91歳の万引き犯が、店長の葬儀に――Gメンが言葉を失った「塩辛泥棒」の切ない思い出

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2019年08月24日 19:02  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

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 こんにちは、保安員の澄江です。

 今年のお盆休みは、台風に直撃されて大変でしたね。帰省先を持たない私は、お墓参りに出かけるくらいで、夏休みのほとんどを自宅で過ごしました。先日、熱中症にかかったこともあり、意識的に外出を避けて、冷房の効いた部屋でおとなしくしていたわけです。休み中は、もっぱらDVD鑑賞。大好きなアルフォートを頬張りながら、先日購入した『万引き家族』のDVDを見ていると、休日には気を使って連絡してこない部長さんから珍しく電話がかかってきました。

(警察から呼び出しでもあったのかしら)

 警察は、供述調書等における誤字脱字の訂正印をはじめ、証拠写真の追加や撮り直しなどが必要な場合、暦に関係なく連絡してきます。どの件かと、最近の取扱事案を思い浮かべながら電話を受けると、いつもは明るい部長さんが重苦しい雰囲気で言いました。

「お休みのところ申し訳ない。実は、訃報が入りまして………」

 聞けば、毎月のシフトに入っているH店の店長さんが、昨夜、脳溢血で急逝されたというのです。享年42歳。10年ほど前から店長を務めておられていた店長は、俳優の古尾谷雅人さんに似たスタイルの良い美男子で、仲間内でも人気の高いお方でございました。最後にお会いしたのは、2カ月ほど前のこと。いま振り返れば、少し嫌な思いをさせてしまったので、あれが最後だと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

 勤務開始、5分前。店内の一角にある事務所に向かうべく、エスカレーターで階下に向かっていると、ペットボトルの飲料水(2L)が入ったダンボールと10キロの米袋を抱えた店長が反対側のエスカレーターに乗って上がってくるのが見えました。荷物を抱える店長の背後には、とても小さなおばあさんが佇んでおり、骨の形が浮き出た油気のない手で店長の腕にしがみついています。すれ違いざまに、店長と目が合ったので黙礼をすると、すぐに戻るので事務所で待っているよう、爽やかに指示されました。小さなおばあさんは、お孫さんと買い物に来た雰囲気で、どこかうれしそうにしています。

「あのおばあさんには、開店当初からお世話になっているんですよ。最近、ご主人が亡くなった上に、足腰が悪くなっちゃって、重い物を買われたときには家まで運んであげているんです」

 事務所に戻った店長は、額に輝く汗をハンドタオルで拭いながら、充実感あふれる表情で言いました。お客さんを大事にする店長の姿に、心温まる思いがしたのは言うまでもありません。

 その日の夕方、何気なく店の出入口を観察していると、朝方に見かけた小さいおばあさんがエスカレーターで降りてくるのが見えました。朝とは違って、妙に周囲を気にしながら歩く姿が、どうにも気になります。よく見れば、使い古された空のレジ袋を隠すように握っており、その持ち方から判断すれば、マイバッグに使用するとは思えません。そのまま目を離さないでいると、漬物売場で足を止めた小さなおばあさんは、少し大きめの袋に入った塩辛を2つ続けて手に取りました。

(え? ここで入れちゃうの?)

 その場で持参のレジ袋を広げて、いわば堂々と2つの塩辛を隠し、レジのない入口の方に向かってよちよちと歩いていきます。途中、青果売場で品出しをしている店長とすれ違いましたが、気付かれることなく通過しました。チラチラと後方を気にしながら、エスカレーターに乗り込み、店の外に出たところで声をかけます。

「警備の者です。おばあちゃん、塩辛のお金、払うの忘れたでしょ?」
「ひっ! あ、え? そ、そうだったかねえ………」

 苦笑いで取り繕いながらも素直に犯行を認めてくれたので、事務所までの同行をお願いすると、不意に左手を差し出した小さなおばあさんが言いました。

「手をつないでもらっていいかしら? ヒザが痛くて、うまく歩けないのよ」

 2人で手をつないで事務所に入ると、特価品のPOPを作成していた店長が、私たちの姿を見て目を丸くしています。

「おばあちゃん、どうした? 具合でも悪くなっちゃったの?」
「いや、そうじゃないんだけど………」

 もじもじと言葉を飲み込む小さなおばあさんに変わって、私の口から状況を説明すると、店長は口をあんぐりと開けて絶句してしまいました。

 被害品は、「塩辛職人」なる商品が2点で、被害金額の合計は859円(税込)です。身分を証明するものも持っていませんでしたが、店長が自宅を知っていることもあって、そこは重視されませんでした。小さなおばあちゃんの年齢は、91歳。足腰の状態は良くないものの、受け答えはしっかりしており、年齢よりは若い印象です。

「買えるだけのお金は、お持ちですよね?」
「申し訳ないけど、お財布を忘れてきちゃったから、一度家に行かないと用意できないねえ」

 家に忘れた財布を取りに帰るのが面倒で盗んでしまったと話していますが、空のレジ袋と家の鍵は忘れずに持ってきているので、ちょっと信用できない話に聞こえます。いずれにせよ、現在の所持金がゼロということに違いはなく、面倒な展開になる気配が漂い始めました。しばし沈黙が流れた後、悲しげな顔をみせた店長が、寂しそうな口調で小さなおばあちゃんに語りかけます。

「………ねえ、おばあちゃん。俺たち、毎日挨拶する関係だよね? 俺、おばあちゃんの家にだって、何度も行ってるよ。なのにどうして、こんなことするのよ? もしかして、いつもやってたの?」
「いつもってわけじゃないよ、ちょっと忘れちゃっただけだよお」
「今まで、たくさんの万引きを扱ってきたけど、こんなに悲しいのは初めてだよ。今までで、一番悲しいな。それ、買ってくれなくていいからさ、今後、ウチの店には二度と来ないで。出入禁止ね!」
「店長、悪かったよお。ここが一番近くて便利なの、知ってるだろお。もう絶対にしないから、許しておくれよお……」

 願い叶わず、立ち入り禁止の誓約書に署名させられた小さなおばあちゃんは、盗んだ商品を返還することで、警察に引き渡されることなく帰宅を許されました。店の外に出るのを確認する意味もあって、一緒にエスカレーターに乗り込むと、小さなおばあちゃんが私の袖口を掴んで言います。

「あんた、こんな年寄りをいじめて、本当に悪い人だよ」

 なにも返す言葉が見つからず、小さなおばあさんの背中を見送って事務所に戻った私に、全身に悲壮感をまとった店長が言いました。

「大事なお客さんだと思って接していたのに、本当にショックですよ。万引きが減るのはいいけど、お客さんまで減っちゃうと困りますよね。今夜は、眠れそうにないな……」

 自分の仕事を全うした結果、関わる人たちに嫌な思いを残してしまった現実が重く、この日は複雑な気持ちを抱えたまま帰路についたことを覚えています。

 通夜当日、ご焼香を終えて会場を出ると、記帳の列に小さなおばあさんの姿がありました。何気なしに後方を振り返れば、素敵な微笑を浮かべた店長の遺影が煌々と輝いています。

(もう許してくれているはずよ)

 心の中で声をかけた私は、少し晴れやかな気分で、一粒の涙を落としました。人のつながりは、捨てたものじゃないのです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

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  • 稚内で塩辛万引きして、職も退職金も年金も何もかも失った警察官がいたっけな。
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