『ジョーカー』アメコミ作品初の快挙、ポランスキー受賞に波紋 ベネチア国際映画祭の注目すべき点

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2019年09月11日 10:01  リアルサウンド

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『ジョーカー』(c)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved” “TM & (c)DC Comics”

 現地時間7日に発表された第76回ベネチア国際映画祭で最高賞に当たる金獅子賞を受賞したのは、『ハングオーバー!』シリーズなどを手がけたトッド・フィリップス監督の最新作『ジョーカー』。『ダークナイト』でヒース・レジャーが鬼気迫る演技を披露したことでも話題を集めた、DCコミックスの『バットマン』に登場する悪役の誕生を描いた物語だ。端的に言えば、アメコミ映画が三大映画祭のひとつを制するという前例のない快挙が成し遂げられたということである。これは映画界全体にとって、ひとつのエポックメイキングとなることは間違いないだろう。


参考:各作品詳細はこちらから


 昨年金獅子賞を受賞したアルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』、一昨年のギレルモ・デル・トロ監督作『シェイプ・オブ・ウォーター』と、近年のベネチア国際映画祭は明確にアカデミー賞へと直結する映画祭になり、受賞結果もそちらに寄せられている傾向が目立つ。2000年代後半ごろから賞レースに向けた作品が華々しいベネチアの地でお披露目され、直後にあるトロント国際映画祭で北米プレミアを行い、賞レースで台頭していくという図式が築かれているのだ。


 今年はジョーカー役を演じたホアキン・フェニックスの演技に絶賛が集められ、かつて助演男優賞を独走したヒースと同様に賞レースの主役との呼び声が高く、ワーナー・ブラザースが作品賞にプッシュする作品も『ジョーカー』で決まったようなものだろう。さらにコンペで受賞を逃したブラッド・ピット主演の『アド・アストラ』やNetflix作品『マリッジ・ストーリー』、コンペ外からはNetflixの『ザ・キング』やクリステン・スチュワートがジーン・セバーグを演じた『Seberg』などが、賞レースに名乗りを挙げているようだ。


 また、昨年カンヌを制した是枝裕和監督がフランスに渡って手がけた最新作『真実』もその一角に並ぶ。日本人監督の作品として初めて同映画祭のオープニングを飾っただけではなく、現地メディアからの評価は概ね良好。結果的に受賞には至らなかったとはいえ、名女優カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュの共演などの話題性も相まって、フランス語映画でありながらも充分射程圏内との見方も強い(ちなみに北米配給は数年前に『6才の僕が、大人になるまで』を賞レースに運んだIFC filmsのようだ)。賞レースが本格化する前に公開を迎える日本で、どんな評価が待っているのか楽しみなところだ。


 他にも、オダギリジョーが初監督を務めた『ある船頭の話』が「ベニス・デイズ」部門に出品され上映後に熱烈なスタンディングオベーションを浴び、同じくオダギリが出演している『サタデー・フィクション』は大きな賛否両論とまではいかずとも、ロウ・イエ監督作品らしく評価が分かれる結果に。他にもVR作品部門で『攻殻機動隊』のVR作品が出品されたり、関係者向けの交流イベント「ジャパン・フォーカス」が開催(『楽園』『カツベン!』『人間失格 太宰治と3人の女たち』『蜜蜂と遠雷』が上映)されるなど、例年以上に日本勢の話題が目立つ年となったのではないだろうか。


 そうした中で、今年の最大のトピックとなるのは第二席に当たる審査員大賞をロマン・ポランスキー監督の『L’Accused』が受賞したことではないだろうか。現在公開されているクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で描かれた“シャロン・テート事件”の被害者遺族でもあるポランスキーは、同事件の数年後、当時13歳だった子役女優への性的行為により法定強姦罪などの罪に問われ逮捕。その後勾留期間を経て一度釈放されたのちにアメリカ国外へ亡命し、現在に至るという背景がある。ポランスキーが事件を犯すに至った心理的な背景や、担当裁判官によって司法取引が反故されるような手続きがあったことや、被害者側からや担当弁護士からの起訴取下げが相次いで棄却されたことなど、この事件は時を重ねるにつれ複雑さが増している。


 会期中に審査委員長であるルクレシア・マルテルは「作品と作り手を切り離すことはできない」という声明を発表し、コンペティション部門への出品を認める一方で、プレミアへの出席などのポランスキー監督を祝福する行為を拒否。しかし、結果的に位の高い賞が贈られたことに大きな反発の声が上がり、授賞式では大きなブーイングが起こった。振り返ってみれば、『テス』でアカデミー賞にノミネートされたり『戦場のピアニスト』ではカンヌ国際映画祭パルムドールとアカデミー監督賞、『ゴーストライター』でベルリン国際映画祭の監督賞を受賞するなど、事件後もポランスキーの作品は幾度となく高い評価が与えられてきたことは周知の事実であり、その都度なんらかの批判は散見されていた。


 それでも今回の受賞に関しては、一昨年から映画界を揺るがしている「#MeToo」や、それを受けてポランスキーが映画芸術アカデミーから追放されたことなどからも、これまでとは異なる意味合いが感じられる。少なくとも、マルテルの発言をもってしても“切り離す”に足るだけの評価をすべき作品であると判断がされたということであり、そして言うまでもなく受賞したからといって彼が犯した罪が消えるものでもない。この受賞結果を受けて、「作品と作家の関係性」についての議論がより大きく進められていくことになるだろう。 (文=久保田和馬)


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