父の“終の棲家”を探して――自宅で同居をケアマネジャーに反対されたワケ【老いゆく親と向き合う】

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2019年08月25日 22:02  サイゾーウーマン

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“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。夫が60歳で脳出血を起こし、在宅でリハビリを続ける藤本千恵子さん(仮名・58)の話を続けよう。

じゃあ、やってやろうじゃない

 認知症の義母ヨシエさんは、特別養護老人ホーム(特養)に入ることができた。夫の公男さん(65)からは、「申し訳ない。自分と結婚しなかったら、こんなことにはならなかったのに」と謝られたという。

 「何言ってるの。私はあなたが好きで結婚したんだから」と返事をした藤本さん。「だから、自分のためにリハビリがんばって! とさらにお尻を叩きました」と笑う。公男さんはどれほど救われたことだろう。

「厳しい妻だったと思いますよ。外歩きのリハビリについていって、睨んでたんだから」

 公男さんが「つらい」「横になりたい」と言っても、藤本さんは許さなかった。そんな妻に、公男さんは「だったらお前も運転やってみろ!」と挑発した。

 苦し紛れに出た軽口のひとつだったのだろう。藤本さんは、ペーパードライバーだった。

「夫が倒れる前、ちょうど新車を買ったばかりだったんです。それで、売り言葉に買い言葉で、『じゃあ、やってやろうじゃない』と。教習所の先生に来てもらって運転の練習をはじめました」

 「一生、ペーパードライバーでもいい」と思っていた藤本さんにとっては、一大決心だった。車に乗れるようになれば、公男さんを連れて遠出もできると考えたのだ。

「映画好きな夫を映画にも連れていけるし、ドライブにも行けるでしょう。バリアフリーのホテルを探して、温泉にも行こうと思いました」

 目標ができると熱が入った。駐車が苦手だったので、先生に教えてもらいながら、スーパーで何度も練習を繰り返したという。そして、とうとうペーパードライバーを返上。公男さんを乗せて、高速に乗る練習までしたというのだから、あっぱれだ。ついには高速に乗って、公男さんが好きな神戸までドライブすることができたのだ。

 一緒に出かけるようになると、公男さんは一気に体力がついたという。

「外に行くと、障害物も多いんです。どうしようかと二人で考えながら、克服していきました。なにより、出かけると楽しい。夫も『すごいもんだな、千恵子は』と感嘆していました」

 食事も、藤本さんよりよく食べる。頭も、倒れる前の状態まで回復して会話もできるようになったというのだから、驚くばかりの回復だ。

特養も入れたし、最後まで要領よくいけた

 藤本さんの“ドライブリハビリ”が効果を発揮し、あちこち旅行に出かけられるようになったころ、ヨシエさんが亡くなった。特養に入所して1年あまり後のことだった。藤本さんと義弟はたびたび面会に行っていたが、ヨシエさんは最後まで藤本さんの顔を忘れることはなかったという。

「『千恵ちゃんの顔を見るとうれしい。世話かけるけど、頼むね』と言ってくれていました。92歳、大往生だったと思います。すんなり特養にも入れたし、夫のリハビリもうまくいったし、結果的に、やっぱり私は最後まで要領よくいけたと思います」

 藤本さんは「要領がいい」と繰り返す。そう自分に言い聞かせながら、次々と襲う困難を乗り越えてきたのだろう。そして、やった分はちゃんと返ってくるのだ。

 でも、これで藤本さんの介護生活が終わったわけではない。人生、山あり谷あり。幾度目かの谷がやってきた。

 公男さんの体調がすぐれない日が増えていた。夜にトイレに行く回数も目立って多くなったため、通っていた病院で診てもらったところ、前立腺がんが発覚したのだ。ホルモン治療、抗がん剤治療がはじまった。公男さんが入院して治療をしていた、ちょうどそのころ、藤本さんの実父にも問題が発生した。

「父が住んでいた家が事情があって取り壊されることになって、住む場所を探さないといけなくなりました。亡くなった義母の家が空いていたので、そこに住んでもらって、私が夫と父をみるという生活もできるんじゃないかと思ったんですが、ケアマネジャーさんに絶対無理だからと反対されたんです」

 ケアマネジャーは、また藤本さん一人に負担がかかることを懸念したのだろう。とすると、父親の住む場所を探さないといけない。

 当時、父親は93歳。認知症はなく、足腰もしっかりしているとはいえ、年相応の衰えはある。しかし、要支援1なので特養には入れない。国民年金しかないので、有料老人ホームに入るのも難しい。そこで選択したのが、「養護老人ホーム」だった。介護の必要性の有無にかかわらず、金銭面や環境面で自宅で生活するのが困難な高齢者を対象とした施設だ。

「うちからは車で20分ほどのところにあって、父と一緒に見学に行って決めました。個室で食事もついています。自宅のような扱いなので、そこからデイサービスに通っています。隣には特養もついているので、今後介護が必要になっても大丈夫でしょう。なんだか、また義母のときと同じように、導かれるようにすんなりと決まりました」

 慣れない環境なので、買い物に行けないことがつらいと父親は言うが、95歳になる今も毎日日記を書いて、ラジオ体操をしているというから、順調だといえるだろう。

「父はほとんど施設にお任せです。夫の闘病は続いていますが、病気のことばかり考えても仕方ないと思っています。二人でおいしいものを食べて、ドライブをして楽しまないとね」

 要領がいいからきっと大丈夫、と笑う藤本さん。その言葉に救われるのは、公男さんばかりではない。誰よりも、藤本さんの力の源になっているのだ。

坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。 

【介護をめぐる親子・家族模様】シリーズ

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  • 体力も気力も、無理しすぎると自分に帰ってきます。アドバイザーに従い、最終的には施設併用を視野に。
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