでは日本国内で韓国との連帯を訴えているグループを紹介していました。また、ソウルで日本製品のボイコットを呼びかける旗を設置したところ、市民から批判が集まり、旗を撤去するということもありました。

 もちろん日系企業の売上は落ち込んでいると思います。しかしその一方で、日本語の看板を掲げて日本の居酒屋を模した作りの居酒屋さんがお客さんでいっぱいになっている様子も見られました。

 これはあくまで短期の滞在の中での印象ですが、少なくとも私には韓国が国ぐるみで日本人を排他的に扱ったり、排除しようとしているようには見えませんでした。現地の人たちはむしろ「朝から晩までこんなニュースばかりで不愉快になりませんか」と気を使ってくれました。

―― 日韓の制裁合戦はしばらく続くと思います。そうなると、韓国のナショナリズムが現在より高まる可能性もあります。

安田:韓国ではいわゆるリベラルと言われる新聞社の記者にも話を聞きました。リベラル紙ですから当然文在寅政権を支持しているのですが、彼も現在のような空気が意図しないナショナリズムをもたらすことを危惧していました。

 ただ、彼がわかってほしいと言っていたのは、韓国という国の成り立ちを考えた場合、日本の植民地下にあったという記憶は消えないということです。民族主義はすごく難しい問題ですが、現在の韓国を作る上で民族主義が大きな役割を果たしたことは否定できません。

 私はそのことに一定の理解を示したいと思いますが、日本であれ韓国であれ、偏向で排他的な民族主義が良いとは思いません。韓国がこれ以上排他的に熱狂するようなことになれば、やはり抵抗を覚えます。

 もっとも、私が「韓国はこうあるべきだ」と主張するのは余計なお世話です。日本に住んでいる人間が真っ先に考えるべきは日本のことです。私たちは韓国のことよりも、日本社会がナショナルな空気を肯定していることを問題にすべきだと思います。

◆差別の先にあるのは戦争と殺戮

―― 安田さんは新著『愛国という名の亡国』(河出書房新社)で、排他的な空気や排外主義を批判した昔の政治家や保守派を取り上げています。これに対して、最近はむしろ政治家や保守派が排外主義をあおっています。

安田:その文脈で言うと、私は「昔の保守派は排外主義を批判していた」、「本当の保守派は排外主義を批判するはずだ」と考えるべきかどうか逡巡しています。かつて保守と呼ばれた人たちは、現在も高齢ながら健在です。しかし、彼らが現在の排外主義的な流れに抗っているかと言うと、決してそうではありません。排外主義を批判する保守派は、昔もいまも少数派なのではないでしょうか。

 たとえば、私はこの本で野中広務さんを取り上げましたが、野中さんは保守という枠組みの中で排外主義に抵抗した人だったと思います。野中さんの言葉が目立つのは、彼のような意見が少数派だからです。そういう意味では、直ちに結論は出せませんが、「保守とは何か」ということを改めて考えざるをえない時期に来ている気がします。

―― 現在の日韓関係は戦後最悪とまで言われています。どうすれば日韓関係を立て直すことができると思いますか。

安田:最初の話に戻りますが、日本社会に住んでいる人間が日本を変えていくしかありません。日韓関係で言えば、韓国に対するレイシズムと戦う必要があります。

 私が差別を批判するのは、強靭な理念や確固たる思想があるからではありません。差別の向こう側に戦争と殺戮が見えるからです。日本にはいまこの瞬間も、いつか来るかもしれない「水晶の夜」(ナチスによって行われたユダヤ人迫害事件)を想像して生きている人たちがいます。人が死の恐怖を抱えて生きなければならない社会は絶対におかしいと思います。

 これは生活保護の問題にも言えることです。日本の一部では、生活保護を利用すること自体が不正であるかのように言われています。確かに生活保護を不正に利用している人たちはいますが、それは金額ベースで見ても全体の1%足らずです。それにもかかわらずこの制度を批判し、貧困層を置いてけぼりにしようとすることは、レイシズムと地続きの問題です。だからこそ私は『愛国という名の亡国』でもこの問題を取り上げたのです。

 私たちはしばしば「息苦しい社会になった」と言うことがあります。私自身もこの言葉を使ったことがあります。しかし、エアコンの効いた部屋で椅子に座りながら「息苦しい社会になったぜ」とつぶやくことほど醜悪なことはありません。

 私たちは自分の置かれたそれぞれの立場でレイシズムと戦っていくべきです。評論すべき立場にあるならばしっかりと評論し、研究すべき立場にあるのであればしっかりと研究する。まずはこうした正攻法のやり方で社会を変えていく必要があると思います。

(聞き手・構成 中村友哉)

【月刊日本】

げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

このニュースに関するつぶやき

  • 右左の問題ではなく上下の、というコメントを書こうとして気づく。現代日本に、ジェントルマンや士大夫に対応する言葉がない。それが一番の問題ではないか?
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  • 韓国人もいい人がいるとか、日本にも非があるとか対話をとかそういうことはもういいから。こっちを向くなexclamation
    • イイネ!33
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