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60年ぶりの「再会」…女流画家・三岸節子が描いたアイドル

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2019年09月16日 11:30  AERA dot.

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写真1958年3月、三岸のアトリエで絵を見つめる浜村美智子(右)。アトリエには三岸が好んで描いた花の絵が並ぶ (c)朝日新聞社
1958年3月、三岸のアトリエで絵を見つめる浜村美智子(右)。アトリエには三岸が好んで描いた花の絵が並ぶ (c)朝日新聞社
 約60年前、話題となった「週刊朝日」表紙コンクール。表紙絵のモデルの浜村美智子さんと原画の再会が実現した。

【写真特集】浜村さんやバレリーナの貝谷八百子さんらを描いた当時の表紙画や貴重な写真、原画などはこちら

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「かなり前のことだから、よくは覚えていないのですが、私を描いた絵に60年以上を経て対面できたのは、この絵に再会しなければならなかったという運命を感じます」

 1958年、「週刊朝日」の表紙絵のモデルとなった浜村美智子さんはそう話した。

「週刊朝日」では、51年から8年間、小磯良平、佐藤敬、岩田専太郎、東郷青児、小絲源太郎、木下孝則、児島善三郎、宮本三郎、花森安治、宮田重雄、林武、三岸節子、猪熊弦一郎、荻須高徳、岡田謙三らの画家15人が表紙を描き、どれがよかったかを読者に投票してもらい、原画をプレゼントする表紙コンクールが行われていた。

 その中で三岸節子が57年にバレリーナの貝谷八百子を描いた原画が2017年に一宮市三岸節子記念美術館(愛知県)に寄贈され、さらに58年に歌手の浜村美智子を描いた原画が、同美術館の開館20周年という節目の18年に当選者の遺族から寄贈された。56年にはバレリーナの谷桃子も描いているのだが、この原画は行方がわかっていない。

「三岸は『相手に気兼ねや気苦労をするのが厭』と、人を描くことがほとんどなく、この3点は三岸が人物を描いた非常に貴重な絵なのです」と同美術館の長岡昌夫さんは、この肖像画の資料的価値の高さについて話す。

 三岸のモデルになった3人の中で唯一存命である浜村さんは、絵を眺めていくうち、モデルになった当時の記憶がよみがえってきた。

 浜村さんは57年に、18歳でのデビュー曲「バナナ・ボート」が230万枚を超えるヒットを記録し、カリプソブームを巻き起こした。さらに当時としては異例のアメリカでのレコーディングも行うなど、10代のカリスマアイドルとして大きな注目を集めた。

「このとき、髪は茶色で腕なんか組んじゃって、まだ10代後半で生意気盛りだったんでしょうね。でも、三岸先生の絵のモデルになり、『週刊朝日』の表紙になったことは大きな思い出です。私にとって歴史的な出来事ですね」

(文/本誌・鮎川哲也)

※週刊朝日  2019年9月20日号

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