『いだてん』が問いかけた“民族”とは何か 三宅弘城のセリフに込められた“平和の祭典”への思い

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2019年09月16日 13:41  リアルサウンド

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『いだてん』写真提供=NHK

 『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』(NHK総合)第35回「民族の祭典」が9月15日に放送された。二・二六事件が描かれた前話で「それでもオリンピックがやりたい!」とオリンピックへの情熱をぶつけた政治(阿部サダヲ)。しかし今回、政治は「好きじゃない、このオリンピック」と言葉を漏らした。今回の演出で印象的だったのはナチスの腕章。そして播磨屋の足袋と日本の国旗。ナチスの存在を筆頭に、国と国、人と人との不和が、少しずつ生じ始めている。


 まずはナチスの腕章だ。1936年夏に行われたIOC総会。次回開催地を決める投票を前に、治五郎(役所広司)はIOCアメリカ代表と言葉を交わすのだが、アメリカ代表が「日米で、ヨーロッパを負かしましょう」と発したとき、その画角にナチスの腕章がデカデカと入り込んだ。その言葉に笑顔を返した治五郎だが、それはアメリカ代表から「日本に票を投じる」という旨を伝えられたからこそ。アメリカ代表が発した一言や映り込むナチスの腕章から、平和の祭典には似合わない悪い兆しが察せられる。


 「オリンピックは開放されるべきである。全ての大陸、全ての国、全ての民族に」という治五郎のスピーチはその場にいた人々の心を打つものだった。満州事変の交渉役を務めたIOC中国代表の王正廷もその1人だ。「同じアジア人として、わたし、東京を支持する、しかなかった。スポーツと政治、関係ない」と言った王の言葉は、ここ数回の物語で描かれてきたスポーツと政治の結びつきを断つ台詞のはずだった。しかし直後に現れたIOC会長・ラトゥールは、政治に耳打ちする。


「日本はヒトラーに感謝したまえ」


 困惑する政治の近くにもナチスの腕章が映し出される。ベルリンオリンピックが開催されると、政治の目に飛び込んできたのは無数のナチスの旗だ。旗を見つめる政治の怪訝な表情が切ない。政治に耳打ちするラトゥール、暗闇から現れるヒトラー、ヒトラーのオリンピックへの関与を疑っていた河野(桐谷健太)の映像が続く。開会式に現れたヒトラーの背中から、スポーツと政治が強固に結びついてしまったことが伝わってくる。


 もう1つ印象的だった演出に播磨屋の足袋が挙げられる。ベルリンオリンピックでは、金栗四三(中村勘九郎)と同じくハリマヤ足袋を履くランナー・孫基禎(そんきてい)と南昇竜(なんしょうりゅう)が出場。彼らが走る様子は、土を蹴るハリマヤ足袋を通じて映し出された。各国の選手が暑さに苦しむ中、前へ前へと進む足元は勇ましい。そして播磨屋の足袋も、新たな選手が力をつけていくように、変化し続けてきた。いわゆる足袋から“こはぜ”が取り除かれ、足底にはゴムがつき、紐で結べるようになったハリマヤ足袋。ゴールへと近づく孫選手の足袋は、土で黒く汚れていたが破れても壊れてもいなかった。


 孫選手と南選手はマラソン競技で金メダルと銅メダルを獲得した。かつて金メダルを目指し走り続けた四三は涙を流して彼らの功績を讃えた。マラソン選手のために足袋をつくり続けた辛作(三宅弘城)たちも大喜びだ。


 しかし本ドラマは、この時代にまつわる物語から決して目を背けない。五りん(神木隆之介)の口から「表彰式で、優勝した選手の出身国の国旗が掲げられ、国歌が演奏されることを、孫選手と南選手は知らされていませんでした」と語られ、国歌演奏中、目を伏せて立つ孫選手と南選手の姿が映し出される。彼らの祖国は朝鮮だ。彼らは祖国の国旗も掲げることも国歌も斉唱することもできなかった。彼らの心中を察する四三や小松(仲野太賀)。そんな中、辛作が発した言葉が、もっとも「平和の祭典」らしい台詞となった。


「俺はうれしいよ。日本人だろうが朝鮮人だろうが、アメリカ人だろうがドイツ人だろうが、俺の作った足袋履いて走った選手はちゃんと応援するし、勝ったらうれしい」


 ベルリンオリンピックの選手村では、期間限定の平等としてユダヤ人が「ドイツ人」として働いていた。しかしナチス式敬礼を掲げる彼らの目は怯えている。ヒトラーは活躍したアメリカの黒人選手との握手を拒否し、孫選手と南選手は「日本人」として掲げられた日の丸を見る。「民族の祭典」が指す「民族」とは何なのか。かなり皮肉なタイトルだが、ハリマヤ足袋を履く選手を純粋に応援する辛作の台詞は、現代を生きるわたしたちにも響くものがある。


 不穏さの漂う回ではあったが、『いだてん』に再び登場した杉咲花に喜びを感じた視聴者も多かったのではないだろうか。杉咲が演じるのはシマの娘・リク。リクはお針子としてハリマヤ製作所で働いており、4年後のオリンピックを目指す小松のためにハリマヤ足袋をつくった。リクの笑顔は、シマの落ち着いた優しさを残しながらも明るく愛らしい。どうかこの先の物語でも、リクとリクを取り巻く人々が幸せであってほしいと願う。(片山香帆)


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