早くも興収20億突破 『ジョーカー』現象、4つの理由

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2019年10月17日 15:31  リアルサウンド

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『ジョーカー』(c)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved” “TM & (c)DC Comics”

 『ジョーカー』の勢いが止まらない。台風19号が直撃して休館となる映画館も多かった12日(土)を含む先週末も動員21万7000人、興収3億3200万円を記録して2週連続で1位に。10月15日(火)までに早くも興収20億円を突破。過去の日本でのDC作品で最も興収が高かった『ダークナイト ライジング』(2012年)は19.8億円だったので、たった12日間でDC作品の記録を更新したことになる。また、マーベル作品を含むスーパーヒーロー映画全体でも、2週連続で動員1位を記録したのは『アメイジング・スパイダーマン』(2012年)以来のこと。アメリカ国内でも興収2億ドルを突破し、世界興収では6億ドルに到達直前の『ジョーカー』。その大ヒットの理由については既に世界中で様々な角度から語られているが、今回は本作が現象化した理由をいくつか考察していく。


参考:『ジョーカー』は“ヒーロー映画ブーム”を終焉に導くトリガーに? 批判も賞賛もできる“二面性”


1 現実社会との共時性
 作品の製作や公開のタイミングを読むことはハリウッド映画のようなビッグビジネスにおいて不可欠だが、今回の『ジョーカー』に関しては「格差社会」や「ポピュリズム」といった作り手が作品に込めた現代社会への問いかけ(そこには必ずしも批判的な視点だけでなく、どのようにも解釈可能な偽悪性を帯びた視点も見受けられる)に加えて、公開直前になってさらに熾烈化した香港のデモや、(日本での報道は限定的だったが)インドネシアのデモの映像が、劇中の暴動シーンと酷似していたことを指摘しないわけにはいかない。特に香港のデモでは、公開直後に(『ジョーカー』の劇中でも民衆がつけていた)マスク禁止令が発令されるというあまりにタイムリーな出来事まであった。もちろん、それぞれ政治的背景は異なるものだが、スーパーヒーロー映画としては必ずしもスペクタクル性の高くない『ジョーカー』が、図らずも「マスクをつけて蜂起する民衆」という驚くほど「そのまま」なスペクタクルを作中で表現する作品となったわけだ。ちなみに、当然というべきか、本作の中国本土での公開は見送られている。


2 ネット上でのバズ
 『ジョーカー』が描いている「格差社会」や「ポピュリズム」といったテーマは、ただでさえ論争の絶えない現代的な問題だ。その上で、本作には観客それぞれが「作品の中に何を見たいか」によって受ける印象が異なるような、周到な仕掛けがいくつも張り巡らされている。最も重要なのは、物語の主人公であるジョーカーが「信頼できない語り手」であること。本作では、スクリーンの中で起こっていることのどこまでが(映画の中で)現実か、どこまでが(映画の中で)妄想かが、明確に示されていない。また、特にエンディングのシーンの解釈は意図的に観客の判断に委ねられている。未見の人はそう聞くと、難解な作品と思うかもしれないが、すべてが主人公アーサー(=ジョーカー)視点で語られるので、ストーリーテリング自体は極めてストレート。結果、「多様な解釈ができるのに語り口はシンプル」という非常に巧みな作りになっていて、作品を観た後は誰もがソーシャルメディアを通して何らかの感想を言わずにはいられなくなる。


3 作品の独立性
 これは特に、DC作品でこれまで突出したヒットが出ていない日本での成功の大きな要因だろう。トッド・フィリップス監督は、本作が他のDC作品とユニバース的に繋がることも、続編の構想も、現時点で完全に否定している。特に前者に関しては1981年という作品の時代設定の時点で可能性がほぼ閉じられていて(今後、DC作品が本作の影響下に作られる可能性はあるが)、ワーナーのDC作品でお馴染みのオープニングのロゴも本作には入っていない。過去に数々の名作が受賞してきたヴェネチア国際映画祭での最優秀作品賞(金獅子賞)受賞も、作品の独立性を広く知らしめることに貢献したに違いない。また、そもそも「ジョーカー」という固有名詞自体がアメコミのカルチャーを離れて一般的に共有されている名詞であることも、「スーパーヒーロー映画を観る」という心理的な障壁を軽減しているのではないだろうか。名は体を表すかのように、『ジョーカー』は観る人によって「役」を変える万能の作品で、本作はそこからアメコミやDC映画でお馴染みのあの「ジョーカー」に思いを巡らすことも、あるいはそれとは関係なく(もちろん少なからず関係はあるのだが)一人の男の物語として思いを巡らすことも可能なのだ。


4 女性からの支持
 日本での公開初週に配給のワーナーが発表した観客の男女比は6:4。名目上は一応DCのスーパーヒーロー映画であること、過激な暴力描写が危惧されるR15指定(実際の描写はそこまで過激ではなく、主にモラル面における危険性によるものだろう)作品であることをふまえれば、これは想定を大きく上回る女性客の比率と言っていいだろう。公開後、筆者は複数回ラジオに呼ばれて本作について語っているが、そこでも毎回話題になるのは女性からの支持について。限られたサンプルではあるものの、ある女性DJは「同性の友人の多くが『ジョーカー』を観に行っている。社会や会社への不満をジョーカーが代弁してくれているからかもしれない」といった趣旨の発言をしていた。もしそうだとすると穏やかではない話だが、ある種の代償行為として『ジョーカー』への支持が広がっているというその見解が的を射ているとするならば、「作品が一定の水準以上の大ヒットになるためには女性からの人気が不可欠」という日本の映画興行の鉄則通りということで、まだまだこれからも『ジョーカー』現象は続くかもしれない。(宇野維正)


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  • 最後まで読んだら(宇野維正)って書いてあって嬉しかった。
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