『いだてん』上白石萌歌が語る、偉人・前畑秀子との同化 「水泳にかける思いもリンクするように」

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2019年09月15日 10:01  リアルサウンド

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『いだてん』写真提供=NHK

 阿部サダヲ演じる田畑政治が主人公の第二部へと突入して、2カ月半が経った大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』。田畑率いる日本競泳陣が大旋風を巻き起こした1932年のロサンゼルスオリンピックのムードから一転、物語には徐々に暗い戦争の影が見え始めた。


 そんな中、ロサンゼルスオリンピックで銀メダルを勝ち取りながらも、わずかの差で金メダルを逃したことを責められてしまうのが、上白石萌歌演じる前畑秀子だ。斎藤工、林遣都、大東駿介ら競泳陣を演じる役者たちが好演を見せるなか、一際大きな輝きを放っている。物語はこの後、伝説となった「前畑ガンバレ!」の舞台、ベルリンオリンピックへと突入していく。


 現在まで語り継がれる偉人・前畑を上白石萌歌はどう演じたのか。撮影前の準備から、共演者とのエピソードなど、じっくりと話を聞いた(編集部)


参考:阿部サダヲが語る、『いだてん』第二部の見どころ 「笑えるし泣けるし話し合える」


●どれだけ水泳に熱を注げるか


ーー役作りのため、水泳選手に肌の色や体型を近づけていったそうですね。


上白石萌歌(以下、上白石):日焼けサロンにも通ってなるべく当時の水泳選手の肌の色に近づけるよう準備をしていたんですけど、ロサンゼルスとベルリンオリンピックの名古屋ロケでさらに肌を焼いてしまって。ドーランがいらなくなるくらいには肌が黒くなり、前畑さんご本人に近づけた気がしてすごく嬉しかったです。


ーー肉体改造では7キロ増量したとのことですが、どのような食事を摂っていたのでしょうか。


上白石:食生活はサポーターの方が主に管理をしてくださったんですけど、一時期すごく運動をして食べる量も増やしているつもりなのに、体重の増加が停滞してしまった時期があって、その時にひたすら脂質を摂らなきゃいけなくなった時はつらかったですね。肉の脂身の多い部分だったり、夜中にパスタやお菓子もよく食べていたし、コンビニのショーケースで売っている唐揚げとか、食事も1日5回摂ったり、寝る前に食べたり。自分が太っていくのが嫌というよりかは、精神的につらかったです。でも、肉体からのアプローチによって、前畑さんの生き様を自分の中に自然と落としていく時間をいただけました。


ーー「前畑さんの生き様」とは?


上白石:1930年代は、まだ女性の地位もそんなに高くはなくって。女学校を出たら嫁ぐのが普通だった中、蔑むような酷い言葉はなかったですけど、セリフの端々で男女(おとこおんな)と言われていたり、きっとその時代、秀子も普通ではない扱いを受けていたんだと思うと胸が痛くなりました。日本人初の金メダリストとして、当時の女性進出に影響を与えた人であり、幼い頃に両親を亡くしている方でもあるので、強い信念だとか、水泳にかける愛情、そういった強さを持っている方だと思っています。


ーー『いだてん』の中で前畑は、役所広司さん演じる嘉納治五郎に並ぶほどの著名人ですが、そういった人物を演じるプレッシャーは?


上白石:前畑さんが物語にどれほど影響を与えていた人かというよりかは、自分がその役を全うできるか、短い期間の中で水泳に熱を注げるかとか、そういうことを考えていたので、あまりプレッシャーは感じてはいませんでした。撮影が終わって、第二部のキーパーソンとして私がテレビのなかで生きるんだなって思うと変な気分になります。


ーー演じていて前畑さんに共感する部分はありますか?


上白石:前畑さんは時代の星で、特別な女の子とされていましたけど、自身は普通の心を持った女の子でした。大会の直前に「勝てへん!」って控え室を走り回ったり、男子選手ならこの人がかっこいいよねみたいな話を女子部屋で繰り広げたり、そういった一面を持っている部分にすごく共感をしています。普通の心を持った1人の人間だし、プレッシャーも期待も不安もずっと胸の中にしまって戦っていたんだと思うとすごくその役にかける思いも膨れ上がっていく感じがしました。通ずる部分と言えば、もともと私も水泳が好きで、中でも平泳ぎが好きだったので、水泳にかける思いも、飛び込む前の目つきの変わり方もリンクするといいなと思って、私も水泳の練習に取り組んでいました。


●田畑政治がいなければ日本水泳界の今はなかった


ーー阿部さんとの共演はいかがでしたか?


上白石:阿部さんは役の方から阿部さんに染まっていく感じがしています。何をしていてもものにしてしまうし、台本が見えないし、本当に阿部さんの体とか口から出た言葉、動きという感じがするので、役が生きているってこういうことなんだなってすごく思いました。田畑さんは見ていて面白いですし、人間味があって、チャーミングな役ですよね。


ーー田畑との共演エピソードはありますか?


上白石:全編を通して2回、阿部さんを水の中に落としているんですよ。泳ぎ終わった後に田畑さんから「前畑よく頑張った!」って手を差し伸べられてそこから引きずり落とすっていうのと、ベルリン前にももう一度水に落とすシーンがあって。台本を読んでいてもそんなに激しいことは起こらないだろうと思っていたし、どちらも落とすつもりはなかったんですけど……(笑)。「『ガンバレ』って言えばいいんだろ」ってセリフもあるくらいに秀子も「ガンバレ」っていう言葉をあまり面白くは思っていないというのもあり、気持ちがすごく乗って阿部さんを水の中に叩き落としてしまいました。


ーー前畑は田畑をどのような目線で見ているのでしょう?


上白石:私が演技の中で、男女(おとこおんな)って言葉をかけられた時は、そんなに嫌な感じはしなかったんです。相手が阿部さんというのもあると思うんですけど、私はその当時の女性に対して「男も女も関係なくあなたは強いよ」って言ってくれたように私は受け取っていて。田畑さんは一見口も悪いし、何を言っているかよく分からないし、すごくコミカルな人物なんですけど、誰よりも水泳を愛している。ヒトラーと言葉は通じなくても体で会話をして、日本の水泳を引っ張っていこうという思いを端々に感じていたので、ああいう人物でなければきっと日本の水泳はここまで行っていなかったんじゃないかと思います。


ーーベルリンオリンピックで前畑は金メダルを獲得します。前畑に注がれる「前畑ガンバレ!」は有名です。


上白石:「前畑ガンバレ!」って言葉を日本から浴びるように受け取っていた彼女は、それをプレッシャーに感じていたこともあったと思うんですけど、日本から届く電報とか、生の声がそのまま彼女の活力になっていたんだろうなと。日本人選手団は1日で声を枯らしてしまうくらいにたくさん声を届けてくれて、それは泳いでいる最中も、顔を上げた瞬間に一気に耳にぶわっと入ってくるくらいで、その声援は心強かったんだと思います。


ーー「前畑ガンバレ!」はトータス松本さん演じる河西三省アナウンサーの名台詞ですね。


上白石:前畑さんは和歌山県出身の方で橋本(市)に住んでいた方なので、この役をやると決まって現地に行きたいなと思い、1日お休みをいただいて前畑秀子記念館に足を運びました。その中に当時のレコードがそのまま残っていて、聞かせていただいて、その当時ってA面で3分か4分くらいが限界で、その中に収まるくらいの速さで泳いでいたんだなって思うと本当にすごいことですし、それが印象的でした。


ーー上白石さんは前畑に向けられた「ガンバレ」という言葉について、どのように感じていましたか?


上白石:私は「ガンバレ」という言葉はプラスにしか受け取ったことがなかったんですけど、「『ガンバレ』のほかに何かないの?」というセリフがあったりするくらい、当時の前畑さんはガンバレしか言われない時期があって。「ガンバレ」という応援の言葉もマイナスに変わってしまうくらい追い詰められていたんだと思います。ロサンゼルスオリンピックでは実況放送ができなかった河西さんが「4年後はちゃんと実況放送できるように頑張ります」って言っていたのに、その4年後は「ガンバレ」としか言えなくて。でも、日本中が秀子の泳ぎに、一瞬も目を離さずに心から応援していた気持ちが声になっていたのが「ガンバレ」だと思うので、それはそれで素敵だなと思います。(取材・文=渡辺彰浩)


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