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小池秀郎、川口知哉、斎藤佑樹も… 期待外れの『重複指名ドラ1』列伝

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2019年09月02日 16:00  AERA dot.

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写真プロでは苦しんだ平安高時代の川口知哉 (c)朝日新聞社
プロでは苦しんだ平安高時代の川口知哉 (c)朝日新聞社
 夏が終わると、プロ野球界ではペナントレースが佳境に入るとともに、ドラフト戦線も最終局面を迎える。今年も各球団の敏腕スカウトたちが鋭く目を光らせる中、佐々木朗希(大船渡高)、奥川恭伸(星稜高)、森下暢仁(明治大)といった面々が1位指名での競合が予想される。過去にも多々あった「重複指名」だが、ドラフト時の評価の高さ、期待の大きさとは裏腹に、プロ入り後に満足な成績を残せなかった「元ドラ1」も多い。

【ファンが選んだ!平成で最もカッコいいバッティングフォームはこの選手】

 過去、プロ入りの際に最も重複したのは、1989年のドラフト会議で8球団が競合した野茂英雄である。この日本人メジャーリーガーのパイオニアとなったトルネード右腕を筆頭に、古い順に江夏豊(1966年、4球団)、岡田彰布(1979年、6球団)、原辰徳(1980年、4球団)、清原和博(1985年、6球団)、松井秀喜(1992年、4球団)菊池雄星(2009年、6球団)など、球史に名を刻んだレジェンドたちの名前が並ぶ。

 その一方で、1990年のドラフトで野茂と並ぶ過去最多の8球団(西武、ヤクルト、阪神、ロッテ、中日、広島、日本ハム、近鉄)競合の末に入団を拒否し、その2年後に近鉄入りした小池秀郎は、1997年に15勝を挙げて最多勝に輝いたとはいえ、2ケタ勝利はその1度のみ。プロ通算51勝47敗2セーブ、防御率4.40という成績は、アマチュア時代の評価通りとは言えないだろう。

 2007年の大学・社会人ドラフトで6球団(オリックス、横浜、ソフトバンク、阪神、日本ハム、巨人)から重複指名された大場翔太は、さらに苦しいプロ生活だった。東洋大の「鉄腕」として東都リーグ14連勝の新記録も作り、プロ初登板では無四球完封勝利という文句なしのスタートを切ったが、そこがピーク。4年目の2011年に復活の兆しを見せて計7勝を挙げたが、その後は再び「ノーコン病」に悩み、中日にトレード移籍した2016年を最後に現役引退。一時は「斉藤和巳に匹敵する」との声も上がったが、プロ通算15勝21敗、防御率4.39と不完全燃焼のままユニフォームを脱いだ。

 大場と同学年で同じ2007年に5球団(楽天、中日、広島、ロッテ、西武)が競合した長谷部康平も、期待に応える成績は残せなかった。愛知工業大時代に北京五輪のアジア予選メンバーに選ばれて高い評価を得ていたが、プロ初年度の開幕前に左膝半月板損傷で出遅れると、1年目は1勝のみ。2年目に5勝を挙げたが、それを上回る8敗を喫し、首脳陣が期待する「左腕エース」の座につくことはできず。プロ通算11勝19敗11ホールド3セーブ、防御率5.37という結果に終わった。

 もう少し昔の話になれば、1997年のドラフトで4球団(オリックス、近鉄、ヤクルト、横浜)が競合した川口知哉の名前が思い出される。平安高のエースとして甲子園で準優勝に輝き、ビッグマウスぶりでも話題を集めてオリックスに入団したが、フォームを崩して制球難に苦しみ、2軍のウエスタン・リーグで「1試合6暴投」や「1試合15四球」という不名誉なワースト記録を作った。結局、1軍登板は9試合のみ。プロ通算0勝1敗、防御率3.75で未勝利のまま現役から退いた。

 期待が高い分、その反動も大きい。現役選手では、西武の大石達也(2010年、6球団)、日本ハムの斎藤佑樹(2010年、4球団)、田中正義(2016年、5球団)といった面々が、現時点では期待以下の働きしかできておらず、日本ハムの清宮幸太郎(2017年、7球団)も同学年のヤクルト・村上宗隆に先を越された。彼らがこれから評判通り、さらには期待以上の活躍をできるか。はたまた、今秋のドラフトで「重複指名」が予想される“逸材”が来年以降、どのように成長していくのか。ドラフト時に話題と注目を集めた分、彼らには多くのファンが大きな夢を抱いている。

このニュースに関するつぶやき

  • 辻内や酒井、藤王あたりも期待以下だったなあ・・・大森みゆぽんのお父さんもやな・・・。
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  • ハンカチ王子が活躍できないなんて予想もしなかったわ。
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