“日本車に逆風”は本当? トランプ政権誕生が自動車業界に及ぼす影響

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2019年10月09日 15:22  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
●アメリカという国をまず知ること
政治経験も行政の経験もないドナルド・トランプ氏が、米国の次期大統領に就任する。日本企業が得意とする同国の自動車市場は、トランプ政権の誕生によりどのような影響を受けるのだろうか。

○トランプ氏の真意を探るには

トランプ氏の発言に対しては、様々な意見や感想が、様々な人によって語られている。自由民主党の石破茂衆議院議員は、2016年12月11日放送の「時事放談」(TBS)でトランプ氏のことを、「リアリスト(現実主義者)であり、ニヒリスト(虚無主義者)でもあり、身内しか信じられず、損得で物事を判断する人物ではないか」と述べていた。

いずれにしても肝心なのは、トランプ氏が発する一つ一つの言葉に左右されるのではなく、その中で言おうとしている趣旨を見抜くことだろう。そこから、日本の自動車産業への影響も推察できるのではないか。

トランプ氏の言葉の裏を探る前提となるのは、まず、米国という国を知ることに尽きる。日本で生活し、東京から物事を見ていると、その感覚で海外の出来事を見てしまいがちだ。しかし、日本と米国ではまったく生活実感が異なる。

○米国の自動車メーカーは磐石か

米国の国土面積は世界第4位である。1位はロシアで2位がカナダ、3位が中国だ。このうち、食糧の自給率が高いのは米国とカナダである。米国は自給率が130%近い数値で、自国内で食料を間に合わせることができ、農産物を輸出する農業国である。ちなみに、日本の食料自給率は40%以下で、輸入なしで我々は食べてゆけない。

自動車と直接関係はないものの、国内だけで食べていける国が米国であるという視点がまず重要だ。日本のように、工業製品を輸出し、稼いだ金で食料品を輸入しなければ生きてゆけない国とは状況が全く異なる。

欧州では、フランスが米国と似た状況にあり、食料自給率は同じく130%近い数字を残す。今日では、EU圏内での自由貿易により、たとえばドイツ国内でもフランス車を多く見かけるようになっているが、自動車産業においても米国同様に、フランスは国内での消費が堅調であれば、海外との関係が多少希薄になっても困らない国の一つと言える。ほかに、自動車先進国のドイツも、実は食料自給率が100%近い農業国である。

話がやや広がりすぎたが、食料に限らずいろいろなものを国内で自給できる米国にとって、自動車もまた、かつての「ビッグ3(フォード、GM、クライスラー)」のような国内メーカーが堅実な事業を続けられるのであれば、海外の自動車メーカーが米国内で存在する必要性はほとんどないという感覚が国民の生活実感としてあるはずだ。

もちろん、嗜好として、たとえばトヨタ自動車の「レクサス」が気に入っているといったことはあるだろう。だが、レクサス、インフィニティ(日産自動車)、アキュラ(本田技研工業)といった、日本の自動車メーカーの高級車路線に刺激を受けたキャデラックは、かつてのいわゆるアメ車とは違った商品性を備えるに至っている。

●Do it yourselfな日常生活
○トランプ氏を勝利に導いたのは

そうした米国で、今回の大統領選挙においては、得票数でヒラリー・クリントン氏が上回ったにもかかわらず、選挙人制度により、人口密度の低い州で勝つ方が有利になるという仕組みから、ドナルド・トランプ氏が勝利を収めた。そして、トランプ氏を勝利に導いたのは、白人労働者の生活や仕事環境への不満であったとされている。そこに的を当て、支持拡大を狙ったのがトランプ氏であったという。

トランプ支持にまわったのは、自動車産業など従来型の工業に根差した白人労働者たちであった。そのため、移民の排斥や、関税撤廃などによる国際的な自由な商取引の停止などといった象徴的な発言につながっていると考えられる。

それらがたとえ極端な表現であったとしても、冒頭に述べたように米国では、国内だけで生活できるという実感があるから言えることなのだ。

○“Do it yourself”のお国柄

ところで米国内をドライブし、スーパーマーケットやショッピングモールなどに立ち寄ると、店内にエンジンのシリンダーブロックが売られているのを目にする機会がたびたびある。日本で、自動車のエンジンが店で売られているなどという場面に出くわしたことはなく驚くが、世界で4番目の広大な国土に3億人しか人が住まない米国では、自動車のエンジンさえ自分で直したり、乗せ換えたりしながら永く乗り続けることが、普通の生活感なのだ。

“Do it yourself”が自動車にまで及ぶ。まさに、自分の手の届く範囲で、衣食住から移動手段までを賄おうとするのが米国流だといえるだろう。それを国家水準まで広げてみれば、国内市場だけで食べていこうとする思考は自然に生まれるものなのである。

米国は今日、石油輸入国へ転落してはいるが、シェールオイルの採掘が盛んになるのもまた、自国内でエネルギーを賄おうとする気持ちが根底にあるはずだ。ほかにも、広大な土地に、風力発電の大規模なウィンドファームを建設し、電力の自給自足を行おうとするのも自然な流れである。

環境問題の視点とは別に、エンジンをモーターに切り替えても、それがより簡単に維持管理、整備や交換ができる仕組みであれば、電気自動車(EV)を選ぶという発想は十分に考えられることでもある。

シェールガスにしろ、ウィンドファームにしろ、EVにしろ、そうした新規産業を興そうとベンチャー企業が現れるのは、単なる開拓者魂(フロンティアスピリット)だけでなく、米国には国内市場で十分に事業を確立でき、それを利用する国民生活があるからである。

●人的交流の促進も重要
○米国経済に溶け込む日本メーカー

こうした米国内の事情を踏まえ、また石破氏の人物評なども参考としながらトランプ次期大統領の戦略を想像すれば、米国内市場のみで十分に賄える事業という発想を、拡大してみればいいのではないだろうか。

事業家の経験を持ち、損得で物事を考える人物の視点で物事を考えてみたい。米国内の日本車の市場占有率は35%を超えている。米国ビッグ3を優遇するなら、これらを排除すればおのずと米国車が増えるという単純計算が成り立つ。だが、トヨタは米国内に9カ所の生産拠点(提携の富士重工業も含む)を持ち、日産は5カ所、ホンダは7カ所を保有する。それらの工場では、米国内における雇用を生み出している。さらに、研究開発やデザインセンター、あるいは販売店などでも雇用が生まれているはずだ。

このことは、今回の大統領選挙で勝敗を分ける一因となった、生活や仕事環境に対して不満を持つ白人労働者を支えているという側面がある。単に日本やメキシコからの輸入車が、米国市場を席巻しているわけではないという理解を取り付けることは大切だろう。

そうしたことを含め、トランプ氏との人的関係性をより深めることも重要と言えるのではないだろうか。世界で初めて、次期米国大統領となるトランプ氏と面談した安倍晋三首相の洞察もそこにあると考えられる。あるいは、ソフトバンクの孫正義氏もまた同様だ。そうした動きが、自動車産業からはまだ見えてこない。

100年近い歴史を自動車メーカー各社が積み上げることにより、重厚長大産業的になり、俊敏さを欠いている印象を国内自動車業界から感じずにはいられない。

●電動化へのシフトはゆるぎない
○エコカーの普及は進むか

次に、エコカーの観点からトランプ政権誕生の影響を考えてみたい。トランプ氏はエネルギー長官として、元テキサス州知事で、石油や天然ガスに関わる規制緩和を訴えるリック・ペリー氏を起用する。この動きにより、ガソリンや軽油を燃料とするエンジン車が、エコカーの流れに逆らって復権するのではないかという観測が生まれるかもしれない。だが、そこは慎重を要するだろう。

もちろん、一時的に石油価格が下がれば、エンジンを積む大型車が販売を伸ばすかもしれない。事実、トヨタの新型プリウスも、石油価格の下落に敏感に反応し、米国内での販売が必ずしも順調ではないという。

しかし、今日のエンジン車は排ガス規制や燃費規制などへの対応により、複雑な機構を備え、スーパーマーケットで売っているシリンダーブロックを買って個人で直すといったことのできない技術で覆われている。まして、エンジンとモーターを併用するハイブリッド車は、複雑の極みだ。

それに対し、モーターとバッテリーがあれば動くEVは、構造が簡素だ。実際に日本国内においても、筆者が副代表を務める「日本EVクラブ」の会員は、必ずしも自動車整備に長けていなくても、エンジン車をEVに改造し、実際に乗っている。もちろん、電気系統や安全に関して、専門家の知恵を借りるということはしても、日本人でもDo it yourselfでEVの改造ができてしまっているのである。

過去に、EVは家電メーカーでも作れるのではないかと言われたほどである。それは極端な話としても、Do it yourselfで維持管理し、利用できるEVは、環境とエネルギー問題を別としても米国民から支持を得られる可能性を秘めていると言えるだろう。エンジン車からハイブリッド車、次がプラグインハイブリッド車で、その先にEVが来るかもしれないといった、机上の論理では見えてこない消費者心理に気づくことが大切ではないだろうか。

○様々な外部要因がEVシフトを後押しする

また、カリフォルニア州で2018年から強化されるZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)規制は、州の規制であり、連邦政府とは別に施行される。それがカリフォルニア州以外へも広がる状況にある。トランプ氏が次期大統領となり、気候変動の規制に対し疑問を呈しても、ZEV規制は着実に実行されるだろう。そのなかで、EVへの移行は確実に実施されるはずだ。

そして、米国ではリチウムイオンバッテリーのギガファクトリーが、順次生産を開始する。いずれ、Do it yourselfでEV改造を行おうとする人の手にも、リチウムイオンバッテリーが適正な価格で届く日が来るかもしれない。

自分たちの生活が守られる政権を支持し、身近な物を買い、自分でできることは自分でやって日々を送る。そして生活様式は保守的であっても、そこに新しい商品を受け入れていく柔軟性を持つのもまた米国らしさではないだろうか。トランプ氏の発言や行動から実は垣間見えてくる、米国市場の本当の実態を見誤らないことが重要だ。(御堀直嗣)
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