ホーム > mixiニュース > エンタメ > 芸能総合 > 古市憲寿、芥川賞選考委員からの“厳しい意見”に「戦略で1冊書けるほど暇じゃない」

古市憲寿、芥川賞選考委員からの“厳しい意見”に「戦略で1冊書けるほど暇じゃない」

0

2019年09月06日 11:00  週刊女性PRIME

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

週刊女性PRIME

写真古市憲寿さん 撮影/北村史成
古市憲寿さん 撮影/北村史成

 『百の夜は跳ねて』が2度目の芥川賞候補作となりながら、惜しくも受賞を逃した古市憲寿さん。自身のツイッターでは「ちーーーん。」「まただめだった!!!」と残念がりました。今回の作品は、ガラス清掃をしている若者が謎の老女と出会い、緩やかな変化を体験する青春小説かつ都市小説です。

戦略で1冊書けるほど暇じゃない

 普段、フジテレビ系『とくダネ!』などの異色コメンテーターとして、たびたび炎上もしている古市さん。小説には自身が反映されている部分もあるのでしょうか?

「自分をどのぐらい出すかっていうのは、『平成くん、さようなら』のときも今回も迷ったんですけど、自分が自然に出ちゃう部分もあります。でも、基本的には作中に出てくるキャラクターの心情に寄り添って書こうかなと。だから自分が出ている部分は意図せずして出た、みたいなところが多いと思います」

 主人公は就活が全滅した翔太。彼が目にするのは、タワマンの中の富裕な住人たち。格差社会や非正規雇用という今日的なトピックが見え隠れします。それゆえ、芥川賞の選考委員からは、「いろいろな素材を集めてパッチワークのようにはめ込めば小説になる、という手つきが見え隠れする」と厳しい意見も出たそうです。はたして、その真相は?

「いや、逆に全然狙ってなくて。本当に『百の夜は跳ねて』は1行目から順番に書いていったんです。プロットもなくて。もちろん後から修正しましたけど、基本的には漠然としたイメージだけで書き進めていきました。前作と違う話を書こうっていうのはもちろんありましたけど、せっかく新しい話を書くんだから真逆の話を書こう、ぐらい。正確には、真逆っていうか違うアングルから書こう、ですかね。

 それ以外は何も思っていない。逆に戦略で1冊書けるほど暇じゃないっていうか、そんなに人生無駄にしたくないので(笑)。

 もちろん賞のために書いてるんじゃなくて自分のために書きたいことを書きました。作中に登場する写真と同じで、ともすれば消えてしまう人物や出来事を残したいという思いが強かったです。特に僕は専業作家ではありません。結果として評価されたらうれしいですけど、それよりも読んでくれる人がいるということのほうが心強く思います」

タワマンに住んだ経験が活きた設定に 

 主人公が従事する「ガラス清掃」という仕事を描こうと思ったきっかけはあるのでしょうか。

「タワーマンションに住んだときからですね。ガラス清掃屋さんって仕事が面白いなと思ったんです。それがきっかけです。彼らは、いろんなマンションやビルの中も見ることができる。だけど職業倫理をして自らの存在をさも幽霊のように消している場合も多いと思うんです。

 いまもタワマンに住んでいるんですけど、清掃の日を月の初めに知らされて、その日にはカーテンを閉めたりしてたんですけど、次第に気にならなくなってきて。外でガラスを磨いていても何も思わなくなってくるというか。その感覚がとても不思議というか面白いなと」

 今回の作品で重要な役割を果たすのは老女、そして命の危険と背中合わせのガラス清掃という仕事。どちらも色濃く“死”を意識させます。

死って、今まで僕が書いてきた社会学の本でも評論でも書きにくいテーマだと思うんです。特に『平成くん、さようなら』の安楽死などはそうだと思うんですけど、結論を述べにくい。“死後の世界があるのかないのか”“死とは何なのか”、これらを主観的に語るって、フィクションじゃないと無理だと思うんです。

 “人間が死をどうとらえてきたか”については、もちろん社会学の言葉で語れるんですけど、死が何かとか死んだらどうなるっていうのは、社会学の言葉では語りにくい。

 一方、小説の言葉では語りやすくなるなと思っていて、死は小説で書きたいテーマだと。そもそも単行本にしていない小説の1作目を「文学界」で書いているんですけど、これを書こうと思ったのが祖母が亡くなりそうなときだったんです。

 元気だった祖母が倒れて入院し、それから亡くなるまで半年あったんですが、そのとき感じた感情とか思いは、ノンフィクションや評論の言葉では書きにくかった。だけど何か残したいと思い、小説なら逆にフィクションだから感じたことを素直に残せるのではないかなと。

 それが1作目だったので、“死”は僕の中で小説を書くうえでは、結構、大事というか大きなモチーフではあります」

 非正規雇用で働く20代の翔太と富裕層の老女、2人を出会わせた意図は何ですか。

「別々の理由で世界に絶望している2人が出会うことでこの世界も悪くないなと思うような心情の変化を描きたかった。全然違う立場にいるんだけど、実は同じ感情を抱いている2人……っていうのは書きたいことのひとつで、社会ってそういうものじゃないかと思うんですね。

 一番トップにいる人の悩みと底辺にいる人の悩みは同じかもしれない。世の中は必ずしも格差ってものだけじゃない。階級・格差を超えて、彼らは共通して感じている寂しさとか何かがあると思うんです。だから実は上と下って近いんじゃないかなと思って書いた部分もあります

ライターは見た! 著者の素顔

 勝手ながら年上女性に可愛がられそうな雰囲気の古市さん。案の定、年上転がし発言を連発!
「僕自身、祖母が大好きでしたし、年上の方との付き合いも多い。作品の老女についてはモデルのような人がいます。モデルというほど直接的ではないのかもしれませんが、台詞とかを考えるときに何となく頭にチラチラしていた人。80歳ぐらいの方なんですけど。そういう年は離れているけど、考えることが通じ合っちゃうような人との交流は僕に影響を与えているかな」

ふるいち・のりとし 1985年、東京都生まれ。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に分析、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)で注目される。著書に『誰の味方でもありません』(新潮社)など多数。

取材・文/ガンガーラ田津美 

    あなたにおすすめ

    ニュース設定