ホーム > mixiニュース > エンタメ > 芸能総合 > ヘアヌードの脱がせ屋 高須基仁が死去 最期に見舞った連載担当者が明かす秘話

ヘアヌードの脱がせ屋 高須基仁が死去 最期に見舞った連載担当者が明かす秘話

5

2019年09月18日 22:40  AERA dot.

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

AERA dot.

写真在りし日の高須基仁さん(撮影・多田敏男)
在りし日の高須基仁さん(撮影・多田敏男)
 数多くの有名女優を脱がせ、ヘアヌード写真集のプロデューサーとして一世を風靡した高須基仁さんが9月17日、肺がんのため71歳で死去した。高須さんは、週刊朝日で「修羅場 土壇場 高須場」というコラムを連載をするなど、執筆活動にも力を入れていた。

 週刊朝日の当時の編集担当者は、亡くなる1カ月前に病院で会っていた。そのときの様子をこう話す。

「お見舞いに行くと、高須さんはベッドで寝ていて、頬はこけ、腕に点滴注射の針の痕がたくさんあり、痛々しかったですね。ちょっと弱々しかったけど、言葉は相変わらずでした。『オレはガンで余命1カ月だ。オレがしゃべるから、それを書いてくれていいよ』と頼まれていたんです」

 自分の死について語ろうとするなど、最後まで情報発信に前向きだった。

 出版社を経営し、自身の著書を数十冊出版していた。高須さんの最新刊は「ボウフラが女肌を刺すよな蚊になるまでは泥水呑み呑み浮き沈み──美女が脱ぐ瞬間<part2>」。過去に出したヘアヌード写真集で、脱がせ屋として自分がどうやって女優をくどき、撮影したかの舞台裏を書いた。

「ベッドの上で、高須さんは自分の本の話をしながら、『テロよりエロだよ』と言っていました。エロで平和をというのが高須さんの持論なんです」(担当者)

 高須さんは学生運動でも活躍し、かつての防衛庁に突っ込んだ逸話がある。社会人となってからは、おもちゃ会社に就職し、その後芸能や出版分野で存在感を発揮した。

「高須さんは毎年8月15日、新宿ロフトプラスワンで開かれる反戦イベントに出席しているんですよ。今年も車椅子で出席したそうです」(同)

 ロス疑惑の三浦和義氏、歌手で俳優の清水健太郎、天地真理、将棋の林葉直子さんら人脈は広かった。

「何かしでかした人に対するやさしいまなざしがありましたね。やり直せる機会があったっていいじゃないかと言っていました。それでいろんな人が彼に集まり、仲介役となっていました」

 本誌連載「修羅場 土壇場 高須場」は、安西水丸氏のイラストとともに掲載された。芸能レポーターの梨元勝さんの同時連載とともに、芸能界の事情がわかると好評だった。

「梨元さんが芸能界の表の連載で、高須さんが裏の連載。高須さんはトラブルメーカーであり、かつまたトラブル交渉のうまい人でした。どうにもならなくなったもめごとをどうにか丸く収めていた」

 記者は、高須ネタで元横綱の朝青龍のスキャンダルで動いたこともあった。

 付き合いのあった女性編集者はこう言う。
「ずいぶん噂話をばらまかれて、ひどい迷惑をかけられましたが、たまに光ることを言うんですよね。まぁ憎めない人でした」

 前出の連載担当者は、
「私の結婚式に呼んでくれというので、高須さんを呼んだら、スピーチしたのはいいんだけど、『男は黙ってマグロになる』と言って、笑わそうとしたんですが、会場がしらけちゃったことがありましたね」

 高須氏の長男から連絡を受けた本誌担当者はこう振り替える。

「ガンが脳に50か所も転移していたそうです。最後は誤えん性肺炎も併発していました。またお見舞いに来ますと言って、手を握って別れたのが今も忘れられません」

 高須さん、取材での感謝を込めてご冥福を祈ります。合掌。
(本誌 上田耕司)
※週刊朝日オンライン限定記事

【おすすめ記事】23歳セクシーモデルの「処女」が3億円! 落札した「東京の政治家」とは?


このニュースに関するつぶやき

  • 合掌。
    • イイネ!1
    • コメント 0件
  • 第二次ブントで三上治や神津陽の後輩 → 中大社学同委員長(後の叛旗派) https://plaza.rakuten.co.jp/takasumotoji/diary/20140419/
    • イイネ!3
    • コメント 3件

つぶやき一覧へ(3件)

あなたにおすすめ

ニュース設定