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野田秀樹「クイーン」の名作で新作舞台「Q」 松たか子、広瀬すずらが魅せた「極限の愛」

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2019年10月16日 16:00  AERA dot.

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写真NODA・MAP第23回公演「Q」:A Night At The Kabuki(撮影/篠山紀信)
NODA・MAP第23回公演「Q」:A Night At The Kabuki(撮影/篠山紀信)
 世界的な英ロックバンド「クイーン」のアルバム「オペラ座の夜」の全12曲に不即不離で触発された劇作家野田秀樹の最新舞台「Q:A Night At The Kabuki」(野田作・演出・出演)が8日夜、東京・池袋の東京芸術劇場プレイハウスで開幕した。観客約900人は3時間近い大作に見入り、聞き入った。カーテンコールで、役から日常に戻って来られないような表情の俳優陣に大きな拍手が送られ、感動の渦は長らく鎮まらなかった。英日の才能が切り結び、融合して特筆すべき舞台を生み出し、「極限の愛の姿」を立ち上がらせた。

【写真】こんな広瀬すずはたまらない!

 企画の実現には「オペラ座の夜」の出版権を持つソニー・ミュージックパブリッシングなどの尽力があった。2年ほど前、ソニー側がクイーン側に「アルバム全曲使用による新たな芸術作品の制作」をアイデアとして提示。クイーン側は興味を持ち、ソニー側が野田に打診、野田も引き受けた。クイーン側は野田の構想を聞いて喜んだ。公演に寄せた野田の一文によると、「私は半信半疑ながら、半身半着の汗だくでワークショップを重ねて、私なりに『オペラ座の夜』から得たインスピレイションを文字に起こして」制作を進めたという。

 源平の戦乱の世に、シェークスピアの「ロミオとジュリエット」とそのシークエル(続編)が織り込まれてゆく。年代の異なる2組のロミオ(上川隆也、志尊淳)とジュリエット(松たか子、広瀬すず)が登場。もし2人が生きていたら……という発想が膨らんだのだ。若者たちの美しい死は、半ば強引に回避され、猶予を与えられる。争いの絶えない対立陣営に引き裂かれた男女の、春の芽吹きのような純白の急速な愛と、秋の実りのような紅紫の円熟した愛が俳優4人によって二重写しになる仕立てだ。

 フレディ・マーキュリーの異国の妖しい花蜜のような歌声、ブライアン・メイの華麗にひずむ暖流のようなギターサウンド、ロジャー・テイラーの尖鋭的でパンキッシュなドラム、ジョン・ディ−コンの恭順で堅実なベース。クイーンの曲を単純に劇伴に使うと、舞台は大抵圧殺される。まして「オペラ座の夜」には名曲「ボヘミアン・ラプソディ」など、多種多様な思い出に彩られた曲たちがひしめく。大ヒットした映画「ボヘミアン・ラプソディ」に感涙した観客も少なくないだろう。舞台化は壮挙だった。しかし、今回の野田の戯曲は、クイーンの曲に、詞に、じっくり耳を傾け、そこから紡ぎ出される物語を掬い上げたせいか、クイーンの曲は野田の戯曲と手をとりあって、結果、前代未聞、視覚化された舞台の「オペラ座の夜」が誕生したのだ。

■2項がシンメトリックに配置

 1幕は若き日のロミジュリの物語が中心。「言葉遊び」が活躍する「拡散」の原理が目立つ。2幕は生き延びた2人の物語が主に描かれ、終幕に向けて一直線に進む「集中」の原理が際立つ。

 シェークスピアの原作ではロミオは激情にかられ、ジュリエットの従兄弟を殺してしまう。「ボヘミアン〜」には「ママ、今、僕は人を殺してしまった」という詞があり、野田は「僕」=ロミオと読み替えた。ロミオが人をあやめるシーンとこの曲はシンクロし、あざなえる緊密さを示す。両世代のロミジュリの場面にはフレディが想い続けたメアリー・オースティンのために書いた「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」がテーマ曲のように流れる。

 平家と源氏、赤と白、ヒロイズムとテロリズムなど2項がシンメトリックに配置され、舞台空間を左右、上下に分割して対比する(美術は堀尾幸男)点も特徴的だ。手紙、名前、記憶なども重要なタームになる。

「『歌舞伎の夜』という副題も、勢いでつけただけで、芝居は全然カブキじゃない」と公演に寄せた一文で野田は書いた。

 とはいえ、近作には、タッグを組んで「野田版歌舞伎」を作ってきた故十八代目中村勘三郎へのオマージュが随所に現れる。「俊寛」「寺子屋」のリミックス、迅速な場面転換を可能にする回転扉、割り台詞的な手法などはまさに歌舞伎の趣向だ。フレディのボーカルの音源だけを取り出した「マイ・ベスト・フレンド」に恍惚とする瞬間も。クレジットはないが、フレディが語り部として声で出演している錯覚も起きた。

 2人が一晩を共に過ごす場面では、「ラヴ〜」が奏でられるが、いくたびも白い大布が翻るたびに、両世代のロミジュリが入れ替わり、動的かつ幻想的で比類ない光景が広がった。白い手紙の紙飛行機と俳優が能のすり足的速度で共に歩む演出も「ラヴ〜」のイントロに溶け込むようだ。

 生き延びたジュリエットの松は愛をかみしめる悲喜をただ佇むだけで表現し、ロミオの上川は極限から絞り出す真情に悲痛な響きがある。広瀬と志尊は早春のせせらぎのようにまぶしい。伊勢佳世が酷薄な復讐の鬼をよく演じた。竹中直人、橋本さとし、羽野晶紀らも硬軟こきまぜて好演している。

 争いの世は続き、生き延びた2人は別離を強いられることになる。ロミオの手紙はジュリエットの元に決して届かない。命が危機に瀕したロミオの極限の愛の叫びは、いわば、紅く激しい刀傷ではなく、白く深い彫り跡で描かれる。“君は覚えていてくれるだろう、離ればなれに吹き飛ばされてもすべては一緒なのだと。どれだけ年をとっても、僕はずっと君の側にいて愛していると告げよう”――。このように歌う「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」は、ロミオが最後に出した手紙の内容とも呼応し、喜びも悲しみも縫いとって、愛の懐かしさを間断なく奏でてゆく。(文/朝日新聞社・米原範彦)






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