写真 ウツからヌケて7年目(AERA 2019年10月14日号より) |
漫画『うつヌケ』がベストセラーになった田中圭一さん。うつ病から脱した後の暮らしで気をつけるべきポイントは何か。AERA 2019年10月14日号に掲載された記事を紹介する。
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うつのトンネルから「あ、抜けたな」と実感したのは、2011年ごろ。転職後、自転車で通勤していたんです。ふと道端の花壇が目に留まり、「あれ? こんな所に花が咲いてるぞ」と感じられるようになって。それまで景色が全部灰色に見えていましたから、すごい違いです。
約10年間、うつは続きました。長かったですね。休職せず、その間も毎日会社へは行っていた。当初勤めていたソフトウェアメーカーには電車で通勤。車窓に頭をおっつけて、何もせずひたすら駅に着くのを待つ感じでした。頭の中にもやがかかって、脳みそが「濁った寒天」のようでしたから、車内で読書する気力も湧いてこなかった。
僕はサラリーマンとの兼業で漫画を描いていた。会社を休むのが怖かったんでしょうね。自分の居場所が会社になくなると、首を切られちゃうんじゃないかって。でも、そもそも漫画家という副業があり、次の仕事が確約されない状況にも慣れていたはずだったのに、要らんことを不安に感じてたなと今になって思いますけど。しっかり休んでもよかったのかなと。
漫画『うつヌケ』でも紹介していますが、僕が好転したきっかけは、自らうつを脱出した経験を持つ精神科医の宮島賢也さんの本に出合ったこと。そこには「朝起き抜けに自分をほめる言葉を唱えよう。自分を好きになろう」とありました。アファメーション(肯定的自己暗示)という方法です。朝起き抜けだと、言葉が潜在意識にスッと入るのだと。「そんなのオカルトやん!」と最初は思ったけれど、とにかく信じて3週間続けたら、気持ちが上向きに。2カ月も経つと、完全によくなっていました。万人に効くとは思いませんが、自分に合っていたんでしょう。
ただ、ある日ガクッとぶり返す「突然リターン」に見舞われて。またかよ。なんでだ?と焦りました。わかったのは、うつはジグザグに上る階段のように回復していって、ストンと落ちるポイントがあるということ。じゃあ、それはどんな時なんだ?と、必死の調査を始めました。
僕は日記のようにその日の気温と「すごくつらい/ややつらい/普通」という気分の評価をエクセルで記録していまして。なんとしてでも、気分が落ち込む時の共通項を見つけたかったからです。気分が落ち込むのが3月、5月、11月で、どうやら原因は「はげしい気温差」だと判明。このからくりを発見したことで、一気に目の前のもやが晴れたような気分でした。
気温差が10度もあるような時は、いまだに気持ちが落ちることがあります。この前の台風の時もそうでした。うつは、寛解という言い方をしますよね? 症状が落ち着いて安定している状態です。僕の場合も、完治ではないのかもしれません。忙しさも、落ち込みの引き金になります。今は仕事を絞るなど自分なりに工夫をしています。
ただ、うつトンネルのど真ん中と明らかに違うのは、落ち込みの原因が分かっていることと、「出口」が見えていること。気温が安定してきたら治るぞ! 大事な判断は今ここですべきじゃない、と注意報みたいな感じですね。自分にとってうつ状態を招く引き金や法則を知っておくことは有効だと思います。
うつを抜けるポイントは、「自分は誰かから必要とされている」という気持ちです。知り合いは猫を飼い始めて、すごく心の支えになっていると。自分がいなければ死んじゃうって。僕も今、京都精華大学のマンガ学科で教えていて、若い学生たちに頼られるというのは、すごくメンタルによかったですね。
『うつヌケ』には、ミュージシャンや学者といった16組17人のエピソードも載せました。色々なパターンがあると知ることができてよかった、という声の一方で、マイナスの反響もありました。この人たちには、社会的地位や家族の支えがあるじゃん、と。「自分が必要とされる場なんてあるものか」という人がたくさんいるんですね。
最近、僕は二つの提案をしています。一つは、日常で「小さく褒められたこと」を心の中で反芻すること。たいしたことじゃなくても構わない。例えば僕は「漫画家さんなのに、事務処理能力高いですね」と大学で言われました。サラリーマン経験があればなんてことないのですが、「ああ、僕は能力が高い、高い」と日に何度も唱えちゃう。
もう一つは、「落ち込んだらおいしいものを食べに行くこと」。効果としては、「ああ、おいしかった」と満足するのが半分。もう半分は、お店を出る会計の時、店員さんに「おいしかったです!」と伝えることで、「ありがとう」が満面の笑みで返ってくることです。この「いいことしたぞ感」は大事です。照れくさければ、仏頂面でもいい。むしろ、むすっとした人に感謝の言葉を伝えられる方が、ツンデレ効果があるかもしれません。
(聞き手・古川雅子)
※AERA 2019年10月14日号