“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
先になんとも詮方ない話をさせていただく。「マウンティング」で成り立っているママ友界というのは実在する。もしそうしたものに巻き込まれたら、もう、これは誰が何と言おうが、「最初からそういうものだ」と思ってやり過ごさないと、やっていけなくなる世界である。
その理由は、子どもを介しての付き合いであるということにほかならない。つまり互いが「〇〇ちゃんのママ」という存在同士でしかないのだ。従って、話題はお互いの子どものこと、またはそれに付随することが中心になりがち。図らずも、比較合戦に発展していく確率は高いのだ。どちらが上か下かの水面下の探り合いを“デフォルト”とするママ友界というのは、確かに存在しているのだ。
ママ友界のマウンティング合戦は、哀しいことに中学受験界では拍車がかかるのが普通。なぜなら、偏差値、あるいは塾の所属クラス、あるいは塾の教室内の座席によって、その優劣がはっきりとわかる世界だからだ。
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筆者は常々「受験にママ友必要なし!」と訴えている。受験は本来、孤独なもの。ましてや受験する当事者でない母親が孤独を癒やしたいがばかりに、または情報ほしさに、子どもを介した付き合いでしかない人と悩みを共有するのは危険だからだ。
ゆかりさん(仮名)は、娘の麻耶ちゃん(仮名)が小学校5年生の時に、今の住所に引っ越してきた。見知らぬ土地は孤独を感じさせるに十分で、とにかくママ友を作りたくて仕方なかったそうだ。麻耶ちゃんは、クラスメート・亜子ちゃん(仮名)の影響で中学受験を選択。ほどなくして、一緒に同じ中学受験塾に通うようになる。そんな縁でゆかりさんと亜子ちゃんママとの距離は急速に縮まっていったという。
当初、2人の関係はとてもうまくいっていたそうだが、次第にゆかりさんは違和感を持つようになっていく。その始まりは、ゆかりさんが雨の日に亜子ちゃんの送り迎えを買って出たことのようだ。
「雨の日は娘を車で送迎するから、最初は『ついでだから、どうぞ』って気持ちだった」とゆかりさん。
その後、学年が上がると、塾の拘束時間が増えたということもあり、ゆかりさんは天候によらず、麻耶ちゃんを車で送迎するようになったそうだが、亜子ちゃんママはその時、あっさりと「ウチもお願いできないかしら?」と頼んできたという。
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しかし、車での送迎がルーティンになっても、亜子ちゃんママは「悪いわね〜」とは言うものの、ガソリン代を負担するわけでもなく、至極、当然のような素振り。ゆかりさんは決していい気分ではなかったという。
そんな中、亜子ちゃんママが微妙なマウンティングを仕掛けてくることに、ゆかりさんは「イラッ」とするようになっていったのだそうだ。例えば、次のようなマウンティングだ。
「いいわね〜、麻耶ちゃんママは運転ができて……。私はペーパーだから、パパがウチのベンツを使わせてくれないのよ」(ちなみにゆかりさんは軽自動車)
「麻耶ちゃんママもパパも中学受験の経験はないの? うらましいわ、伸び伸び過ごしてきたのね。ウチなんか、主人の家は皆、K出身だから、プレッシャーが半端なくて……。え? もちろん、私もK出身だけどね、あ、でも、大したことないし(笑)」(ちなみに、ゆかりさんは地方の短期大学出身)
中でも筆者が最も笑ったのは、こんなマウンティングだ。
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「すごいわね〜。麻耶ちゃんは5年生から入ったのに、塾でのクラスが『α2』なんて! 亜子なんて、とてもとても!」
筆者はてっきり、亜子ちゃんは麻耶ちゃんより下位クラスなのかと思っていたのだが、なんと上のクラスである「α1」だったそうだ。
小さな苛立ちを募らせていたゆかりさんの怒りが頂点に達したのは、麻耶ちゃんが6年生の晩秋、車の中での亜子ちゃんの発言だった。
「麻耶ちゃん、志望校、決めたの? どこ? 教えて! お願い! お願い!!」
中学受験界において「受験校」はトップシークレット。できれば、公にはしたくないというのが普通である。麻耶ちゃんも当然、答えに窮していたため、ゆかりさんは「亜子ちゃんが先に教えて!」と助け舟を出したという。すると、亜子ちゃんは平然と、
「ダメなの。ママが亜子の情報は流しちゃダメ! って言うから、言っちゃいけないの」
と拒否したという。
ほどなくして、ゆかりさんがトドメの一撃を食らう出来事が起こった。その頃開かれた学校の保護者会で、非受験組であるはずのクラスメートのママたちから、こう言われたそうだ。
「麻耶ちゃんは(最難関の)O学園を狙っているんですって? できる子は違うわね〜?」
O学園は志望校の1つではあったものの、麻耶ちゃんも含めて、他人には公言してこなかったというゆかりさん。不思議に思って「誰から聞いたの?」とママたちに尋ねてみると、最終的に、「犯人は亜子ちゃんママ!」と確信するに至ったという。
それから、ゆかりさんは「先日、事故を起こしかけたので、申し訳ないけど、今後、送り迎えはできない」ということにし、徹底的に亜子ちゃん母子を避けることにしたのだそうだ。
麻耶ちゃんと亜子ちゃんは、お互いを嫌っていないばかりか、それなりに仲のいいお友達付き合いをしていたにもかかわらず、それ以来、2人の仲も急速に冷え込んでいったという。
現在、2人は無事に中学生になり、それぞれの志望校に通っているが、今では道で出会ったとしても、母子ともに、挨拶を交わすこともない仲になっているという。
中学受験は本当にナーバスな世界。ママ友は百害あって、一利なしである。受験は母にとっても孤独なものであることは承知しているが、そういう時こそ「自分は自分、よそはよそ!」という呪文で、「人恋しい」という気持ちを遠ざけよ! と進言しておきたい。
(鳥居りんこ)