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菊谷崇が日本代表の勝利に期待「子どもが憧れる存在になってほしい」

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2019年09月20日 10:32  webスポルティーバ

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レジェンドたちのRWC回顧録 2011年大会 菊谷崇(後編)

 さあ、ラグビーが日本を熱くする。ラグビーワールドカップ(RWC)日本大会が9月20日に開幕する。ラグビー関係者、とくに歴代の日本代表経験者にとって、気持ちの昂ぶりは特別だろう。2011年RWCで主将を務めた菊谷祟さんは、「日本代表を純粋に応援しています」と声を弾ませる。

「人気がすごく出ていて、うれしいですね。これで勝利という結果が出ると、さらに日本ラグビーがアジアの中、世界の中でも注目されます。そういう意味では、結果を残してくれることを祈っています」

 菊谷さんが主将を務めた2011年RWCニュージーランド大会では勝利を挙げることができなかった。「2勝」という目標を掲げながら、1分け3敗に終わった。理由は多々あろうが、チーム作りで苦労した。

 2011年3月11日、東日本大震災が起きた。福島第一原発事故への不安などで来日を躊躇するチームが出たこともあり、日本で開催予定だった4月、5月のアジア五か国対抗はすべて海外で行なわれた。また、7月のパシフィックネーションズ杯もサモア戦を除き、日本からフィジーに会場を移した。菊谷さんの述懐。

「ワールドカップまで、ほとんど海外にいて、チームとしては難しいところがありましたね。とくにメンタル的なところです。戦うためのメンタル・コンディションというか、ずっと家を離れるので……。当初のスケジュールでは、家族を呼んで、チームとして団らんする時間を持つプラニングをしていたのです。でも、ずっとラグビーということになり、ワールドカップまで常にラグビーと向き合うことになりました」

 その点、今大会の日本代表は「地の利」があろう。言葉の問題にしても、海外生活での不便を味わう必要がない。リカバリー(疲労回復)やメンタル・コンディションなど、選手には有利に働くことになる。よき準備をすることができる。

――今年のチームとしての目標は『ベスト8以上』です。どこまで行ってほしいですか。

「行けるところまで行ってほしいですね。僕らが応援できる時間が長ければ長いほど、うれしいですから」

――ラグビー専門家の人で『優勝』と予想する人もいますが。

「それは、わからないですよ。優勝する根拠がよくわからないので。僕は未経験ですしね。ベスト8の壁を突破できるかどうかもわからない。日本代表のみんながね、想像以上にしんどい練習をして、いろんなものを犠牲にしてきたと思うので、そういったものが報われる結果がついてきてほしいのです。最後、”ああ、いいワールドカップだったな”と選手が思える大会であってほしいですね」

――好成績を残すためのポイントはなんでしょうか。

「そりゃ、ファンの声援でしょ。ほかの国と違って、日本は慣れ親しんだ環境でプレーできます。逆に、それがプレッシャーになる可能性もありますけど。こう、純粋にラグビーをみんなが応援する環境って素晴らしいじゃないですか。このあいだの南アフリカの試合(●7−41)でも、たくさんの人がスタンドに入って、大勢の人が日本のジャージを着て、応援していました。選手たちが気持ちよく、誇りを持ってプレーできるというのが、一番重要かなと思っています」

――菊谷さんも熊谷ラグビー場に行かれました。南アフリカ戦、日本はどうでしたか。

「あまり、よくなかったですね。というか、南アフリカがよすぎた。スクラム、ラインアウトのセットプレーの成功率とクオリティーでちょっと崩れているところがあったので、後手を踏んでいる印象がありました。ま、南アフリカの仕上がりがよかったのかなと」

――キックの対応でも差がありましたね。

「そこを含めて、チームの仕上がりかなと思うんです。それ以前に、あの試合を日本と南アフリカがどういう位置づけにしていたかわからないので。合宿明けで日本代表がちょっと疲れていたのかもしれないですし。南アフリカはベストの状態だったかもしれない。僕はあの試合への(両チームの)プロセスがわからないので」

――南アフリカにとっては理想的な結果だったでしょうね。

「勝ち負けでいうと、勝つ方がいいに決まっているんですが。勝負の世界、負けるのは仕方がない。そこに何が残ったのかが重要なんです。このタイミングで、ティア1(世界トップ10)の世界一に近いチームと対戦して、日本は41点に抑えた。僕らは(2011年RWCで)ニュージーランド(●7−83)に80点ぐらいとられていますから。そのなかで、計算できるトライも、計算できないトライもあっただろうし…。ミスからとられたトライもあるので、そう悲観的になる必要もないと思いますけど」

――でも、日本が予選プールであたるアイルランドも、スコットランドも、同じティア1です。ワールドカップで勝つのは甘くないですよね。

「もし日本が優勝するとなると、あのレベルのチームを最低でも、2回、3回倒さないといけないでしょう」

――優勝の可能性は小さいと。

「どの国にとっても小さいですよ、それは。たった1個ですから」

――ところで、ことしの日本代表のスローガンの『ONE TEAM』は、菊谷さんの時の日本代表の選手間のテーマと一緒ですよね。ワンチームになるため、菊谷さんの時、合宿で国歌を歌う練習をしていましたよね。

「それは、エディー(ジョーンズ前日本代表HC=現イングランド代表HC)の時に始めました。荒木(香織)さんというメンタルコーチがいて、(廣瀬)俊朗キャプテンがいて、ゴロー(五郎丸歩)がグラウンド内のリーダー、僕がグラウンド外のリーダーで、リーチがグラウンド内外のつなぎ役でした。日本チームの文化を残すため、目に見えることをしようということで、国歌の練習をすることにしたのです。思いついたのは、ゴロ―かな」

――エディーさん時代の話でいえば、2015年RWCの時の菊谷さんがつくったモチベーションビデオがありますよね。

「あれは、僕は編集しただけです。素材はみんなからもらったもので。トップリーグのチームが工夫して、(映像を)撮ってくれたのです。それをつなぎ合わせただけです。ちょっとムチャぶりだったのは、(廣瀬)俊朗が、(予選プールの試合ごとの)4試合分をよこせって。ちょっと大変でした」

――試合前のモチベーションビデオで選手たちは感動して泣いたと聞きます。どんな内容だったんですか。

「そのモチベーションビデオはチームでつくったものでしょ。僕がつくったのは、試合前日の選手をリラックスさせるビデオです。完全にお笑いです。例えば、神戸製鋼やNECの選手が、エディーのモノマネをしたり…」

――いずれにしろ、日本代表を離れた菊谷さんやトップリーグの選手たちが日本代表を応援するっていいですね。

「そりゃそうです。僕らは最初、みんなが憧れる日本代表になろうということで動きだしたのです。(RWC日本代表は)日本の代表として、イングランドに行っていたのです。トップリーグの代表として、戦ってくれていたのです。だから、僕ら日本にいる人たちで応援メッセージを集めて、リラックスしてもらおうと考えたのです。代表の選手たちが、憧れの存在になるという意義目標に対して、もう達成しているということを感じてもらおうと、俊朗が最初にアクションを起こして、僕らがそれをサポートした感じです」

――日本代表はまさに日本のラグビー選手の代表ですものね。ファンにも愛されるチームになってほしいものです。

「そうです。やっぱりラグビーもそうですけど、チーム作りも年々、進化しているイメージがあります。僕が日本代表に入ったのは、JK(ジョン・カーワンHC時代)の2005年かな。2007年のワールドカップには行けなかったけれど、2011年のJKのチームでワールドカップに行って、その後はエディーの時代に移りました。チームビルディングとしてどうやるのか、だれが関与しているのか。リーダーズグループがどうやったら機能するのか。年々、進歩していったのです。積み重ねが大事なんです。チーム強化って、数年で結果を出すのは難しいなって、最近、思うようになりました。僕はユース世代の高校日本代表、U−20(20歳以下)を指導しているので、その子たちが日本代表に憧れる、また日本代表になりたいと言ってくれるのが幸せですね」

 菊谷さんのコーチング哲学は「FUN(楽しい)」である。ラグビー愛にあふれる指導を日々、全力でほどこす。それはなぜか。愚問だった。

「純粋にラグビーが好きだから」

 横浜市の日体大・健志台キャンパスでの女子ラグビー部の臨時指導のあと、グランド脇のベンチでの青空インタビューだった。写真撮影を終えると、キクさんは時計に目をやった。昼食を食べる余裕もなく、小学生ラガーの指導のため、調布市へ急ぐのだ。

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