母親の万引きに利用された幼女――店長とGメンの心を揺さぶった「純真無垢」な言葉

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2019年09月21日 19:02  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

Photo by mrhayata from Flickr

 こんにちは、保安員の澄江です。

 さまざまなニュースサイトで報じられる万引きの事件記事を、日々チェックしている私ですが、ここのところ悪質な犯行が頻発しているように思います。最近は、特定の店舗に狙いを定めた窃盗団による系列店舗を狙った連続的な犯行が頻発しており、関係者は戦々恐々。いまや貧困を理由に万引き行為に至る者より、法の隙間を突いた計画的で粗暴な換金目的の犯行に徹する者が多く、その対応に限界を感じることも多くなりました。用いられる手口や犯行態様は、悪質かつ複雑化していて、現行法では対応しきれないような事案まで発生しているのです。なかでも、犯意を否定する目的で、罪に問われることのない年齢の子どもを利用する犯行は個人的に許せません。今回は、幼い我が子を利用して犯行に及ぶ万引き女についてお話ししたいと思います。

 当日の現場は、東京のベッドタウンに位置する生鮮食品スーパーL。ここは団地に囲まれた地域密着型の中規模スーパーで、いわゆる“荒れている”中学校や外国人向けの日本語学校が近隣にあることもあって、相当数の常習者を抱えている状況にあります。1日入れば、一人は挙がる。私たちから言わせれば、そんなイメージの現場だと言えるでしょう。ところが、この日は、生憎の雨。来店者が少なく、特に変わったことのないまま、後半の勤務を迎えることになりました。天候の悪い日は、万引きする人が少ないのです。

 夕方のピークを迎えて、少し賑わい始めた店内を流すように歩いていると、30代前半と思しき太めの女性に、引きずられるようにして歩く小さな女の子の姿が目に止まりました。まだ3歳くらいでしょうか。足元のおぼつかない女の子を連れているにもかかわらず、子どもがあたふたするくらいの早足で歩く彼女の姿が、どこか異様に見えたのです。彼女の背中には、生後半年に満たないくらいに見える赤ちゃんも背負われており、激しい歩調に合わせて体を大きく上下させていました。遠目から見ると、もぐらたたきを彷彿させる動きで、とても居心地が悪そうに見えます。

(なにを、そんなに慌てているのかしら……)

 すれ違いざまに彼女の人着を確認すると、どことなく喪黒福造さんに似ている感じの女性で、色あせたグリーンのジャンバーと、靴底が擦り切れて外側に向けて繊維が放出されているサンダルが目につきました。女の子の着ている白いワンピースも薄汚れてグレーがかっており、プリキュアがプリントされたピンクの靴までもが泥だらけの状態で、二人共に相当の不潔感を放っています。

 カゴの中に目を落とせば、いつの間に手にしたのか、鶏肉、アサリ、牛乳、卵、菓子パン等、あまり万引きされることのない安価な商品ばかりが入っていました。買い物カゴを持つ左手の手首には、雑誌の付録で話題になったDEAN&DELUCAのトートバッグがかけられており、不自然なほど大きく口を広げています。あくまでも個人的な見解ですが、付録のトートバッグは犯罪供用物(犯行に使われる道具のこと)に用いられることが多く、警戒せざるを得ない気持ちにさせられるのです。

(あのバッグは気になるけど、安いモノばかりだから、やらないかな………)

 そう思いつつも、どこか捨てきれずに観察していると、この店一番の死角である菓子売場に一家が入っていくのがみ見えました。客を装って、棚の端から覗き見れば、ママにおねだりする女の子の声が聞こえてきます。

「ねえ、ママ。あめちゃん、食べていい?」
「うん、いいわよ。好きなのを取りなさい」

 すると、うれしそうにキャンディーを選び始めた女の子の後ろに隠れるようにした彼女は、カゴにある商品を全てトートバッグにしまってしまいました。棚取り(棚から商品を取るところを目撃すること。犯意成立要件の一つ)は、なに一つ見ていないので、このまま出られてしまえば見送るほかありません。空になったカゴを、売場通路にある柱の影に放置したところを見れば、これ以上に商品を隠匿することはなさそうです。

(あの飴玉は、買うのかしら? あれをやったら声をかけよう)

 そんな気持ちで見守っていると、3本のチュッパチャップスを手にした女の子が、彼女に言いました。

「ねえ、ママ。いま食べてもいい?」
「1本だけね」
「やったー。いちごのにしよう!」
「ほかのは、この袋に入れて」

 女の子は、手渡されたビニール袋に、いま食べたいらしいイチゴ味以外のチュッパチャップスを入れ、破顔の笑みを浮かべてイチゴ味の包装を解き始めます。

「開けにくいでしょ? ママが持っていてあげようか?」
「いや! 自分で!」
「もう、早くしてよ」

 イラついた様子を見せる彼女を尻目に、そこそこの時間をかけて包装フィルムを剥がした女の子が、それを口に含むと、一家は出口に向かって歩き始めました。女の子の手を引く彼女のスピードは、先にも増して素早く、一見すればグズる子どもを無理に連れ帰る母親の姿にしか見えません。しきりと後方を振り返る彼女の視線をかいくぐり、証拠とするために女の子が途中で捨てた包装フィルムを拾い上げた私は、外に出た彼女が駐輪場に停めてある自転車に手をかけたところで声をかけました。

「警備の者です。お子様の持たれているキャンディーとか、お支払いしていただきたいのですが……」
「え? あれ? あ、この子、いつの間に……。申し訳ありません」

 包装フィルムを片手に声をかけると、ひどく動揺した様子の彼女は、全てを子どものせいにしてから、事務所への同行に応じてくれました。事務所の応接室に入り、向かい合って座ると、何日かお風呂に入れていないのか、ホームレスの人たちと同種の臭いが、彼女の方から漂ってきます。何気なく頭髪を見れば、脂気が多く見える髪の毛はボサボサで、大量のフケが付着していました。

「すみません、おいくらですか?」

 どうやらチュッパチャップスの精算だけを済ませて、この場を収めようとしているようですが、彼女の脇に置かれたトートバッグの中身が気になります。ビニール袋を娘さんに渡すところのほかに、カゴにあった商品をバッグに隠すところも見たと、少し遠回しな言い方で伝えてみると、途端に顔色を変えた彼女は、脇に置いたトートバッグの口を押さえて否認しました。これ以上の質問は、取り調べ類似行為になりかねないので、一通りのことを、いとうあさこさん似の女性店長に報告して判断を仰ぎます。

「あんな小さな子どもを使って万引きするなんてあり得ないわね。警察を呼びましょう」

 まもなくして男女一組の警察官が到着すると、そのうちの女性警察官が、彼女の顔を見るなり言いました。

「あ! Fさんじゃないのよ。あんた、またやっちゃったの?」 
「いや、違うんです。子どもがアメを……」

 耳に入る二人の話を聞いていると、二人の子どもを抱える無職のシングルマザーだった彼女は、署内でも有名な常習者のようでした。「123」(警察無線で使用される犯歴照会の隠語)の結果、前回の件で審判中であることも判明。彼女が頑なに罪を逃れようとする理由は、これだったのです。

 警察官による取り調べの結果、トートバッグの中にある商品も盗んだと認めてくれた彼女でしたが、所持金は20円ほどで商品の買取はできず、立替えてくれるような人やガラウケも用意できないと言います。このまま被害届が出されてしまえば、彼女は逮捕となり、しばらくの間留置されることになる。そうなれば子どもの面倒をみるのは、誰になるのでしょうか。重苦しい状況のなか、女性店長は、一家の将来を左右する被害申告の判断を迫られ、頭を悩ませています。すると、それを眺めていた女の子がビニール袋から1本のチュッパチャップスを取り出して言いました。

「これ、どうぞ!」
「……ありがとう」

 自分の店で盗まれたチュッパチャップスを差し出された女性店長は、それを受け取ると警察官に被害申告しないことを告げて、彼女に出入禁止の誓約書を書いてもらうよう私に指示しました。盗んだ商品は、私の現認不足を理由に返却を受け付けないこととし、子どもが食べてしまったチュッパチャップスの支払いも求めないと言います。

「娘さんに救われたこと、忘れたらダメですよ」

 店長の優しさに触れた彼女は、低い声で嗚咽を漏らすと、顔を覆って泣き始めました。

「これ、どうぞ!」

 最後のチュッパチャップスを、母親に差し出す女の子の純真無垢な目は、いまも忘れられません。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

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