『HiGH&LOW THE WORST』評論家座談会【後編】 「誰もが琥珀さんやコブラになれるわけではない」

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2019年10月18日 06:01  リアルサウンド

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『HiGH&LOW THE WORST』(c)2019「HiGH&LOW THE WORST」製作委員会 (c)高橋ヒロシ(秋田書店) HI-AX

 『HiGH&LOW』シリーズのスピンオフ映画『HiGH&LOW THE WORST』が大ヒット公開中だ。男たちの友情と熱き闘いをメディアミックスで描く『HiGH&LOW』シリーズと、不良漫画の金字塔『クローズ』『WORST』がクロスオーバーした同作は、川村壱馬をはじめとしたTHE RAMPAGE from EXILE TRIBEのメンバーらが出演することでも注目を集め、映画に先がけて放送されたテレビドラマ『HiGH&LOW THE WORST EPISODE.0』(日本テレビ系)も大いに話題となった。


 リアルサウンド映画部では本作を掘り下げるために、ドラマ評論家の成馬零一氏、女性ファンの心理に詳しいライターの西森路代氏、アクション映画に対する造詣の深い加藤よしき氏の3名による座談会を行った。これまでのシリーズをおさらいしつつ川村壱馬ら新キャストの魅力について熱く語った前編に続き、後編では、LDHならではのアクションシーンの作り込みや現代的テーマについて議論。自他ともに認める“HiGH&LOWバカ”たちの座談会の模様を、余すことなくお届けする。(編集部)


■加藤「『HiGH&LOW』は安いシーンがひとつもない」


加藤よしき(以下、加藤):映画『HiGH&LOW THE WORST』、アクションが本当にすごかったですね。ドニー・イェンの映画のように総合格闘技的な要素を入れつつ、それをさらにアップデートしたようなスタイルでした。殴りに行って打撃を何発か入れて、組み付いて体勢を崩すという。「HiGH&LOW」のアクション監督の大内(貴仁)さんはドニー・イェンのところで仕事していた人なので、納得です。そこによりアクロバットなカメラワークを取り入れることでドニー・イェンの作品ともまた違う手触りになっていました。


西森路代(以下、西森):韓国のリュ・スワン監督の作品を観ているとジャッキー・チェンの映画で見たことのあるようなアクションに更にそこから新しい要素を付け加えて、いい意味でしつこくやってくれてて面白いなと思ったことがあったんですが、『HiGH&LOW』のアクションにもそういうところがありますよね。大内さんは、香港のアクションの現場にいたわけだし、古典の型としてあるものを認めた上でアイデアを重ねるというか、すごいところを取り込んでさらに上回ろうとするのが良いし、そうじゃないとあんなに高められないと思います。


加藤:僕もそこがLDHのつくるコンテンツで好きなところですね。「今までにないものをつくろう」「誰かの模倣はダメだ」と世の中では言われがちですけど、実は全然そんなことはない。まずはすごいものを認めて「あれをやろう」と考えて、それを真似する。でも真似したって同じものはつくれなくて、そこで出てくるちょっとしたブレみたいなものが個性なんだと思うんですよ。LDHの場合はアクションもそうだし、ファッションやダンス、歌も、昔のヒップホップや今の最新の洋楽シーンのすごさを認めた上で、それを自分たちなりにどうするかというのをやっている。好感が持てますよね。


西森:これまでは、わりとやりにくかったことですよね。日本は、その昔は技術でもなんでも、いろんなことが欧米のモノマネだと言われた過去があったので、それを払拭したくて、その後は自分たちにオリジナリティがあるというのがアイデンティティになっていったし、アジアのエンタメの中でもちょっと特殊な立ち位置で相互にアイデアを交換するということがあまりなかったということもありますから。


加藤:そういうのを一度取っ払って、「海外のあれをやってみようよ」ってやってるうちに「ちょっと違ってきてるけど、それはそれでいいよね」となっていく。こちらもドニー・イェンと仕事をしてきた谷垣健治さん(アクション監督/スタント・コーディネーター)が、「映画秘宝」9月号で映画『るろうに剣心』の話を書いていたんですよ。『るろ剣』のアクションでは足元が大事だから、不安定な普通のわらじじゃなくて、動きやすい市販のエア足袋やスパイク足袋を買ってきて、それを改造して普通のわらじに見せるみたいなことをやろうとしたそうなんですが、するとベテランの人から「昔から普通のわらじでやってきてたんですけど」みたいな感じで難色を示されてやりづらかった、と。最近だと普通に通るようになったらしいんですが、谷垣さんの発想には柔軟性が感じられますよね。LDHも、柔軟性がないと鬼邪高をあんなに「『クローズ』やないか」っていうビジュアルにはしないですからね。


西森:以前HIROさんにインタビューしたとき、「何かと何かを繋げるときには必ず新しいストーリーが生まれるはずで、それが線になって輪になるという世界観が大好きなんです」(参考:LDHのルーツは、子どものころの異種格闘技――EXILE HIROが考えるブランド価値の上げ方)と言ってました。だから自分たちのオリジナルの作品に、途中からマンガをかけ合わせたりできるんでしょうね。それって本当にすごいことだと思います。


加藤:かなり勇気がいることだと思います。そういう柔軟性みたいなものはハイローの最初の時点からずっとあって、『THE WORST』でも感じられますね。


西森:自分たちが「最初からすごかった」と思っているんじゃなくて、「これからももっとすごいものになるんだ」みたいな気持ちがあるからこそかもしれません。


成馬零一(以下、成馬):撮り方自体にも手間がかかってましたよね。今テレビドラマを観ていると、「モデルハウスをそのまま使ったのかな」と思うようなツルツルできれいな家が平気で出てきたりするじゃないですか。そこでひと頑張りして部屋を汚すと、リアリティが出て作品として一段回上がる。「HiGH&LOW」はそれを全部やっているんですよね。


加藤:美術と衣装、撮影、照明を見ると、お金がかかってるかどうかがわかりますよね。「HiGH&LOW」は安いシーンがひとつもない。「これはそのへんの野原で撮ったな」とか「あ、新宿のあの場所だ」とか、そう思うシーンが全然ないんですよ。


成馬:東京でリアルな風景を使っていいシーンを撮るのは、もう不可能じゃないですか。新海誠の『天気の子』はアニメだからそれができている。あれを実写で描こうと思ったら相当厳しいな、と思っていたのですが、『THE WORST』を観て「こういう方法もあるんだな」と思いました。団地のシーンなんて、国内の実写でもまだ撮れるんだな、って。


西森:画(え)の撮り方もいいですよね。映画のスチール写真として雑誌でも使いがいがある。Auditionblueという雑誌で『THE WORST』特集のライターをやったんですが、その扉に「いくぞテメエら!」なシーンの、楓士雄たちが河原を走っていく姿が見開きで使われていて、それだけで興奮できるくらいの画の力がありました。たぶん、鳳仙、鬼邪高、牙斗螺、違う色みを感じます。衣装の違いもあるだろうけど。


加藤:暗闇とそこに差し込む光の使い方がすごくうまい。轟が出てくるシーンなんて、やたらとかっこいいじゃないですか。『THE WORST』でいちばん強い人は今のところ村山と轟なので、“強キャラ”感を出さないといけないからだとは思うんですけど、若干のくどさを覚えるくらい、あまりにもかっこいい(笑)。「HiGH&LOW」を知らない人が観ても「とんでもなく強いやつが出てきたんだな」というのは伝わる。あれは「HiGH&LOW」の強みで、すごくいいと思います。


■成馬「美学を持ったヤンキーと、思想のない半グレ集団が戦う話」


加藤:またアクションの話になってしまうんですけど、特に目を見張ったのは団地の使い方ですね。河原のケンカまでは『クローズ』なんですよ。それが団地になると「HiGH&LOW」になるという感じがありました。『ザ・レイド』と『ジャッジ・ドレッド』という作品がどちらも団地を舞台にしていて、とにかく敵を倒しながら団地を上っていくんです。どちらも入り口から入って建物内の階段を上っていくんですけど、『THE WORST』では外からハシゴをかけて上ってましたよね。あれは初めて見ました。団地で攻城戦をやっていて、「なんだこれ」って。それと、敵のヤンキーが石を出した瞬間は、「こんなもの用意してたのか!」と我が目を疑いましたね。


成馬:日本のヤンキーモノだとそんなに団地って出てこなくて、どちらかというと海外のギャングスターもので見るイメージですね。


西森:香港映画だと、1990年代後半に団地の不良を描いた『古惑仔』というシリーズがあります。香港はそのころから階層社会で、団地に生まれて裏社会に進んだ幼馴染たちの話です。確かに以前の日本では、団地とこういう世界が結びつけられることってそんなになかったですよね。


成馬:どちらかというとヨーロッパやアメリカがそうでしたね。


加藤:イギリス映画では団地ものがひとつのジャンルになっています。団地に宇宙人が攻めてきて子どもたちが頑張る『アタック・ザ・ブロック』とか、マイケル・ケイン演じる主人公が、団地の悪い子たちに友達を殺されて復讐する『狼たちの処刑台』とか。


西森:昔だったら、日本で団地というと子どもがどんどん増えていくイメージがあって、明るい未来の象徴だったと思います。だから『THE WORST』を見て、そのあたりがもう完全に変わっているんだな、と。住む場所と人の描き方という点では、映画『空中庭園』では郊外の空疎さという心の問題を描いていましたが、『THE WORST』ではリアルに貧困とか、もしかしたら人口減少の空洞化で九龍城みたいなことになっている感じにも見えましたよね。九龍城の中って、違法の散髪屋とか歯医者がいっぱいあったらしく、そういう雰囲気ありましたよね。もちろん、その中にはアヘンの取引場もあったわけなので、たぶん希望ヶ丘団地は参考にしてると思います。いま映画で若者を描こうとすると、貧困であったり、それ故に裏社会に取り込まれることを書かざるを得ないじゃないですか。「HiGH&LOW」はそこをテーマにはしていないけど、そういう感覚は自然とあるんだな、と。


加藤:日本のヒップホップでも、団地はひとつのテーマになっている。京都の団地出身のANARCHYが有名ですし、今年彼がT-Pablowと一緒にリリースした「Where We From feat. T-Pablow」でもMVの舞台が団地でした。不良の少年たちの原風景として、団地が出てくる時代になってきたのかもしれません。


成馬:最終的な敵が、団地を本拠地にしている半グレ集団というのもおもしろいですよね。今まで九龍が扱っていたレッドラムを、九龍がダメになったあとでさばいて問題になるって、半グレそのものじゃないですか。


加藤:衣装や美術で着飾ってポップな感じになっているから気がつかないけれど、扱っているテーマはすごく今日的ですよね。ヤクザが今どんどん潰されていって、代わりに半グレ集団が台頭してくるという。


西森:牙斗螺は、やられてもしぶとくてゾンビみたいな迫力がありましたよね。法の枠外にいる仁義のない集団という感じがちゃんと感じられました。


成馬:ドラマ『スカム』や『詐欺の子』もそうですが、ヤクザやカラーギャングはもう古くて、新しい悪のイメージは半グレ、反社なんだろうなと思いますね。


加藤:それこそ昔「ツッパリ」と言われていたような人たちは、バンド感覚でツッパリをやっていたと思うんですよ。「バンドやろうぜ」「ツッパリやろうぜ」的な。


成馬:まさに『今日から俺は!!』だ。


加藤:そうそう。だからどこかのタイミングでパッと卒業して真面目にやっていく。それが今は、そういう感覚ではなくて、生まれたときから不良にならざるを得ない人たちしか不良をやっていない状況があるのかなと思いますね。


西森:『THE WORST』の半グレ集団も、「きっと身分証も持っていないし実際にはすごく生きるのが大変なんだろうな」と思わされるというか、あの違法な集団にしか包摂され得ない人たちという感じがありました。


成馬:思想のないマイティ・ウォーリアーズみたいでしたね。美学を持ったヤンキーと、思想のない半グレ集団が戦う話になっていた。でも「HiGH&LOW」の油断ならないところって、数年後に彼らを主役にしてスピンオフをつくりかねないところだと思います(笑)。


■西森「村山を第二の人生に向かわせようとする映画」


成馬:しかし大蛇兄弟とか団地の幼馴染グループは、今後「HiGH&LOW」シリーズが進んだときに、どうなっていくんでしょうね。本編には合流しないんじゃないかなと勝手に思っているんですが。あと、SWORD地区にも普通の学校があるんだ、って発見がありました。


西森:進学校やお嬢様学校がありましたね。


加藤:でもドラマのシーズン1でもノボルがいましたからね。「頭はいいけど不良の子たちとも対等にしゃべれる」というキャラクターと構図が好きなんでしょうね。


西森:頭がいいことって、あの世界ではすごい責任重大で、表の社会で頑張って幼馴染たちの住む世界を守っていこう背負っていこうという役割が期待されてるんですよね。


成馬:それと、村山がどういう道に進んでいくのかというのも今回の重要なテーマでしたね。『FINAL MISSION』でも『DTC』でもそうでしたが、「彼らが現実にどう着地するのか」ということを繰り返し描こうとしているのは感じます。誰もが琥珀さんやコブラになれるわけではない。ある意味では成功しなかった男の子が、どう着地するのか。特に『DTC』以降、そのテーマが大きくなってきている気がします。


西森:統率を取る一人の人物以外は全員落伍者、みたいになっちゃいけないし。村山を第二の人生に向かわせようとする映画でしたね。村山が『クローズ』の世界で焼き鳥焼いてる未来もあるのかな。


成馬:テキヤの達磨一家と競合しそう(笑)。


加藤:僕は村山さんについては、描くならこういう感じの落とし所だろうな、と納得感がありました。仕事を見つけてみんなでバイクを買って、たまの休日に遊びに行くんでしょうね。そこにLDHの生真面目さも感じるんですよ。「Love, Dream, Happiness」って言ってるくらいだから、何もかもうまくいってハッピーエンド、で終わってもいいはずなんですよ。村山ちゃんが永遠に高校生をやっていく終わり方だっていいじゃないですか。フィクションなんだから。でもそうではなくて、モラトリアムに別れを告げて大人になる。「それでも人生は続いていくんだよ」ということを描かないといけない、と考えている生真面目さがある。今のEXILEのみなさんが、パフォーマーを勇退されたあとに、それぞれの道を見つけて活動しているのと重なります。


西森:やっぱりLDHっていうのは、パフォーマー、ダンサーが多い集団だから、HIROさんはじめ、アスリートのようにある年齢になるとパフォーマーは引退して、セカンドキャリアも持つという世界ですよね。だから、この前リアルサウンド ブックでも取材させてもらいましたが、30代後半のプレイングマネージャー的な人たちは、LINEグループがあったり、会うと自然とビジネスの話にもなるという(参考:橘ケンチ×秋山真太郎が語る、“紙の本”の色褪せない魅力)。そういう視点が、今回の『THE WORST』からもうかがえました。それと、GENERATIONSが今年出したシングルの『DREAMERS』という曲のビデオも、メンバーそれぞれがいろんな職業について地に足つけながら生きているというコンセプトで、そこもつながってみえましたね。


加藤:その視点はこれまでの『クローズZERO』シリーズにはなかったものです。「HiGH&LOW」自体はすごくファンタジーなのに、そこの価値観だけはすごく現代的で地に足が着いている。


成馬:「HiGH&LOW」シリーズが始まった当初は、そういう日常性の部分を山王連合会が担っていたはずなんだけど、物語がどんどんアクションに特化していってそこが失われていったわけじゃないですか。『FINAL MISSON』まででそこを突き詰めすぎた反動みたいなものもあるのかもしれないですね。だから『THE WORST』は日常性を手放さないようにしている。現実への着地があるから、世代交代が描けるというのもありますよね。上の世代が詰まっていると、ずっと下の世代が上がってこられないから。


西森:山王でも、今回からケン(岩谷翔吾)とヒカル(山本彰吾)がフィーチャーされてて、リアリティのある親しみやすいタイプが山王では後を継いでいくのだなと思いました。


加藤:その循環を起こそうとしている感じはすごくありますね。実際、今回の主役である川村壱馬くんには、その循環に耐えうるだけの力がありますから。(取材・構成=斎藤岬)


※高橋ヒロシの「高」は「はしごだか」が正式表記


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