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「医者ではなく家族が看取る」“在宅死”テーマの映画とは…?

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2019年10月14日 08:00  AERA dot.

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写真【左】小堀鴎一郎(こぼり・おういちろう)/東京大学医学部付属病院第一外科、国立国際医療研究センターに外科医として約40年間勤務。定年後、在宅診療に携わる。著書に『死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者』(みすず書房)。祖父は森鴎外。 【右】下村幸子(しもむら・さちこ)/1993年、NHKエンタープライズ入社。「在宅死“死に際の医療”200日の記録」で日本医学ジャーナリスト協会賞大賞など受賞。著書に『いのちの終いかた 「在宅看取り」一年の記録』(NHK出版)。 (撮影/写真部・掛祥葉子)
【左】小堀鴎一郎(こぼり・おういちろう)/東京大学医学部付属病院第一外科、国立国際医療研究センターに外科医として約40年間勤務。定年後、在宅診療に携わる。著書に『死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者』(みすず書房)。祖父は森鴎外。 【右】下村幸子(しもむら・さちこ)/1993年、NHKエンタープライズ入社。「在宅死“死に際の医療”200日の記録」で日本医学ジャーナリスト協会賞大賞など受賞。著書に『いのちの終いかた 「在宅看取り」一年の記録』(NHK出版)。 (撮影/写真部・掛祥葉子)
 都会の片隅で「在宅死」と向き合う医師と家族を追ったノーナレーションの映画「人生をしまう時間(とき)」が話題を呼んでいる。東大病院の外科医から埼玉県新座市の私立病院の「訪問医」に転職した80歳の小堀鴎一郎医師を200日にわたり密着した。一人で撮影も行った下村幸子監督と小堀医師に在宅医療の現況を語り合ってもらった。

【映画「人生をしまう時間」の写真はこちら】

*  *  *
──NHKテレビで好評だった番組を大幅に再編集した映画には、テレビ版にあったナレーションがありません。

下村:映画だからこそできることをやろうと思ったんです。こちらが説明することで、患者さんのお部屋にどんなものがあるかなど、映像全体が見えにくくなってしまうこともあるんですよね。

小堀:このひとはすごい観察力があると思ったのは、終戦後すぐに航空管制官だった九十いくつかの患者さんの本棚に英語の本があったのでその話を聞いたら、「すっと(患者さんの)背筋が伸びた」というんです。彼の人生のプライドを満足させる話だったんでしょうね。僕は、面白いからいろいろ聞いているだけなんだけど。

下村:そういう昔の話をされていると、みんな元気になっていくんですよ。

小堀:それは僕も感じます。死にそうなおばあさんが、帰るときには玄関まで歩いて送ってくれるんだから。

──103歳の女性は話す間に表情が若返って見えました。

下村:先生が「あなたの脚はきれいだ」と言ったときですよね。

小堀:ああ、はにかんで、本当に若い女性の表情になりましたね。

下村:でも先生、あのおばあちゃんは、わかっていたと思いますか?

小堀:僕が聴診したあとに「こういう状態が続くでしょうか」と聞かれる場面のことね。映画には出てこないけど、その前に家族といろんなやりとりして、80になろうとする息子が夜中2時間おきに起きて介護にあたる。この状態が続くと家族がまいってしまう。

下村:在宅医療は、患者さんだけの問題ではないんですよね。そこには家族との関係だとかもあったりして。お嫁さんは(デイケア施設に入るのを)「お泊まり」という言葉をつかわれていたけど、おばあちゃんは戻ってはこられないとわかっていたのではないか。

小堀:あなたは、あのときカメラがひいていく撮り方をしていたけれど。

下村:ズームバックですね。

小堀:突然「こんなことを言いながら死んでいくひとはいますかね」と言い出したんだよね。

下村:わたしもカメラを手にしながら震えがきてしまった。「あっ、わかっていたんだ」と思った。だからこそ迎えのバスに乗っていく場面、一度も振り返らなかった。50年近く暮らした家を出ていくというときに一度も。

──説明みたいなテロップもないため、観ている側が考えさせられる場面です。

下村:観る立場によって解釈が異なるかもしれない。疑問に思ったり、ひっかかったりすることがそれぞれ異なる作品にしたかったんですね。

小堀:このことがあって医療番組を意識して見るようになったんですが、なんとなく結論が最初からあるものが多い。つまり「在宅死」は理想的な死で、「病院死」は悲惨だと。たしかにそういう一面もあるんだけれども、逆もある。この映画は決めつけてしまうところがない。それがいちばんの特色だと思いますね。だって介護ベッドを入れ態勢を整えれば、おばあちゃんが幸せになると思ったら、暗い表情で「もう来ないで」と風呂に入れようとする介護スタッフを拒否する。

下村:そうなんですよね。

小堀:では、すべて元に戻せばいいのかというと、そうは言えない。つまり何が正解なのか、一人ひとりの状況に応じて考えていかないといけない、(マニュアル的な)正解がない世界なんです。それは、世の中にいちばん訴えたいところでもありますね。

──ところで撮影期間に聞きたかったけど聞けなかったことはありましたか?

下村:あります。全盲の娘さんが介護しておられた、そのお父さんが亡くなったとき、先生は離れたところに立って見ていられた、あの瞬間何を思っていたんですか?

小堀:ああ、覚えていないんですけどね、いろんなことを考えていたとは思う。

──たしかに、じっと腕組みしておられたのが印象に残りました。

小堀:いろんな人たちがやってきては、枕元で声をかけていたんだよね。

下村:臨終の場面、腕を組んで見つめているお医者さんを初めて見ました。心臓マッサージをするとか手立てをとるだろうに何もしない。その勇気を感じたというか。

小堀:僕はあのひとの奥さんをあそこで看取っているんですよね。視覚障害の娘さんと二人で献身的に、とにかく自分たちでぜんぶやっていた。あのときは、そういう歴史を思い返していたのかもしれない。

──驚いたのは、小堀さんがその前、危篤状態で席をはずされることでした。

小堀:「家族が看取るんだ、医者じゃない」ということをすでに実践されていたひとがいて、そのひとは、いよいよ亡くなるというときに看護師と目を合わせ席をはずすんだという。だから僕のオリジナルでもなんでもないんです。もちろんそばにいないといけない場合もあるんだけど。

下村:撮影者として同行していて、そういうヒリヒリする場面がいっぱいありました。先生はこういうふうにおっしゃるけど患者さん大丈夫かなということとか。それは経験や患者さんとの関係の積み重ねがあってのことだと編集のラッシュを見ながら気がつくことが多かったです。

──撮影中に疑問が生じると、下村さんはカメラを止められるんですか?

下村:迷っているときは撮っています。でも、いつカメラを下ろすべきなのか、迷いながらのことも多くて。もちろん止めてくれと言われたときには止めますが、許された状況のときには迷ったら撮れというのは先輩から教えられたことで、それは守っています。

──撮影することができた64家族中、映画では9家族が登場します。なかには下村さんと同年代の女性の患者さんもいました。

小堀:同じ年齢で同じがんの末期でも、自宅に帰りたいという人もいれば、病院が安心だという人もいる。僕が非常に印象に残っているのは、死にゆく人というのは、言葉は発せられなくなっても目つきででも何かを伝えようとすることです。これは『死にゆく人たちと共にいて』というマリー・ド・エヌゼル、パリの緩和病棟で7年間働いた心理療法士の本に書かれていたことですが。

下村:それがこの映画につながっている。

小堀:そういうことですね。だから、これは死者がつくった映画なんですね。

(聞き手・構成/朝山実)

※週刊朝日  2019年10月18日号

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  • 「(マニュアル的な)正解がない世界」、本当にそう思います! 50件以上、お看取りして全てが「これで良かったのか?」と思うケースも多々あった。ただ看取る従事者も成長し、共に悩む事も仕事だと。
    • イイネ!8
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