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山本尚貴がトロロッソで好走。思い出す30年前の「日本一速い男」の言葉

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2019年10月17日 11:12  webスポルティーバ

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 F1日本GP前、「フリープラクティス1回目で山本尚貴がトロロッソをドライブするらしい……」と初めて聞いた時、なんだかとても「複雑な気持ち」になった。

 ご存じのとおり、山本は昨シーズンのスーパーフォーミュラと全日本GTという2大タイトルを制し、ダブルチャンピオンに輝いた国内トップドライバー。

 2014年の小林可夢偉を最後に「日本人F1ドライバー不在の時代」が続いているだけに、フリープラクティスだけでも「日本人ドライバーがF1で走る」という光景を待ちわびていたファンは少なくないはずだ。山本自身はもちろん、これまで国内レースで彼を応援してきた多くの人たちにとっても、鈴鹿サーキットの大観衆の前でF1公式セッションに参加することには特別な感慨があるに違いない。

 だが、同時に「でも、ホントにそれでいいの?」という疑問もまた、筆者の頭の中でグルグルと巡り続けていた。FP1のみとはいえ、トロロッソ・ホンダが予選・決勝に向けた貴重なデータ収集の機会であるフリー走行を、レギュラードライバー以外に、これまで一度もF1マシンに乗ったことのない選手に委ねるのはどうなんだろう……という疑問がひとつ。「そんなコトをしている余裕があるの? ほかに優先すべきことがあるのでは?」という疑問である。

 もうひとつは、31歳という山本の年齢だ。もちろん、若けりゃいいというワケではないが、今のF1で「30歳を超えてからのデビュー」というのは、ほとんど聞いたことがない。近年で記憶にあるのは、2014年のベルギーGPに当時32歳でケーターハムからF1デビューを果たしたアンドレ・ロッテラーぐらいだが、そのロッテラーもわずか1戦のスポット参戦に終わっている。今回のFP1走行が将来の「レギュラーシート獲得」につながる可能性は「ゼロではない」とはいえ、現実的に考えれば難しいと言わざるを得ない。

 それゆえ、「国内でダブルタイトルを獲得した日本人トップドライバーがトロロッソ・ホンダで日本GPを走る」という事実を素直に喜びたい一方、「山本と日本のF1ファンは『その先』にどんな可能性や夢を見出すことができるのか?」という問いへの答えを見いだせぬまま、何とも言えない「モヤモヤとした気持ち」で金曜日の朝を迎えることになった。

 では、実際のところ、山本の「F1デビュー」はどうだったのか? 結論から言えば、山本がF1初ドライブで見せた走りは「すばらしかった」のひと言に尽きる。走行開始からわずか4周目には1分34秒台に突入。その後、フロントウイングのセッティングをアジャストし、ソフトタイヤに履き替えると、17周目にはこの日の自身のベストタイムとなる1分32秒018をマークした走りは、掛け値なしに「合格点」だ。

 山本は、マシンを降りると、開口一番、まずは関係者への感謝を口にした。

「こんなに近くで多くのメディアの方に集まって頂いて、少し圧倒されています(笑)。F1を実戦で経験していない中で、できるだけの準備はしたつもりでしたが、それでも、自分の力と準備が本当に十分なのか、正直、不安なところもあったのも事実です。トロロッソやホンダの開発部隊・Sakuraのメンバーのみなさんが僕を助けてくれたので、大きなミスもなく走ることができました」

 その言葉はどこまでも謙虚だが、チームメイトとは異なるテストメニューや、タイヤ、そして路面コンディションの違いなどを差し引いても、同じトロロッソ・ホンダに乗るダニール・クビアトの1分31秒920からコンマ1秒落ちという結果と、ミスのない安定した走りは、山本尚貴が持つレーシングドライバーとしての実力をハッキリと証明できたと言えるだろう。実際、トロロッソの担当レース・エンジニアも山本のF1マシンへの適応力と正確なフィードバックを高く評価していたという。

 そして、もうひとつ感銘を受けたのが、FP1走行後のパドックでの取材を通じて感じた、山本の誠実な人柄だ。スーパーフォーミュラやスーパーGTの現場で彼をよく知る人たちにとっては周知のことなのだろうが、海外のメディアや、筆者のように初めて直接取材を受ける相手の質問に対しても、しっかりと言葉を選びながら、丁寧に答えようとする姿に心を打たれた。

 2017年のスーパーフォーミュラで山本尚貴のチームメイトを務めた経験のあるピエール・ガスリーが「ナオキがF1を経験してみたいという気持ちは理解できる。だから、彼にこの機会を存分に味わってほしかったんだ」と、快くFP1での走行を譲ったのも、そうした彼の人柄があってのことだと思う。

「F1マシンに1回乗ったから満足できたかというと、時間が経てば経つほど悔しさも湧いてきます。もっと乗れば、タイムを上げられるという手応えを感じましたし、直接的に比較できるのは同じマシンに乗るチームメイトなので、乗ったら負けたくない。ミディアム・タイヤを履いていたダニー・クビアトとコンマ1秒しか違わなかったと言われても、彼がソフトタイヤを履いたらもっといいタイムが出ていたはず。次の機会があったら、彼にもっとライバル心を持ってもらえる走りをしたい」

 こう語る山本の言葉や表情からは、長い間、夢に抱いてきたF1マシンを、鈴鹿の大観衆の前でドライブしたことへの喜びや興奮だけでなく、この経験によって新たな「火」がついたレーシングドライバーとしての「闘志」や「自信」、そして悔しさがハッキリと伝わってきた。

 正直に白状しよう。彼のことをよく知る人には「何を今さら…」と笑われるかもしれないが、限られた時間とはいえ、今回初めて山本尚貴というドライバーに接し、その言葉や人柄に触れた筆者は、一発で彼の「ファン」になってしまった。スーパーフォーミュラとGTのダブルタイトルを獲得した実力はダテじゃないし、その真摯で実直な人柄も、内に秘めた闘志や自信も、ひとりのレーシングドライバーとして魅力的だ。

 だからこそ、冒頭にも書いたように「モヤモヤとした気持ち」の中に沈みこんでしまいそうになる。当然、彼の「最も新しいファン」のひとりとして、この先、山本がトロロッソ・ホンダのレギュラードライバーの座を手にし、自らの力を存分に試し、GPでその雄姿を見ることができたら、それはどんなに心躍ることだろうか。

 だが、30年近く「F1の現実」を見てきた筆者には、それがいかに難しいことなのかもよくわかっているつもりだ。そうした状況で、メディアが無責任に期待を煽ることが、どんな結果を招いてきたかを、イヤというほど思い知らされてきた。

 そんな「F1の現実」を、誰よりも意識しているのが、ほかならぬ山本自身であることは間違いないだろう。彼が初めてのF1ドライブを通じて手応えと自信を得ることができたからこそ、新たな火がともされたレーシングドライバーとしての本能を、ここから「未来」へどうつなげるのか……。

「これまでF1は憧れの舞台でしたけど、ものすごく身近に感じることができましたし、もっともっとF1を知りたいなと思いました。より速いマシンをコントロールする技術が自分の中に芽生えたということは、スーパーフォーミュラ、スーパーGT、F1以外のカテゴリーのどのマシンに乗ったとしても非常に有益な経験になると思います。なにより、本当に初めて乗るマシンに対して、ここまで努力を重ねてきたことは、やっぱり裏切らなかったなと思います。あらためて努力することの大切さを感じます」

 そう語る山本尚貴の姿を見ながら、ふと、30年以上前に読んだ、往年の名ドライバー星野一義のインタビュー記事を思い出した。

 当時「日本一速い男」と呼ばれ、国内レースで無敵の強さを見せつけていた星野さんが、鈴鹿でウイリアムズ・ホンダのF1マシンをテストした時のインタビュー記事。その中で星野さんは、初めて「ターボ時代のF1マシン」をドライブした興奮を「こんな速いクルマに乗れるなんて、ホントに幸せなことだよ」と、素直に語っていたのだが、同時にその行間から、自分がそのマシンでF1を戦えないことへの悔しさや、複雑な思いが滲み出ているように感じたことを覚えている。

 その後、国内に留まり続けた星野さんは、それまで以上に「闘志」をむき出しにしながら、「日本一速い男」の称号に恥じない速さと強さを日本のサーキットで見せつけ続けた。

 今回のトロロッソでのドライブを経て、この先、山本にどんな未来が待ち受けているのか? その答えはまだわからない。だが、それがどんな未来であったとしても、山本尚貴というドライバーには、今回のFP1、90分のセッションを通じて得た経験や自信を自らの「糧」として活かす「力」を備えているように感じられた。そのことで、「モヤモヤ」が少しだけ、軽くなった気がした。

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