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突然の活動終了宣言。ル・ボーセ・モータースポーツ坪松唯夫代表が語る『去り際』

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2019年09月19日 14:21  AUTOSPORT web

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写真ピレリスーパー耐久シリーズもてぎ戦を前に、突然の“活動終了”を明かしたル・ボーセ・モータースポーツの坪松唯夫代表
ピレリスーパー耐久シリーズもてぎ戦を前に、突然の“活動終了”を明かしたル・ボーセ・モータースポーツの坪松唯夫代表
 9月14〜15日に行われたピレリスーパー耐久シリーズもてぎ戦を前にした9月11日、突然自身のSNS上で、ル・ボーセ・モータースポーツの坪松唯夫代表がチームと自身のレース活動終了を発表した。その発表はレース界、そして関係者を騒然とさせたが、決断の理由と将来について、坪松代表自身に話を聞いた。折しもチームのホームコースである、ツインリンクもてぎでのスーパー耐久の第5戦では優勝も飾っており、まだ一線級の実力があるにも関わらずの発表となった。

 ル・ボーセ・モータースポーツは、かつて片山右京氏と筑波で出会った坪松代表が興したメンテナンスファクトリーをもとに、2003年に会社として設立。ジュニアフォーミュラを中心に活動を続け、フォーミュラ・ニッポンにも参戦したほか、ピレリスーパー耐久シリーズに参戦してきた。

 そんななか、突如として発表されたレース活動終了の宣言。坪松代表のドライバー育成能力には定評があり、惜しむ声は少なくなかったのだが、その理由はなぜなのか。坪松代表を直撃し、語ってもらった。

* * * * *

■考えていた“去り際”
 自分でも早いな、とは思っています。こういう、会社も身体もいちばん健全なときに、本当にいいのかどうかと。でもいい時に“仕舞いたい”というのは考えていて、どちらにしても自分で始めた会社だから、終わるときはしっかりね。自分がリタイアしてからでは迷惑をかけてしまうし、何もできなくてフェードアウトしちゃうのはもっと最悪だから。だったら、いちばんいい時に辞めるんだっていうのは、何年も前からずっと考えて進めていたこと。

 ただ、それが今年の、今の時季というのは、自分でもちょっと早かったかな、と思うんだけど、家族のタイミングとかを含めると、今回のタイミングがベストだと。今回スーパー耐久のレースウイークに“当てた”のはちゃんと理由があって、しっかり現場で挨拶もできるし、説明もできるし。だから、そういった部分では、まわりに対してもちゃんと説明しなきゃいけないなと思っていました。来週はスーパーGTもあるので、そこで直接お礼もできるし。やっぱりお世話になった人はたくさんいるから、そこはしっかりしたいというのがありました。

 なんだろうな、言葉で言うとかっこいい形になっちゃうけど、ずっと30年以上もやっているけど、レースをやりながら、去り際というのは自分の中でも考えていました。「俺はやりきって、やりきって終わる」ということで、“完全燃焼”ということで考えると、やりきっているのが今なんです。いい状態でしっかりもできているし、まだ最後までパワーが落ちないままで、今シーズンを終われるようにしているから。そういう部分では不完全燃焼じゃないなと。

 最後までクタクタになってもやっているのが不完全燃焼で、人によってスタンスはあると思うんです。プロ野球選手なんかでも、もう投げられない、打てなくなるまでやって、キャリアをまっとうしてグラウンドで死ぬという人もいれば、いちばんいい時に、見切って辞めるという人もいる。自分といろんなものを見てね、そういう部分なんですよ。

 だから本当に、業績が悪いとか、そういう理由ではないんです。しっかりと自分でいいタイミングを作れたと思っています。年齢的には今、55歳。でもうちは特に若い子たちをしっかり指導するというのがあるから、今55歳で、あと10年間若い子と向き合っていけるかというと、たぶん今まで以上に、時代の背景とかもあるでしょうし。自分のスタイルが基本根性論だし、『相手はこうやってるんだぞ〜!』ってプレッシャーかけながら、叩いて叩いて燃えさせて、『負けねぇぞ』ってやるタイプだから。

 それがあと10年間、もっとパワーを上げてできるか。若い子たちがそういうパワーを受け止められるか。『あと10年』は無理ですね。それは自分のモチベーションで、あと2〜3年はできるかもしれないけれど、2〜3年やって『今の子はそうだな、自分はこうだな』と辞めるのは嫌なんです。だからきっかけはないです。きっかけというより、ずっと“去り際”を考えていたから。いい言い方をすると。

■残りのシーズンを気負わずに。
 止めた後は、細かく考えてはいないというか。ただ仕切るのは大好きだから、あと10年間はひとりでします。それは決めている。でも、レース業界からは全部離れます。ですから、基本的に何かボランティア的なことはやるかもしれないけど、どこかに肩入れして手伝うとか、何かしら指示するとか指示されるのは、まっぴらごめんですね。

 レースというのは、上に立って動かしていることほど刺激のあるものはないし、責任のないレースほどつまらないものはないので、だからこの風景は今が基本的に見納めです。な〜んて言って、サーキットにいたりして(笑)。基本はどこかのチームの服を着ているとか、そういうのはないですね。夏だったら、釣りのTシャツを着ているかもしれない。そのくらいの、基本は気楽な感じです。

 指導者になってほしいという意見もあるらしいですね。言ってくれるのは嬉しい。でも、それは新しい人がやらないといけないですね。俺らは今から30年前にやって、自分の辛さとか悔しさをバネにして、ドライバーと一緒に呼吸を合わせてやってきているので。じゃあ、それを俺が55歳から60歳にかけて、その年代の人がやっても、指導者としてはダメですよ。解説をやるなんていうのはいいかもしれないけど、指導者はもうちょっと若い方がいい。

 俺はドライバーと肩を並べてやっているやり方なので、やっぱり時代が若い人をもっと欲してやらないと。だって、技術とかレース界、いろんな進歩がある中で、ある意味、変わっていないのは人間。「30年やっているからできている」みたいな感じが嫌なんですよね、うん。だから、まったく指導者っていうのはないですね。

 解説とか、みんなのためになることであれば、ボランティアでできるし。ただ、こういうのはパワーがいるのに、何しろ時代に動きがなさすぎるから……。俺は刺激って、どっちかというと湧いてくるものじゃなくて、作り上げるものだと思っているから、毎年ドライバーを入れ替えたりだとか、新しいことをやるっていうのは、自分に刺激を与えていたわけですよ。

 まぁ、見方によっては“かっこいい逃げ方”になっちゃって。でも、かっこよく終わりたいとは自分で思っていたからね。嫌なんですよ、自分が枯れていくのが。来年の3月ぐらいの『おぼろげビジョン』はあるんだけど、楽しいんだ、そういうのを考えるの。

 ただ今シーズン、スーパー耐久がもうひとつ、F4が4戦、FJが日本一決定戦を含めて3戦あるから、今までと同じスタンス、同じ空気、同じ流れで、普通にレースをやります。気負わずに。
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