加害者になる前に被害者だった少年が語った「刑務所はいいところだ」の意味

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2019年08月30日 19:00  週刊女性PRIME

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週刊女性PRIME

『写真集 美しい刑務所 明治の名煉瓦建築奈良少年刑務所』(西日本出版社)より表札

 2019年7月、京都アニメーションでの放火事件は、あまりにも悲惨な結果を招いた。容疑者への怒りの声がインターネットやSNSにあふれた。当然のことだろう。が、しかし、わたしは思った。「彼はなぜそんなことをしてしまったんだろう。なにが、彼をそこまで追い詰めたのだろうか」と。奈良少年刑務所で足かけ10年、受刑者に絵本と詩の授業をしてから、わたしはどんな犯罪でも、まずそう考えるようになったのだ。

「長いこと矯正の仕事に携わっていますが、ひとりとして『背景』がなにもないのに犯罪に至った人を見たことがありません。彼らは、加害者になる前に、被害者であった、そんな暮らしをしてきているんです。生まれつきの悪人なんて、いないと思います」

 わたしが、刑務所で授業を始めることになったのは、教育統括官である細水玲子さんのこの言葉だった。10年間で、合計186名の重い罪を犯した少年たちと接してきて、彼女の言葉が真実だと知った。では、どんな体験をした子が刑務所に来ていたのだろうか。

詩の中に見える少年受刑者の背景

 

 『地図』

 

 子どものころ マンガに夢中になる小学生がいても

 地図なんかに夢中になる小学生は あまりいないだろう

 でも ぼくはマンガよりも 地図が大好きだった

 地図には ぼくが暮らす施設が載っていた

 地図には 離れて暮らす母の団地が載っていた

 地図には 団地の近所の公園やスーパーも載っていた

 

 施設では 先輩のいうことが絶対で ぼくたち年下は 毎日殴られた

 歯を折られた友だち 顔に火をつけられた友だち 風呂で死にかけた友だち

 大切にしていた流行のカードやゲームも

 数えきれないほど取られ売り飛ばされた

 まわりの大人は大事にならない限り助けてくれず なんの役にも立たなかった

 そんな施設が 先輩たちの城であり ぼくたちの牢獄だった

 苦しくて 無力で どうしようもなくて

 こんなところから早く出たくて 毎日だれかが泣いていた

 

 そんなとき 地図を見れば 少し 心が和んだ

 数十キロ離れていても 地図を見れば 母と繋がっている気になれた

 思い出をたどるように 母と通った道や行った場所を 夢中で探した

 みんなが好きなマンガより ぼくは地図が好きだった

 

 ぼくが生きていて 母が生きている時間が 十二年

 ぼくが生きていて 母が死んでからの時間も 十二年

 ぼくにとって一つの節目なので 母に捧げる詩を書きました

 

 作者のAくんは真顔で「刑務所のほうが施設よりずっとましです」と言った。今でこそ養護施設の状況はもっとよくなっているが、彼らが幼いころには、相当きびしい状況だった。

「たいへんやったんやねえ」

「同じ実習場なので、支えてあげられたらと思います」

 教室の仲間が、次々にやさしい言葉をかけてくれる。仲間たちの言葉が、Aくんを癒していく。それどころか、おそらくは慰めの言葉をかけている本人が、自分の言葉に癒されている。友を癒すことは、つらい思いをしてきた自分自身を癒すことにほかならない。

 わたしが見てきた受刑者のなかには、施設で育った子も多かった。なにかのサポートがあれば、犯罪者になることを防げたかもしれないと思わずにはいられない。

「宿題」という言葉さえ知らない子

 わたしが「宿題で、詩を書いてきてくださいね」と言ったとき、「先生、シュクダイってなんですか」と聞いてきたのはBくんだ。親に育児放棄され、小学校にも行かせてもらえなかったから、「宿題」という言葉さえ知らなかったのだ。そのBくんの作品。

 

 『刑務所はいいところだ』

 

 刑務所は いいところだ

 屋根のあるところで 眠れる

 三度三度 ごはんが食べられる

 お風呂にまで 入れてもらえる

 刑務所は なんて いいところなんだろう

 タイトルに思わず笑ってしまったが、朗読を聞いているうちに、胸が痛くなってきた。いったいどんな暮らしをしてきたのか。ご飯さえろくに食べさせてもらえなかったので、コンビニの廃棄弁当で命をつないできたという。さまざまに苦しい目に遭ってきた教室の仲間たちも、さすがに、この詩に賛同する子はいなかった。

「ぼくは、やっぱり家族といっしょに暮らしたいです」

「シャバで、ダチといっしょに遊んでいるほうが、いいです」

「外に出て仕事をして、早く一人前になりたいです」

 なかには「わたくしは以前、医療少年院におりましたが、そちらのほうがここよりずっと待遇がよかったです」なんて言いだす子さえいて、誰ひとりとして共感しない。

 わたしは心配になって、Bくんの顔をそっと見た。否定されたと思って傷ついてはいないだろうか、と思ったのだ。ところが、Bくんは満面の笑みを浮かべているではないか。感想を聞くと、「みんなに、いろいろ言ってもらえて、うれしかったです」という。

 ああ、ろくに言葉もかけてもらえない人生だったのかと、さらに胸が痛んだ。すると、彼がこう付け足したので、わたしはびっくりしてしまった。

いろんな感じ方、いろんな意見があるんだなあって思って、勉強になりました

 なんというしっかりした、そして謙虚な言葉だろう。違う意見の人を否定しない。そこから学ぼうとする。こんなふうに受けとめられるなんて、まるで、金子みすゞの詩『私と小鳥と鈴と』の「みんなちがって みんないい」のようではないか。それを、小学校にも行っていないBくんが、自分の頭でちゃんと考えて、本気で「勉強になりました」と言っているのだ。どうして、こんないい子が、犯罪を犯してしまったのだろう──。

 イランの女子更生施設に取材したドキュメンタリー映画『少女は夜明けに夢をみる』 が、11月2日(土)より岩波ホールほか全国で公開される。解説を書かせてもらったが、ここの少女たちも同じだった。国が違い、性別が違っても、犯罪に追い詰められた陰には、必ず深い悲しみの物語がある。ただ憤り「極刑を」と声をあげるのではなく、その背景に思いをはせてほしい。

 彼らは、さまざまな意味で「弱者」だ。弱いから犯罪にまで追い詰められてしまった。だからこそ、どうしたら弱者である彼らが救われるか、犯罪を防ぐためにどんな支援が必要なのか、真剣に考えていきたい。

『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』
文中の詩を収録した詩集。ベテラン教官に聞いた「子どもを追い詰めない育て方」の付録つき

PROFILE


●寮 美千子(りょう・みちこ)●作家。東京生まれ。 2005年の泉鏡花文学賞受賞を機に翌年、奈良に転居。2007年から奈良少年刑務所で、夫の松永洋介とともに「社会性涵養プログラム」の講師として詩の教室を担当。その成果を『空が青いから白をえらんだのです 


奈良少年刑務所詩集』(新潮文庫)と、続編『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』(ロクリン社)として上梓(じょうし)。『写真集 美しい刑務所 明治の名煉瓦建築 奈良少年刑務所』(西日本出版社)の編集と文を担当。絵本『奈良監獄物語 若かった明治日本が夢みたもの』(小学館)発売中。ノンフィクション『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』(西日本出版社)が大きな話題になっている。 

このニュースに関するつぶやき

  • 《行政》しっかりしてよ!こんなの絶対間違ってる。「刑務所」より居心地が悪い「施設」って何?「施設」が「犯罪者養成施設」になっちゃってるじゃん!
    • イイネ!8
    • コメント 2件

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